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79.ネスのK

79.ネスのK



 コウテン城の地下には、王族しか入ることのできない暗室がある。なぜか、『そこ』にある。永遠に眠ることになったとき、コウテンの王族は、それでも城の礎としてここへ留められる。王族の歴史をたどるように、いくつかの銅像が並んでいる。

 先祖の恩恵を受けているとは思えない。足を運べば罪深い人間を見上げるようにその銅像を眺めてしまう。だが、一番後に作られたもの。その女性の像には、美しさと愛おしさしかない。そこに罪深いものなど一つもない。罪深いと思い知ってしまうのは、己自身だ。

 アヴァンネルは、ひんやりとした冷たい肌触りのレイディの前に跪き、あの日を思った。

 ここだろう? ここにやってくるのだろう? お前が、殺したいほど憎いものばかりが並んでいる場所。アヴァンネルは、愛しい者の前で、憎き者へ問いかける。

 ここに来るんだろう?




―ジャスティーとイリス―


「イリス! なんで車でこなかったんだよ!」

 ジャスティーは走りながら後ろで荒い息遣いを隠せないイリスに向かって叫ぶように問う。

「し、しょうがないでしょ……。急いで出て来ちゃったわけだし。手頃なところに車がなくて……」

 息も絶え絶えだ。なんたって、城を飛び出してから、ずっと走っている気がするイリス。超ド級の温室育ちには、一生分の運動といっても過言ではないほどの運動を強いられていた。

 華麗なドレスは走りにくいだけだ。しかし、イリスの魅力を引き立てていることも事実。

「やっぱり、女の子だな」

 ジャスティーは後ろを走るイリスを見てそう呟く。そして、その姿は、いつかの訓練の日、汗だくになりながらも一生懸命に走るハルカナの姿を思い出させた。

 あ、なんだか泣きそう。ジャスティーはその光景を思い出すとなんだか切なくなった。戻れない気がする。戻れなくさせたのは間違いなく自分なのだけれど。

「ほらっ!」

 そんな思い出を振り切るように、イリスへと手を伸ばす。

「だ、大丈夫です……わっ!」

 イリスがわけのわからないプライドを見せるのをかっさらって、手を無理やりに引いた。そして、その勢いのまま担ぎ上げた。

「きゃっ!」

 思わず声が出てしまう。

「なあ、ちんたらしてたら、大事なもの全部なくなっちゃうかもしれないんだぜ」

 ジャスティーはそう言うと、背中にイリスをおぶって走り出す。

 イリスはしっかりとジャスティーに掴まっていた。後ろを気にかけなくていいジャスティーのスピードは上がる。

 背中と胸が触れ合う。私の胸はなぜか高鳴っている。どうしてだろう? この気持ちはなんだろう? イリスは考えないようにする。ぎゅっと目を瞑り、ただ、ジャスティーに体を預ける。未来ごと、預けてもいいと思った。私は、目を伏せる。なんだ、やっぱり私に偉そうなこと言う資格なんてない。正しいものに惹かれるとは限らないから、人間は間違いを犯す。間違いを犯さないように、目を背けるわ。

 ごめんね、ジャスティー、あなたにばかり真実を求めて。 

 


 


―コウテン城地下―


 崩れてしまった地下。人間のような大きさのものが転がっていたので、急いでレイスターは駆け寄る。無残に殺された女。見覚えのない女でホッとした。しかし、なぜだか胸が痛む。自分が殺したも同然なのに。そして、通路の隅に、見覚えのあるマントにくるまった、もう一つの物体に、目を移した。ああ、これはなんだろう。これもまた、人間のような大きさ。レイスターの手が震える。見たくない。だけど、見ないなんて選択肢はない。

 レイスターは震える手で、すでに死臭が漂うその姿を見ようと、そっとマントを掴んだ。

 神様……。

 レイスターは、人生で初の神頼みを無意識にしていた。


 レイスターと目が合った死体。

 レイスターは暫く固まったままで、瞬き一つもしなかった。そして、ゆっくりと、マントを再びそうあったように戻してやった。

「うっ……」

 そして、口を手で覆い、出てくる嗚咽のようなものを飲み込む。怒りも、悲しみも、吐き気も、全て混ざった醜いものが、自分の体の中からわきあがってくる。しかし、いちばん絶望した感情がレイスターの中にあった。そしてそれに気づけた自分がいた。

 ああ、なんて罪深いんだろう。

 レイスターは、マントをめくったその瞬間、それがフラニーであったことに、ホッとしてしまった。ミズじゃなかったから。

「とんだ親バカだ」

 そう呟いたあと、レイスターは、改めてフラニーに詫びた。

「すまない、フラニー。本当に……」

 私は何をやっているんだろう。レイスターの中で何かが切り替わる。守らなければ。私は、ネスのキングだ。『ネス』の、キングなんだ。アリスもフラニーも、誰かの子どもなんだ。私には、責任がある。アリスもフラニーも、みんな、ネスの子どもで、私の子どもだ。

 レイスターは立ち上がり、力強く駆け出す。その目的は、この場所へ飛び込んで来た時とは違うものになっていた。




 ライラは、爆発によって崩れた壁の向こうに、コウテン城中枢への進入路を見出した。しかし、そのまま続くこの通路の先も、あっさりと諦めることができないぐらいに興味深いものであった。地下ってのは、何か特別な意味をこの星では持つものらしい。

 蛮族の牢。自分たちのシェルター。そして、秘密の実験室。

 その地下で爆発が起きたってのは、とんだ間抜けだが、まあ、汚いものはすべて暗い地下に隠したいってのはわかる。ネスは、そもそも地下が表みたいな場所だから、空で飛び回るよりも、泥の中を歩くほうが自分には合っている。ライラは立ち止まったまま、暫く考え込んだ。

 どうする? まだ他のカードたちは侵入できてないのか? この爆発に便乗して侵入できたか? またしても、俺が内部から突破口を開くしかないのか? だったら、この通路の先は諦めて表へ出ようか。そうやって悩み、決断を渋っていると、


 コツコツコツ……。


 ライラの耳に、近づく足音が聞こえてきた。しまった! ここらにはもう身を潜めることができそうな部屋はない。

 進まなければ。どちらかへ……。しかし、足音は1人のものだった。1人……。

 ならば……と、ライラはシルバーホールを構えてその人物を出迎えることにした。


 バカ正直に走ってるな。足音ぐらい消せよ。そう思いながら、壁に背をつけて、静かにライラは待つ。

 足音が大きくなっていく。

 今だ! ライラが壁から離れ、右手を突き出し、標準を合わせる……。

 ピリッとした電流が右手に流れ、あと一歩でそれを飛ばしてしまいそうだった。


「レイスター!?」

「ライラ!」

 思いがけない場所での再会だった。




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