57.真実の破片
57.真実の破片
―コウテン城―
イリスは衛兵を避け、現王妃ローズにも見つかることなく、自分の部屋へと辿り着くことができた。同じ塔なのだから、いくら超がつくほどの温室育ちのイリスとはいえ、大した距離ではないはずなのにイリスは激しく肩を上下させ呼吸していた。
腕にしっかりと2枚の写真を抱いている。
「お母様……」
イリスは若かりし頃の母親の姿を見て、感情の奥底が疼き、理由をうまく伝えられないが、涙がどうしても出てきてしまう。ただ、会いたかった。確か、私が3歳の頃まで一緒に過ごしていたはずなのに。イリスには具体的な母との思い出を思い浮かべることができなかった。もう少しぐらい覚えていてもおかしくないはずなのに、何かが記憶に蓋をしているようだ。
その蓋が、完全に開いてくれたらいいのに。
イリスはじっと写真を見つめる。
「若い。私を産むもっと前のことのはず」
イリスは、母レイディ、そしてその腕に抱かれている赤ん坊の写真を今一度じっくりと見る。だって、それは私ではないから。レイディが大事そうに優しく抱いている子は、間違いなく男の子だ。
「私には、お兄様がいるということなのかしら」
当然イリスにはその疑問が浮かぶ。
もしかして、あの日失われてしまったのは、母の命と父の左目だけではないのかもしれない。
「もしまだ生きているのならば、あなたに会いたいわ」
根拠もないが、イリスは会えるのではないかと思っていた。
「この写真も、大切なものだったのかしら。私よりも少し年上ぐらいかしらね。若いころのお母様もすごく美しい」
イリスはもう1枚の写真を真実とは裏腹な穏やかな目で眺めていた。
父と母と、もう1人、赤ん坊とは違う男が写ったもの。
「私は、どこへ行けばいいのかしら。ジャスティー」
イリスは目を閉じた。あなたが自分の出生を探すように、私も自分の家族の真実を知りたいわ。どんな手を使ってでも。
「お話願いましょう。キング」
イリスはそう言って立ち上がった。それが一番はやいもの。
ただ、この今の状況、うまく父と会えるのかはわからないわね。しかしイリスの行動は早い。衛兵泣かせのお姫様は少しも自分の部屋でじっとしてはくれなかった。
「もう一度、あの回廊を通ってお父様の元へ」
イリスのまんまるく綺麗な青い瞳が、真っ直ぐな意志を宿して輝いた。
―スペースシフター―
「このコウテン城はそれぞれの塔が並んで巨大な1つの城となっている。俺は外観でしか捉えていないが、ライラ隊長たちは実際に拠点に侵入できた。軍事塔と呼ばれる塔が戦闘力の殆どが集結した場所だが、実際にキングがいる場所はそこではなかった。まあ、普通に考えればそうだよな。あの城の盾となる場所に王様なんて置かない。その白と黒の軍事塔の中心にある塔、ここにキングもいなかった」
アスレイは淡々と話す。アスレイがあまりに淡々と話すので、さっきまでのカードたちの熱量はすっかり冷めてしまった。みんな真剣にアスレイとアスレイの持つライラが城から拝借してきたという地図を見ていた。
「この城って、実際入るとほんと迷路みたい」
ミレーがさっきとはうって変わってのほほんとした様子で言った。
「僕とハルカナは実際迷路に迷い込みましたね」
ルイがそれに続く。
「あそこは、本物の迷路だったと思う。僕らが抜け出せたのは、運が良かっただけだ。そして、僕が見る限り、その地図は、僕たちが迷い込んだ裏口からのルートが正確に描かれていない」
「これもまた、完璧ではない地図というわけか」
レイスターが神妙な面持ちで言った。
「しかし、俺はこれを軍事塔の黒い騎士から奪ったんだ。つまり、これが公式のコウテン城の見取り図ってことだと思う」
ライラが言った。
