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77.瓦礫の楽園


77.瓦礫の楽園



 「くそっ……」

 地面の下へ潜りたいと思ったのは確かだが、だいぶ手荒い歓迎を受けたものだ。ライラは、硬い瓦礫の破片とともに、白く艶やかな地面に落ちた。奇跡的に怪我がないので、最低限のマナーでもって迎え入れられたとは思っていた。運がいい。

 それにしても、上の張り巡らされた狭くて暗い通路とは違って、白が眩しい、近未来的、いかにも「コウテン的」な通路に落とされた。やはり内部には繋がっていた。しかし、ここは、コウテン城にとっても秘密にされている、存在していないとされる場所であることには疑問が浮かんだ。なぜ? 

「まあ、核心に近いってことは確かだろう」

 ライラは呟く。やはり、守りたいもの。秘密というものは、隠された場所にあって当然だ。キングよりも大きなものを見つけることができるかもしれない。ライラは当初の目的であるミズのこともすっかりと忘れて歩き出した。



 



「 ……ィ、レイディ……。どうして……」


「私たち、昔も今も変わらず親友でしょ?」



「レイディ!」

 ジョーカーは叫ぶ。試験管に入っていた緑の原液が大気に触れて爆発した。その爆発により、一時気を失っていた。その束の間に、昔の断片的な映像が頭に浮かんできた。目の前にいた女を、助けたいと咄嗟に思った。そんな気がした。

「うっ……!」

 左目がやけに痛い! 時間とともに体が元へと戻るにつれ、それは本来の姿に戻るのだから楽になるはずなのに。古傷まで疼いてきて、なんだかすさまじい退化をしているようで、実際そうなのかもしれないが。なんだか調子が悪かった。

「レイディ……」

 ジョーカーは呟く。俺は、お前を殺す気なんて……。はっきりしない頭を抱え、上体を起こそうとしたが、うまく体が動かない。天を仰いでいたその目線を、自分の体へと落とす。

「……お前は……」

 ジョーカーの体を庇うようにして守っていたのは、黒い髪の、少女だった。

「ミズ……、私の名前、呼んでくれた」

 血と埃にまみれても、フラニーにはミズのことしか頭にない。この期に及んでまだそんなことを言うのか。その執着に、恐れすら感じたジョーカーの顔が歪む。私はもうミズじゃない。外見もだいぶ変わっているはず。お前とは出会ってもいない。そもそもミズなんて存在していないのだから。

「私を、助けようとしてくれた」

 フラニーは、庇うという目的よりも、ただ抱きついただけかもしれない。それができる距離にいたから。

「名前、呼んでくれた」

「え?」

 ジョーカーはそのことを覚えていない。この女の名前など、呼んでいない。

「ミズ、帰ろう。みんな、ミズのこと、大好き」

 大好き?

 みんなが、私を?

 そんなわけ……。


「私は、特別に、あなたのことが大好き」


 フラニー! ジョーカーは心の中で叫んだ。無償の愛を、感じた。果てしなく懐かしいものだった。だけど、確かにそれを知ってた。忘れていたけれど、確かに、そこに愛があった。私は、この感情を知ってる。


 フラニーとジョーカーの目が合った。そこに、ミズの瞳の輝きをみたフラニーは、死の底から這い上がってきてよかったと心の底から思った。

 そして、人生で最高の瞬間に、今度こそ、人生を終えることとなった。

 ジョーカーの視界が開けた。今までそこにあったはずのどす黒く純粋な目がない。その体はまだジョーカーの上に被さっている。しかし、顔がない。そのかわり、違う女の目に見つめられた。

「死に損ないが……!」

 リアは右手に似合わない剣を持っていた。フラニーの首を綺麗にとばすほどの腕があったとは驚きだ。

「ジョーカー様……、もう安心です」

 リアはフラニーの頭をとばした剣を床に落とし、その手をジョーカーへと差し伸べる。その表情もまた、恍惚に満ちていた。それを見たジョーカーは、なぜか怒りを覚えた。

「ああ、世話になったな、リア」

 ジョーカーは、リアの手ではなく、その床に落ちた剣を取った。そして、恍惚に満ちた憎たらしい顔をしているリアの腹に突き刺した。

 リアの血がジョーカーの顔に滴る。

「……ど、どうして……」

 恍惚からの苦悶に満ちた表情でリアは問う。しかし、その答えはジョーカーにもよくわからない。ただ、無償に許せなかった。

 どうして? 何が許せなかった? 

「わからない。ごめん」

 ジョーカーは優しくそう言った。

「お前……」

 リアはその言葉に答えを得た。私はミズに殺された。






―コウテン城の外れ―



「なんだっ!?」

 ジャスティーは叫んだ。ジャスティーが戦線を離脱したとはいえ、戦争は今現在でも起こっているのだ。大事なものを全て失ってしまうかもしれない。コウテン城から聞こえてくる爆発音はより激しく響いてくる。

「お父様……」

 イリスは心配そうに呟いた。今ではしっかりとお互いを支え合っている2人。ジャスティーはイリスの肩をしっかりと持った。

「イリス、帰ろう!」

 そして力強くそう言った。

「どこへ?」

 ジャスティーは、ついさっきまで泣きべそをかいてたとは思えないほどの凛々しい顔をしている。イリスは少し呆気にとられた。

「お前の家にだよ。もう、お互い家に帰ろう」

 ジャスティーは吹っ切れたように言った。それは、真実から目を背けるようでもあったが、イリスはとりあえず頷いた。

「もう泣きやんだのね」

 イリスは言った。

「は?」

 ジャスティーは顔を赤らめて聞き返す。イリス、俺は男なんだし、そこは気を利かせて無視して欲しかった。

「だから、もう……」

「うるせぇな! 見りゃわかんだろ!」

「まぁ! 心配してあげたのに失礼な人!」

 イリスは本当に怒った。心配してあげたのに。本当に泣き止んでくれて嬉しかったのに。私も泣いてしまったけど、私もちゃんと泣き止んだし。

「はは、怒んなよ」

 真剣に怒りを表すイリスを見ていると、なんだか笑いが込み上げてきたから不思議だった。

「イリス、俺たちがこうやって笑い合えるんならさ、やっぱり、今起こっている戦争は、止めるべきものであると確信する」

 ジャスティーは言った。

「ええ、その通りだと思うわ。そして、それはね、私たちが蛮族に対してしてきたこととも同じ」

 イリスは言う。『蛮族』という言葉が出てくると、ジャスティーの心臓が大きな音を立てる。無意識にショックを受けてしまう。

「どういうこと?」

 素直にジャスティーは尋ねる。

「ジャスティーがね、蛮族の血を引く人間ならば、蛮族は恐れなくていい人間であるって、確信したってことよ」

 イリスはジャスティーの目をしっかりと見て、優しく笑いかける。ジャスティーのもやもやしていた気持ちがすべて吹っ切れたような風が吹いた。真実を飲み込んで、すべてを包み込んで、イリスは俺に笑いかけてくれる。

 真実に、あまり意味はないのかもしれない。イリス、真実とは、なぜか抽象的で確信めいたものだ。ああ、うまく言い表すことができない。

「帰りましょう。私たちの家へ」

 イリスは言った。

 そう言われた時、何かもやっとしたものが再び生まれた気がしたが、ジャスティーはそれを無視した。






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