80.別れ道
80.別れ道
意外な場所での再会に、例外なく鋭いはずのライラの瞳もまんまるく開かれた。たしか、スペースシフターでは気まずい別れ方をしたような気がする。しかしそれは勘違いだったのかもしれない。なぜなら、レイスターはライラを満面の笑みで迎えたからだ。ここが敵陣どまんなかだとは思えないほどの、気の抜けたレイスターの顔に、力がふっと抜けてしまう。
「何やってんだ……? あんたは」
ライラは構えていた力をだらりと解放する。
「ライラ! 無事だったか!」
抱きつきそうな勢いで、レイスターはライラの両肩を掴んで揺さぶった。
「……当たり前だ。それより、どうかしたのか? まさか、スペースシフターが沈んだのか!?」
ライラは大人しく揺さぶられたが、ハッと気づき、心配そうにレイスターに聞いた。レイスターは首を振った。
「いや、ただの私のわがままで飛び出して来た。アスレイはきっと怒っている」
「は?」
ライラは怒りはしないが、その返答に呆れた。ジャスティーの無謀さは父親譲りなのか?と思う。しょうがねぇなぁ、とため息をついた。
「さすがだな、レイスター。ここは要の場所だと思うぜ。そして確かに、ここにミズはいたと思う。俺は他のカードたちを誘導してやらなきゃ。あの崩れた空間から上へ出られそうなんだ。だから、レイスターは……」
そこで話を遮られた。
「じゃあ、ライラがミズを追ってくれ」
「何?」
誰か別人と話をしているみたいだった。不自然に吹っ切れたような顔も気になる。ここはそんな場所じゃないはずだ。見ていないのか? ここで無残に散った命を。
「私が、ここから外に出て、全体を指揮する。もうすぐ近くまでみんなは来ている。あと少しなんだ」
「だったら、なおさら俺が行く。ここの方が安全に思えるからな。それに、レイスター、ミズを感じるんだよ」
「ああ、だけど、行かなくては」
「どこに?」
「ネスの子どもたちの元へ」
「じゃあ……何しに出てきたんだよ……」
「これじゃあお前に会いに来たみたいだな」、レイスターは屈託無く笑う。「だけど、私が行かなくては。♠︎Kってのは、時に♠︎Aよりも弱いもんだろ?」
「意味わかんねぇよ」
「つまり、私が死んだところでゲームオーバーじゃないんだよ」
「おい!」
「ライラ、頼む。私にネスのキングとしての役割を果たさせてくれ!」
「じゃあ、俺も一緒について行くよ」
ライラは生まれつきの直毛をぐしゃぐしゃっとかいた。もうどうでもよかった。
「いや、お前の言う通り、ここには何かがある。だからお前はこの先に行け。そこに予期せぬ突破口があるかもしれん。しかし誰かは地上に出なければ。士気の回復のために。お前じゃあ無理だろう」
そう言ってレイスターは笑った。本気なのか? と、ライラは疑うが、疑った瞬間に、本気だということもわかっていた。こうなったら、レイスターはどうにも動かない頑固者だ。ミズとジャスティーのことばかり考えているかと思いきや、ここにきてこの態度か。
疲れるよ、ほんと。
ライラが敵わない相手は、レイスターだけだ。その理由をうまく説明することがライラにはできないが、ネスの暗い大地で、黒く濁った心を持つのは当然のことだし、悪いことを悪いこととして捉えることすらできなかったライラに、希望のような光を与えたのは、間違いなくレイスターが差し伸べた手だった。俺もまた、レイスターの子どもである、レイスターが言っていることは、正しい。ライラは昔を思い出すと、やっぱりレイスターの行動は正しいんだ、と思い直した。レイスターが行くべき道は、ただミズへと近づくかもしれない道ではなく、ネスの子どもたちが戦っている激戦区なのだ。
だけど、なぜかそのレイスターの背中を見ていると、言いようのない不安に襲われる。レイスターの迷いは吹っ切れ、堂々たるキングの姿を見せているのに。俺は、ついさっきまで、レイスターがジャスティーやミズのことばかりを考えていることについて、苛立っていたっていうのに。今となっては、レイスターには情けなく、ジャスティーやミズのことを考えて欲しいとすら思っている。
「なぁ、絶対、2人に会わせてやるやからな」
ライラはレイスターに向かって言った。
「ふふ」
レイスターは優しく笑ってライラの頭に手を置いた。
「はっ!?」
ライラはそのレイスターの行動に、照れてしまった。
「お前にもすぐ会うぞ」
「バカ、子ども扱いするんじゃねぇよ!」
ジャスティーと同じ位置に俺を落とすな! レイスターのその行動には本気で腹が立った。
「じゃあな」
ライラの頭の上からレイスターの手が離れる。なぜか、その光景がスローモーションのようにライラの目に映った。自ら放してくれと言ったはずの手を、掴みたくなる。実際、ライラは無意識に手を伸ばしていた。しかし、ライラの手が伸びる前に、レイスターはすでに前を向いていた。迷わずに、向かうべき方向へと走り出していた。
