56.足りない椅子
56. 足りない椅子
スペースシフターの内部は、あの未開の星としてしか存在していなかったネスの干上がった大地で作られたとは到底思えないほどの近未来を想像させるようなつくりになっていた。ダリアが設計した虫みたいな外観とは異なっている。それはきっとミズとアスレイのセンスがものをいった結果だろう。
白で埋め尽くされた空間が、現実感を失わせる。
真っ白な壁に真っ白なテーブル。そこに並べられてあるのはもちろん、真っ白いイスだ。♠︎全員が集まってそこで会議をする。足りない。明らかに、カードは12枚もない。そして、1枚あれば切り札となれるはずの♠️Jもそこにない。絵札はもはや取られてしまったのか。
ポーカーフェイスを装っているつもりのライラは、見るからに機嫌が悪そうだった。さっきバインズから指摘されたことをもう忘れてしまったのか。それとも、ここに来て♠︎隊を改めて集めた時に再び怒りを感じてしまったのか。
ライラは、すぐ隣にいるキングの瞳にどうしても悲しさが見えるから、顔をキングへと向けたくなかった。
そのキングは、ライラ以外からはその悲しさを隠せていた。
「疲れは取れたか?」
優しく笑いながら言うのが、なぜか心細く感じた。
「まぁ、そんなことも言ってられないよな」
沈黙が虚しく響いた。それはすぐに破られる束の間のものだったが。
バンッ!
それは意外なところから聞こえた。
「僕は許さないぞ!」
ふるふると手が震えるのは緊張からではない。溢れ出る怒りは陳腐なものほどよく燃える。
「命を掛けるのは、そもそも、僕が命を掛けるものは……、何もないんだ。誰のためでもないんだ。この星で死ぬぐらいなら、大人しくネスに帰りましょうよ! アリスみたいなことは許さない……。僕は、栄えある♠︎だけど、許さない。ただのカードかもしれないけど、事前の計画に反する行動ばかりするこの隊を許さないぞ」
ランドバーグは疲れが取れたどころか余計に疲れた顔をしていた。
「珍しくいいこと言うじゃないの。私だって、許さないわ」
それに続いたのはミレーだった。おちゃらけた雰囲気はここにきて一掃されてしまった。それは彼女の持ち味だったように思うのでなんとも言えない。
「ああ、計画無視もいいところだぜ」
バインズもそれに続いた。
「ちょっと、そんな乱暴な言い方しなくても……」
「うるせぇシスカ! お前は見てないからそんなことが言えるんだ!」
シスカの仲裁の声を遮ったのはバインズの激しい怒りだった。シスカはそれを言われるとどうしようもなく顔を下へ向けた。その場に居られなかった辛さを察することは、今のバインズにもミレーにも無理だった。
「うるさいのはお前だろ」
そこに絶対的な決定を下した声は当然ライラだった。うるさいのは、バインズだ。
「その話はもう終わりだ。過ぎたことをぐちゃぐちゃ言うな」
「過ぎたことじゃない、これからの……」
「ああ、これからの話をしよう」
バインズの微かな反抗を少しだけ汲み取ってライラが話し始めた。
「まず、ランドバーグ。命を掛けるものが何もないなら、お前はここから去れ。まだスピードの壊れてないうちにな。スピードでなら、1人ででも帰れるんじゃないか? ネスに」
「みんなだって、帰りたいに決まってるって、意見を言ってるんですよ!」
ランドバーグは顔を真っ赤にしてライラに反抗した。
「帰ってどうする? ネスに帰って、コウテンがネスを潰すのを見てる方がいいっていうのか? 戦争はもう始まってるんだよ。お前がここで死ぬか、ネスで死ぬかなんて知ったこっちゃねぇがな、ここで俺たちが戦わなかったら、ネスの全員が死ぬんだよ」
