第3話
第3話
月見ハゲのキーロ
キーロに二つ名がついた
後頭部が僕のせいでハゲてしまったのを利用して散々掃除やら物運びやらこき使われた僕はちょっとしたイタズラを仕掛けた。
兵士寮には連絡用の掲示板があるのだが、結構ふざけたものが貼られてたりと結構自由に使うことができる。僕は毎朝ちゃんと確認しているのだが、滅多に重大なことが貼られていることがないのでキーロを含む半数近くの兵士達は確認をしていない。
そこで僕が休暇2日目の朝にキーロの後頭部のハゲ部分の名前を募集する張り紙を貼っておいた。キーロのハゲいじりもゴブリンの巣を発見した日がピークで、今や少し収まってきた雰囲気もあったのだが、もう一度僕がハゲいじりを盛り上げてやろうという考えだったのだ。
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その日の夜、掲示板を確認した僕は驚いた。
ハゲ部分の名前の候補が大量にかかれており、さらにその中からいくつか選ばれ決戦投票が行われていた。
まさかここまで盛り上がるとは思っておらず、少し申し訳ない気持ちを抱きながら『月見ハゲのキーロ』に票を投じた。
「まぁたしかに綺麗にまるいもんね、芸術的だよ」
「くそっ、誰だよこんな名前広めたやつ肥溜めに叩き落としてやる!」
遅めの朝食をとりながらキーロは悪態をついた。
朝はいつも通り早く起きたのだが、自分が月見ハゲとか呼ばれていることに気付いたキーロは大暴れ、朝っぱらから乱闘騒ぎだった。
「でも陰でコソコソ笑われるよりはマシじゃない?」
「いや俺はこの名前を付けたやつを殴り飛ばさないと気が済まない」
「ほらキーロ、お饅頭あげるから気を直しなさいな」
「グルマさん……、完全に火に油です」
「あらあら」
グルマさんは嬉しそうに笑いながら厨房に戻っていった
「………………、おいエルス、今日は森へいこう」
「ええっなんでよ、明日の戦いに備えて今日こそはゆっくりしたいんだけど……」
「ああうるさい!ストレス発散だ!森のゴブリン1匹くらい倒してやる!」
結局、新しくした武器の確認だとか明日の予行演習とかでキーロと森に向かうことになった。
一応予行演習ということになっているので装備は万端だ、むしろ普段よりも良い。
「ねえキーロ、さすがに森のゴブリンに勝つのは難しいからはぐれゴブリンを狙おうよ」
「でもな……、ううんまぁそれもそうか……」
キーロが少し冷静になってきたのでなんとか森に入ることは避けられた。
森に住んでるゴブリンは基本的に知性があり、大抵森の外にいるゴブリンは知性が無くはぐれゴブリンと呼ばれている。
ゴブリン社会にも身分があるらしく、知性が低いゴブリンは虐げられ、森の外側へと追いやられており、知性の高いゴブリンほど森の奥深くに住んでいるらしい。知性が無いゴブリンは森の外に追い出させられるそうだ。
ゴブリンの繁殖力はとてつもなく、日々相当な数のゴブリンが産まれているとされており、そのうち知性があるのは約2割だとか。
なので僕ら冒険者は日々森の外側ではぐれゴブリンを狩らねばならず、付近のはぐれゴブリンを大体狩つくして安全が確保してやっと森の奥へと進める。そしてそこでゴブリンの巣を見つけることができれば良いのだが、見つけることができないと一旦撤退せざるを得ない。知性のあるゴブリンが反撃してくるしてくるうえに、再び数多くのはぐれゴブリンが産まれてくるからだ。
僕たちの見つけた巣は洞穴と、いくつかの簡単な木の建造物でできていた。ケビンさん曰く、その巣のボスですらそこまでの知性はないという。
ちなみに森の奥の巣になるともはや巣というより村と呼んだ方が正しいらしい。12年前の戦いの記録に『ゴブリンの村の周囲は堀、柵で囲まれ、物見やぐらには弓を装備したゴブリンが見張りをしており、もはや人間同士の戦いをしているかのようであった』と残っている。
実際に見たケビンさんも言っていた。知性の高いゴブリンとの戦いは人間同士の戦いと変わらないと。
「よっしゃぁ!3匹目!!」
「やった、僕も2匹目!」
森の外側に着いて30分、僕達は絶好調であった。
「こんな朝っぱらから5匹もはぐれゴブリンを見つけるとか今日は運がいいよなー」
「そうだね、いつもなら1日かけて2、3匹なのに」
「この調子なら1日の討伐数の最高記録が更新できそうだな……、あっおい右!」
「また森から4匹出てきたね……、森で何かあったのかな?」
「明日の討伐作戦に備えて今日は下手にゴブリンどもを刺激しないよう兵士が森に入るのは禁止されてるし、まぁ偶然だろ」
「まぁそれもそうか……、よし1番奥のは任せて!」
「了解っ、ってかおい、また3匹出てきたぞ!」
「うわっ、7匹同時はちょっと、どうする!?」
「いや、あいつらやけに慌ててるみたいだしなんとかなるだろ!弓でなるべくダメージを与えてくれ!」
「了解!」
勝負は呆気なくついた。
まず僕の弓で2匹が倒れ、3匹が傷をおった
すかさず傷をおったゴブリンを狙いキールが斬りかかる。その隙に僕は短刀を抜き、キールにつづいてゴブリンへと斬りかかった。
普段だったら僕達は苦戦した、もしくは逃げ出しただろう。しかし何故か特に問題もなくゴブリン達を倒してしまった。
「なんか、呆気なかったね」
「ああ、最高記録更新したはずなのになんかあまり嬉しくないな」
「ゴブリンたち、まともに応戦すらしてこないし、むしろ逃げようとしてるように見えたんだけど」