掴めなかった手。ぼんやりとレイスターへと伸ばした手を見つめると、ライラは一度静かに目を閉じた。そして、再び目をあけると、いつもの無機質なライラに戻っていた。穏やかな感情はいらない。それを捨てて、目的のためだけに。
ライラは地下深淵まで潜っていった。
レイスターは無謀にも飛び出す。戦える術として持っているのは、ネスのペンライトだけだった。赤いレーザーで道を切り開く。実際、どこへ向かっているのか、レイスターにははっきりとわかっていなかった。だけど、走り続けた。
―シスカとアレン―
アレンとシスカの能力はほぼ互角だった。故に戦闘は無駄に長引いている。普段は地上戦を得意とするアレンには少し不利な状況なのかもしれない。そもそも、夜空なんてものはコウテンでは滅多にみられない貴重な時間だった。その時間、人間は外には出ない。蛮族の時間として恐れられる時間帯でもあった。その夜は過ぎ去ったはずなのに、うまく力がでていない。
加えて、多勢なのに戦況が有利に働かないいちばんの原因は、後方が気になってしょうがないということだった。アレンはコウテン城を背に戦うが、先ほどそこから聞こえた爆発音が何を意味するのか、気になってしょうがなかった。
それはシスカも同じこと。ああ、面倒だ。さっさと墜として前に進みたい。じれったく感じるシスカ。だが、簡単にはいかない。
そこに、やっと活路が開けた。
「シスカ!」
孤独に戦っていたシスカを呼ぶ仲間の声。
「ルイ!? あれ? ハルカナも?」
戦線離脱から戻ってきた2人がシスカに追いついた。
「くそ……」
小さく舌打ちをするのはアレンだ。
「引くぞ!」
アレンは、シスカが仲間に気を取られている一瞬で、退却の命令を下した。
「え?」
アレンの部下たちが一瞬反応に困る。
「バカ! 早くついてこい! 格好悪いが、ケイトたちと合流する。ここで無駄死になんてごめんだ。だいたい、白が空を守れってんだよ!」
シスカ1人に手こずっていたんだ。手練れを3人も相手にするのはさすがに分が悪い。それくらいわかる。アレンは潔く退却する。
「よし、僕たちも続こう!」
シスカが待ってました、とばかりに言った。
「早く城に行きたいのはどちらも同じってことか」
そうして、みんながコウテン城へと磁石のように集まる。時が、動こうとしていた。
―ジャスティーとイリス―
「イリス! 着いたぞ!」
ジャスティーは城の裏門のすぐそばの茂みに隠れた。ジャスティーに担がれただけのイリスのほうの息があがっている。ジャスティーにしがみつくことで体力を奪われたのだろう。
「はぁ、はぁ……。ありがとうジャスティー……」
イリスはジャスティーに預けていた体をゆっくりと起こし、自分だけの力で地に降りた。
「煙が!」
2人の目でしっかりと確認できたのは、城内からあがる白煙だった。
「おい、イリス! お前、あんだけ城は巨大なシェルターだ、みたいなこと言っておいて、やられてるじゃねぇか!」
「うるさいわね! あなたが言わないでよ!」
イリスが言う。確かに、俺が言うことではないかもしれない。ジャスティーは素直にそう思った。この城を攻撃しているのは俺も同然なんだから。
「あれぐらい、どうってことないわ」
イリスは自信満々にそう言った。だけど、珍しいところから煙があがったものね、イリスは少し首を傾げる。
「衛兵たちもこの騒動で定位置にはいないわ。私についてきて。王族だけが通れる秘密の道があるから」
イリスは足を進めた。
「また? お前らん星って、王族やらなんやら分けすぎじゃねぇの? だいたい、秘密が多すぎるし」
ジャスティーが呆れるように言う。
「そう、かもしれない」
イリスは静かにジャスティーの指摘を受け入れた。秘密が多すぎるっていうことも、王族が優遇されてすぎているっていうことも、みんな認める。私たちは、なぜ、蛮族を忌み嫌っているのか。今まで、その歴史をかえりみたこともない。愚かな人間だわ。無知とは、罪である。イリスはそう思った。
「難しい顔するなよ。父ちゃんに会いに行くだけだろ?」
ジャスティーが笑って言った。
「あなたに言われたくないわよ!」
イリスは再びそう言った。
「ど、どう言う意味だよ!」
慰めてやったんだろ、という風にジャスティーは不服そうな顔をした。しかし、イリスの言っていることも当たっているような気がする。父親に会うだけなんて、そんな言葉、ジャスティーが言っては何の説得力もない言葉になってしまう。
父親、ってなんだっけ? ジャスティーはもう考えない。母親ってなんだっけ? この目の前の美しいお姫様は、俺のなんだっけ?
「行くわよ! 私から離れないで。ここから先は私の領域です!」
イリスには強くあってほしい、ジャスティーがそう思うほどの惚れ惚れとする宣言だった。




