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78.瓦礫の楽園(2)

78.瓦礫の楽園(2)




 ちくしょう……、随分と汚れてしまった。

 ジョーカーは砂埃にまみれた服をはたいた。見渡せば、白衣に黒髪の女は赤にまみれて死んでいるし、赤のマントに黒髪の女はどす黒く成り果て死んでいる。一体、何がどうなって今ここに私は立っているのだろう。なぜ、私はリアを殺したのだろう?

 ジョーカーは鉄の眼帯をそっと触った。疼く。早く、終わらせなければ。10年かけたんだ。10年かけて帰ってきたんだ。愛しいとも思えるぐらいの憎悪を抱えて。

 もう……、いい。

 HNBのことは後で考えることにしよう。蛮族の抽出液があれば、今の私でも作り出せる。

 だから、もうすぐお前に会いに行くよ。旧友よ。



 

 なんだここは。ライラは天井や壁やらが崩れている中で、それでも、見たこともないハイテクノロジーの機材が、きらびやかにすら思える白い通路を歩いていた。研究室か? 機械班の部屋にちょっと似てる。いや、やっていることは同じ研究や開発だったのかもしれないが、ネスはもっと泥臭くガサツな部屋だった。

 なんとなく、ミズが頭に浮かんだ。ああ、あいつ、こんなところ好きそうだよな。あいつは、ネスよりもコウテンの方が似合う。こんなことを言ったら怒るだろうな。なんせ、いちばんの妥当コウテンの功労者だ。この星の設備が気に入ったからって、隠れるのはなしだぜ、死んでんなよ、生きてさえいれば、必ず連れ出してやるんだから。

 ライラはいつのまにか目的を思い出していた。そして、ミズはここにいると確信した。

 そして、暫く歩くと、妙な気を感じて体を構えた。あれは……。

 ライラはすぐ近くの部屋に入り込んで身を潜めた。そしてシルバーホールを構える。ピリッとした電気が走る。

「フラニー?」

 ライラは呟いた。そうだ、あの頭はフラニーだ。吹っ飛んで地面に落ちて、原型をとどめていなくても、なぜだかゾンビのように青にも黒にも見える顔色をしていても、あれは、間違いなく、4年間毎日面倒を見てやった、自分のカードだ。なんでこんなところで無様に転がってんだ。命令も聞かず、ミズの後ろばっかり追いかけてるからこんなことになるんだぞ。

 暫く様子を伺うが、あたりはしんと静まりかえっている。爆発の中心だったことは確かなはずなのに、まだ誰もたどり着くことができていないようだった。本当に、存在が隠されていたんだと実感できる。

 ライラはフラニーに近づいた。あまりに無様なので、切り離された体のそばにちゃんと頭を持ってきてやった。

「悪いが、ネスに連れて帰ることはできねぇよ」

 ライラはそう言って、自分の羽織っているマントでフラニーの体を覆ってやる。

「しかし、なんて顔で死んでんだよ」

 死ぬ間際、壮絶な苦闘を強いられたであろう姿なのに、なぜかその表情は穏やかだった。むしろ、幸せすら感じているように思えた。ライラは初めて見た。フラニーの微笑みを。

「ミズのことは俺に任せて、安らかに眠れ」

 フラニーのその表情は、ライラの気分を少しだけ楽にした。なんだか知らねぇが、死んでいいことでもあったのか? そりゃ、生きてる方が幸せだと思うが、命よりも大切なものはあるからな。フラニーの乱れた髪を整えて、全てを覆い被せた。

「で、お前は誰だ。クソ女」

 ライラは、振り切るようにフラニーから体を背け、もう一体の死体に向かって問うた。もちろん、死体は答えない。

「お前だろ? コウテンのフラニー女は。変態にばっかり好かれんのな、かわいそうなミズ」

 ライラはリアのうつ伏せに倒れている体を、足で蹴り上げ仰向けにさせた。その反動で、赤く染みついた白衣のポケットから、IDカードがすり落ちた。ライラはそれを手に取る。記されてある名前を何気なく見た。

「Ria……」


『今よ。R』

 ネス、青碧の湖畔でのポッドが頭に蘇る。


「リア……? まさか……?」

 手を引いていたのは、お前か? コウテンの隠された部屋にいるコウテン人は、この隠された地下の住人だろう。隠れて何かをするにはもってこいの場所に思える。ミズを手招いたのは、コウテンに潜っていたネスのスパイだったからか? しかし、ネス側にそれを知る者はいなかった。レイスターも本当に何も知らなそうだった。だとしたら、誰が大局を操っているんだ? レイスターの知らないところで、何かが動いていたっていうことか? そんなことができるのは……。

 ライラは頭をフル回転させる。

「そもそも、ネスの味方だったとしたら、なぜこんなところで死んでいる?」

 ああ、もうわからねぇ。ライラは頭を振った。ただの憶測でしかない。お前は敵以外の何者でもないはずだ。

 ライラは考えることをやめた。先を急ごう。そして、フラニーを殺したのはお前だ、と決めつけ、実際そうなのだが、もう一度強く体を蹴った。

 カラン……。またしてもポケットから何かが落ちた。

「ん?」

 ライラはそれを手に取った。

「なんだ? これ」

 それがなんなのかライラには全く検討もつかなかったが、これもまた、コウテンが隠し持つ秘密の部分だろうと察してそれを自分のポケットに入れた。





 レイスターは、コウテンにとってもネスにとっても予想外だった爆発に便乗して城へと近づいた。

『総長!?』

 煙をくぐって接近してくる機体があった。バインズは最初それをシスカだと思った。しかし、すれ違うと、母艦でどっしりと構えているはずのレイスターが、スピードで城へと一直線に向かっていた。

『なんですって?』

 ミレーも驚いて聞き返す。

『もう出てくるの?』

 続けてミレーはそう言ったが、バインズには「もう」の意味がわからない。

『スペースシフターから離れる作戦なんてあったか?』

 だからそう聞き返した。

『じゃあ何かあったのかな?』



『お前ら! 援護しろ!』

 そこに、ひび割れるようにノイズの混ざったレイスターの通信が入ってきた。

『えっ!?』

 2人は反応に困る。

『援護しろ! よくわからん!』

 スピードの操縦がわからないということだろう。バインズとミレーは、スピードのウィンドウ越しに見合った。

『えっ! ちょっと、待ってくださいよ!』

 バインズは焦ってレイスターのもう小さくなてしまった機体を追いかける。

『どちらへ向かわれているんですか!?』

 無鉄砲に突っ込んで行く、レイスターのスピードをミレーは捉えた。攻撃する術の一つも知らないのか、レイスターは青いシールドを出すことも、赤いレーザーを発射することもなかった。慌ててバインズがレイスターの盾となり、レイスターに近づく敵機を、後ろからミレーが撃ち落とす。

『いいところで爆発があった。そこへ行く。あの煙の中心だ!』

 レイスターの目的があまりにはっきりとしているので、その行動に疑問が浮かびつつも、2人は言う通りにするしかなかった。

 アスレイの突飛な作戦か? バインズは思った。

『濃煙の中に入ったら私から離れろ!』

『お伴しますよ』

 バインズは当然のように言う。

『いや、お前たちはネスのために。あとはアスレイに聞け』

 ? バインズとミレーは首を傾げる。それは、総長はネスのために戦っていないっていう意味にとれる言葉だ。


『ありがとう、助かった』

 敵地で戦争をしているとは思えないほどに爽やかな、レイスターの声だった。バインズとミレーの耳にはそう残っている。






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