「うーん、いつもならはぐれゴブリンは相手より数が多いと必ず襲ってくるんだがなぁ」
「おい!!エルス!キーロ!」
呼ばれた方を見るとケビンさんが数人の兵士を引き連れこちらに向かってきていた。
「あっ、ケビンさん!どうしたんですか?」
「都の連中がちょっとな、かなりまずいことになった」
「明日作戦に参加する予定の人達ですか?」
「ああそうだ……、いや説明は後だ。とりあえず人手が欲しい、ついてきてくれないか?」
「いや、まぁ別にいいすけど……、あっ、また森からはぐれゴブリンが」
「構うな、はぐれゴブリンは村の警備兵と男どもに任せて俺たちは森の奥に向かうぞ」
「えっ、それってどういう……」
「いいからついてこい!」
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説明もないまま僕達はケビンさんと数人の兵士につれられ森の奥へと進んでいった。
「あの、ケビンさん。この方向って俺たちが見つけた巣のある方ですよね?もしかして作戦の日を1日間違えてたとか?」
やけに重苦しい空気を和らげようとしたのかキールが口を開いた。
「いや、作戦は明日だ、明日だった。」
「じゃあ、なんで巣に」
「都の連中が先に攻撃を仕掛けた」
「ええっ、なんでそんな」
「手柄ほしさだろう、あと都にはゴブリンのおそろしさがあまり伝わっていない。自分たちだけで勝てると思ったのだろう」
「でも都のエリート兵士だったら問題なんて無いんじゃないすか?」
「ああ、普段ならな。あの程度の巣なら問題なかっただろう」
「じゃあなにをそんなに焦って」
「ゴブリンキングが現れた、罠だ」
「えっ、ゴブリンキング?」
少し間を置いて、目を丸くしたキーロが言った。
「なんでこんな森の外側にゴブリンキングがいるんすか!?」
「だから罠だと言っただろう、よく考えればおかしかった。この辺りは数年前に1度探索したはずだが巣など何もなかった。お前ら新米兵士が入って良い森のエリアは基本的に1度探索した場所なんだ。前に1度お前らが巣を見つけた時に少し疑問を感じたが、特に何も起こらなかったし完全に油断していた……、今回の巣は確実にある程度の人間の戦力を削るための罠だった」
僕とキーロは言葉を失った。
普段遭遇するゴブリンは知性があるといっても石や木でできた簡単な武器を振り回す程度、人間を罠に嵌めるとは到底信じられない。
「………………、先に向かった都の兵士達はどうなったんですか?」
喋りながら、声が少し震えているのに気が付いた。
「わからん。一人、村まで逃げ帰ってきたのを保護しただけだ」
「討ち取った可能性は……?ゴブリンキングを討ち取った可能性はないんですか?」
「ないだろうな……、12年前の戦力でもゴブリンキング2匹倒すのが精一杯だった」
「………………、そんな所に僕達が向かってどうするんですか……」
「まだ兵士が生き残っているなら助けなければならない、あとはポークルクからの援軍が来るまでの時間稼ぎだ。ゴブリンキングがこのままケルミナの村を襲うようなことだけは避けねばならない」
「ゴブリンキングがこのまま村を襲うっていうんですか……」
「必ず襲うとは限らない、本来ケルミナの村はゴブリンが攻めたきたときに時間稼ぎをするために作られた街でもある。しかし今やケルミナはれっきとした村だ。ゴブリンに襲わせるわけにはいかん」
「…………、分かりました、ケルミナの村ほど僕ら元捨て子に優しくしてくれる所はありません、戦います」
「いや、お前達は戦うな。俺たち熟練の兵士が時間を稼いでいる間に情報を集め、村に伝えろ」
「でも、そんな、置いてはいけません!」
「新米の兵士に命をかけさせることはできん…………、そろそろつくぞ。音をたてるな」
巣まで残り数百メートル、僕達は身を隠しながらゆっくり進んだ。
誰も言葉を発しない、ただ荒い呼吸だけが聞こえる。
ケビンさんと2人の兵士が先に向かうから、残りは待機しろと合図をしてきた。
僕は巣へと向かうケビンさんの背中を見ながらこれから起きるであろう悲惨な出来事を想像せずにはいられなかった。
「全員、来い!大丈夫だ!」
ケビンさんの声が響いた。隣でキーロの体がビクッと跳ねたが今はそれをいじる余裕もなかった。
巣の周辺は悲惨だった。
ゴブリンの死骸がそこらに転がっている。そして、3人の兵士の亡骸も発見した。
「こりゃ酷いな……、頭を一撃だ。しかも剣が折られてる」
あちこちに爆弾が爆発した後もあり、激しい戦いだったことが一目で分かった。
「ケビンさん……、こらからどうするんすか?」
ゴブリン達がいなくて少し安心したのだろう、表情がいつも通りのキーロが尋ねた
「兵士は合計8人来ると言われていた。あと4人足りない。慎重に探そう。」
兵士の亡骸を丁寧に扱いながらケビンさんは言った。
「ゴブリンどもがまだ近くにいるかもしれないから新米のお前らは巣の周辺にいてくれ、30分たっても見つからなかったら一旦全員で村に帰ろう」
「「了解!」」
「俺は奥の方を見てくるからお前は……」
トンッ
何かが地面に刺さった
「伏せろ!!」
何が起きたのか分からないまま僕とキーロは地面に押し倒された。
トンッ!トトンッ!
「…………、くそっ!罠だ!」
周りを見渡した。完全に囲まれていた。
弓、剣を装備したゴブリンが僕たちを完全に囲んでいる。
そしてその奥には不敵な笑みを浮かべた巨大なゴブリンがこちらを見ていた。
……………………、ゴブリンキングだ!