「隠し通路は確かに多いし、ここの地下には何かを閉じ込める目的もあるシェルターが存在していた。それは、コウテンにはシェルターとなるもので、それ以外の者には行き止まりの牢獄となる場所だった。それは、この地図にものってるな」
「ライラ隊長、こんなところから来たんですか? え、遠くないですか?」
ミレーが驚いて言う。
「この地下通路が長いだけで、別に危険はなかった。あいつら、多分俺が城の中心部へと進めたと思ってないな」
「あいつらって誰ですか?」
ルイが聞く。少し変な間があった。簡単に返事が返ってくると思ったので、ルイは少し目を泳がせた。地雷っていうのは、どこに落ちてあるのかわからないものだから。
「や、そもそも死んでるから、何も思っちゃいないか」
ライラの単独行動中のことはもちろん誰もわからない。が、それ故にライラの言葉だけで語られることは、過剰に恐ろしく伝わってしまう。
「とにかく、隠し通路と思われる場所ものってるのに、なんでお前らがいた通路はのってないんだろうな」
純粋な疑問をライラは持っただけだった。
「それは、コウテンにも存在してはいけない場所だから?」
ルイが呟く。
「ミズがいる場所だと思う」
そこで小さなハルカナの声が妙に響いた。レイスターは「ミズ」という言葉に反応してピクンと肩が動いた。
「うん、そうだよね」
ルイもそう言った。
「どういうことだ?」
ライラが眉間に皺を寄せて2人に問う。ハルカナは顔をあげる。
「ミズが私とはぐれた場所。この地図には入り組んだ迷路みたいにしか描かれてないし、実際、正しい道を通れば城に辿り着けるように描かれているけど、不可能に思えた。冷静にその地図を持っていったとしても無理だと思う。その地下には何も描かれてないから」
「つまり?」
ライラが先を具体的に求めた。
「そこには地下が存在する。裏口から入り、正しい出口は下にしかない。そして、ミズはそれを直感で感じ取り、実際に地下への通路を見つけた」
ハルカナが力強く喋り続け、それを聞くみんなはだんだんと前のめりの体勢になっていく。
「ミズは確かにそこにいるんだな!」
レイスターが興奮して叫ぶ。
「そもそも、なんではぐれたんだ?」
バインズがふと疑問を呟く。
「それは……」
ハルカナが口ごもる。
「よく、わからないけれど、コウテンには、「R」って、僕たちの味方であろう人物がいるって仮説、覚えてない?」
口ごもるハルカナに代わってルイが話す。
「ああ、すっかり忘れてた」
珍しくアスレイがそれに反応して答えた。
「なんとなく、その存在をあの場所には感じた。だから、ミズはきっとその地下にまだ居ると思うんだ」
レイスターは安心した表情を浮かべ、ライラはそれとは逆に眉間の皺が濃くなった。カードたちもレイスター同様楽観的な思いを持ってルイの話を聞いている。
「ミズが、簡単に死なないことはわかるが、こう簡単に連絡つかずの状況になるとは想定外だった」
ツン、とした声が、少し場の和んだ雰囲気を壊す。
「しょうがないだろう。実戦なんだから」
レイスターは少し機嫌の悪さを顔に滲ませてライラに言った。
「そうかもな」
ライラはとりあえずそう返事をした。
「今一度、キングの首を取りに行く。そして、ミズさんも救出する。次の作戦では、コウテン城が沈むまで、この場所には戻ってこられないと思ってくれ」
アスレイが言った。
「ハルカナ、大丈夫。僕たちでジャスを探そう」
まだアリスの傷が癒えぬスペードたちの前で、大きな声でジャスティーのことは話せない。みんな心の隅にはあれど黙ってる。しかし、この言葉がないとハルカナは動けないことがわかっているから、ルイは優しくハルカナに耳打ちした。
「うん」
ハルカナの目に光が宿る。ハルカナはその目でレイスターを見た。レイスターもまた、力強くハルカナを見つめ、ひとつ頷いた。レイスターからの任務だ。総長から頂いた任務だ。絶対に果たしてみせる。