ランドバーグは唇を噛んだ。言葉は出てこない。バカなランドバーグにも、ライラの言っている意味はわかった。だけど、戦争が怖くて、帰りたいと思う自分のこの気持ちも、しょうがないことだと理解されるべきものだと思った。
「お前たちは、ネスのカードなんだ。ただのカードなんだよ」
「ライラ、お前もそんな考えを改めろ」
ライラを止めることができるのはもうレイスターしかいない。
「ランドバーグ、言いたいことはわかるが、ネスを救うためには、お前たちが必要なんだ」
ランドバーグはその一つの肯定でとりあえず自分の主張を抑えることにした。
「アリスの死が、意味のあるものになるように、私たちは最後まで戦う。決して、誰も無駄死になんかさせない。ネスの未来を守るため、我々はまだ諦めてはいけない。命のある限り、諦めることなんて、アリスに誓って、ネスという我々の星に誓って、そんなことは決してしてはいけない。だから、我々はここに残って戦う。異論のあるものは、今、この場で名乗り出てくれ」
ランドバーグには少し折れて見せたが、今ここでレイスターは再びネスの総長としての威厳を目に光らせてみんなに問いた。
ライラはそれを見ると少し口もとを緩ませて喜びの表情を彼なりにみせた。
「総長、僕は最後まで戦います。だって、今でも僕の仲間は戦ってる。1人で、あの城に取り残されたのか、またはどこか違う土地にいるのかもしれないけど、まだ、ジャスとミズ。そしてフラニーも1人で戦ってるんだ。僕は早くそこに駆けつけてあげたい!」
本当の強さとは何だろうと、そういう疑問が湧くのは、体格の小さく、いつも控えめな態度でいるルイが力強く発言するからだ。
「異論がないやつが名乗り出るんだぞ」
バインズがルイにつっこむ。
「僕も、ルイに賛成」
にっこりと笑ってそう言ったのはシスカだ。
「だから、お前も違うって」
「いいじゃん、バインズだって賛成だろ?」
シスカは先程怒鳴られたバインズにだって優しく語りかけた。
「まあ、一部は」
バインズは渋々そう言った。
「ランドバーグ、今しかないぞ、逃げるなら」
そして、バインズはランドバーグに向かって嘲るようにそう言った。
「誰が逃げるか!」
顔を真っ赤にしたまま、ランドバーグはそう叫んだ。
「別に……」
逃げてもいいんだぞ、と、ライラが言い終わる前にレイスターはうまくライラの言葉を遮った。
「アスレイ、みんなの意思が固まったところで、作戦を頼む」
ライラは眉間に皺を寄せたがみんなそれを無視した。
「はい」
やっと出番が回ってきたアスレイは淡々と話し出した。
―ジャスティーー
ジャスティーは密林の中を歩き続けていた。コウテン城からはだいぶ離れた。だからまるでネスでただただ修行をさせられているだけの感覚になってきた。
「くそ、全然どこだかわからねぇし、ただ疲れたし。腹減ったし」
イリスの説明は当てにならないし。
ジャスティーから出るものは文句しかなかった。足だけは確かに前に進むけれど、やっぱりそう簡単に全てが前に進むなんて楽観できるものではなかったと痛感していた。
「辿りつけんのかな……」
ジャスティーが疲れ切った体を切り替えるために、俯き気味だった顔を思い切り空へと向けた。気分転換の強要を自分にしいた、まさにその時だった。
「ん?」
白い戦闘機がジャスティーの視界に飛び込んできた。なぜ……。もう俺は見つかったのか? それは忘れることのできない、記憶に新しい自分が撃ち墜としたコウテンの白い翼だ。
ジャスティーは素早く茂みに隠れた。
ケイトの乗った白い機体はジャスティーを通り過ぎた。
「あぶね」
ジャスティーは安堵のため息をつく。
「あれは、目的地があったって感じだ。俺に目もくれないで飛んでったぞ」
そして確信した。
俺の道は合ってる。あの機体は蛮族のもとへ向かっている。