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54.探究者(2)


54.探求者(2)




 リアは優雅に椅子に深く腰を掛け、ザルナークを待っていた。

「随分と久しくお目にかかるみたいだ」

 ザルナークは思ったままを口に出した。

「あら、朝の軍事会議にちゃんと出席してましたけど」

 リアは薄笑みを浮かべそう言った。ザルナークは難しい顔をしたまま、その表情を崩さなかった。この女の心の中はよく見えたものではない。ザルナークはそう思うと自らの心も表に出さないよう気を引き締めた。

「まあいい。戦いの最中お前がどこかへ消えてしまったことも全部含め帳消しにするほどの話が聞けるんだろうな」

 リアの目をまじまじと見ることをやめ、ザルナークは少し肩の力を落として会話を進めた。

「もちろん」

 リアはにこりと笑って上機嫌にそう言った。

「見て下さい。これは蛮族の血液から抽出した自然エネルギーを液体化したものです。いわばプルートと呼ばれる力の源です。私たち人間の血液には流れていない蛮族特有の組織」

 リアは手に試験管を持っていた。そこには薄い、とても薄いグリーンの半透明の液体が入っていた。それは美しいと言ってもいいものだった。若草色とでも言おうか。ザルナークには、それがとても危険なエネルギーとは思えなかった。

「これに、私たちの科学の力を加えると、いとも簡単に、ネスの大地が吹っ飛ぶ大爆発を起こすことが可能になるのです」

「ちょっと、待て。蛮族の血液から抽出?」

「ええ」

「そんなこといつからしてたんだ?」

 ザルナークはどこか苛立ってリアに詰め寄る。

「そこに食いつくのはそこに何かしらの生産性があるとお思いなんでしょうが、今はそんなことを喋っている余裕はないんじゃないかしら? 黒の団長さん。抽出作業には多くの時間をかけたのよ。不様に生命と生命が撃ち合わなくても、血を流さなくても、一発で終わらせることのできる、そう、どこかの銀河にあるプルトニウムみたいな存在を生みだすことができるのよ。それが存在したならもうこちらの勝利は確定。『ハイドネス爆弾』。私はそう名付けるものを、生みだします」

 それは悪魔の囁きのように聞こえた。力強い勝利宣言でも、勝機でもなかった。

「キング、わたくしが引きこもるのは、こういう作業をコツコツとしているからなんです。それには誰の目にも見えないあの地下室が必要だった。私をしばらく一人にしておいて下さい。必ずやこれを実用できるものに変えてコウテンをネスからも蛮族からも永遠にお守りすることを約束いたします」

 リアはザルナークの後ろに佇むキングに跪いた。

「そういうことだから、私がいないことをとやかく思い悩まぬように指示をお願いするわ、黒のルークさん。身内から殺されでもしたらたまらないもの」

「何か思いあたる節でもあるのか?」

 ザルナークは顔色一つ変えずにリアに聞く。

「……いえ、別に。ただ、コーネルの部隊のポーンたちはまるで私がコーネルを殺したように思っているみたいだったから、私だってコーネルの敵をきちんとうつつもりだってことを、示しておきたかっただけよ。団員の士気にかかわる重要なあなたには、私のやっていることを伝えておきたくて。時間を取らせて悪かったわね」

「リア、そのものが出来上がったときには、きちんとキングに報告するのだぞ。そんな大きな力のあるものを、お前の手で使用させるわけにはいかんからな」

 リアはなぜかその言葉を聞くと口元を緩ませた。

「ふふ。大丈夫よ。こうやって報告に来てるじゃないの。勝手に使う気ならば極秘にやってるわよ。白のビショップはね、得意なのよ、隠れることが」

「お前はやっぱりよくわからん。話しているだけで頭がおかしくなりそうだ。しっかり仕事をしてくれるならそれでいい。じゃあ私はお前の言う通り、駒を的確に動かすこととしよう。もういいか」

 ザルナークはリアから顔を背けた。

「リア」

 そこでキングが静かに声を発する。キングの統治下に空間が治まる。

「ザルナークの言ったことを守るんだぞ。私は知っている。白のビショップは頭がよく、隠れることが得意だということを、きちんと知っているからな」

「はい」

 リアは視線を落とし、キングに頭を下げた。長い髪に隠れた口元には、やはり隠すことのできない微笑が浮かんでいた。





 イリスは足音のしない絨毯の上を、ピンクの装飾品で彩られた美しい靴で歩く。

 私の本当のお母様は、私が幼い頃に亡くなった。だけど、覚えてるわ。優しい手。私を抱く、優しくてあたたかいぬくもり。あまり、お母様のことを思い返すことは今までしなかった。それを避けていた。なぜかしら。それは、お父様が私からお母様を遠ざけるから。

 あの日の記憶を、私たちは遠ざけるから。だけど今、お父様も過去に立ち向かっている気がするの。私は真相を知らないけれど、ただ守られるだけじゃなくて、守りたいって思うから。ただ守られているだけじゃ、大事なものは奪われるってわかったから。私を守る強い盾。力強い盾は失われてしまった。

 ああ、アザナル、あなたのことを考えることができない。それは立ち止まってしまうことが怖いから。今は立ち止まってはいられないから。

 アザナル、戦う私をどうか見守っていて。

「ふふっ」

 イリスは笑った。

「守って、って、自分で言っちゃってるわ。まだまだ私はお姫様が抜けないのね」

 

 さてと、ローズお母様のテリトリーに入るわ。イリスは戦闘体勢をとった。

「イリス様?」

 ローズの部屋の先に行くには、衛兵を避けて通れない。イリスは口元に指をあて、衛兵を黙らせた。

「静かにして、ねぇ、お願いがあるの。アゼルとこっそり私の部屋で遊んでいたのに私が少し目を離した隙にどこかへ行ってしまったの。かくれんぼでもしているつもりなんだろうけど、今じゃそんなことでも危ないでしょ? お母様の耳に入ったら、私、どんな罰を受けるかわからないわ。助けてくれないかしら。ここから先には行っていないと思うんだけど、ねぇ、見かけた?」

「いえ、わたくしの目には入っておりませぬゆえ、ここは通りませんでしたよ」

「ですよね。お願い、少し手伝ってくれないかしら。私に見落としがあるかもしれないわ」

 イリスは意図せずとも、お願いごとを聞かせることが上手かった。命令することはなくとも、衛兵はおのずから動く。

「は! お任せ下さい。イリス様は動かれぬよう」

 衛兵はどこか浮足立つようにその場を離れた。

「ごめんなさいね」

 イリスは純粋に悪いことをしてごめんなさい、と衛兵に心の中で謝る。

「私を行かせて」

 イリスはローズの部屋を通り過ぎ、角を曲がる。そこには使われていない階段がある。誰も入ることのない場所。眠ってしまっている場所。いつからか、存在すらしなくなってしまった場所。

 今から私はこの階段を昇り、お母様のもとへ行くわ。

 錆びついて、埃がまうその古い階段の先から、なぜか感じるのは怖さや冷たさではなかった。それは、朽ちることのない母のぬくもりであると、イリスにはわかった。お母様、まだここにいたのね。イリスは先を急いだ。





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