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71.それぞれの今

71.それぞれの今



「ジャスティー? どうしたの?」

 あまりに強く抱きしめられたから、恥ずかしいとか、そういう感情よりもイリスは心配してしまう。

「どうしたの、じゃねぇよ」

 イリスの首元で揺れるピンクの守護石に今一度念を込めた。頼むから、俺の代わりに守ってくれ。頼む、頼む……。

「泣いてるの?」

 イリスはジャスティーの顔を覗き込む。

「じゃなくて! なんだってこんなところにいるんだ! 死にたいのか!」

 熱い抱擁の後に、素早くジャスティーは突き放した。温室育ちのお姫様はそのリズムについていけない。目をぱちくりとさせ、うまく対応できないでいた。


「それは……」

 しばらくの沈黙の後、イリスがやっと口を開いたが、その言葉の先までは言わせてもらえなかった。ジネンジが邪魔をした。

「ネスの少年、目的は果たせただろう。さっさとその娘を連れて出て行け」


「あっ……!」

 イリスは素早くジャスティーの後ろに隠れた。ジネンジが恐ろしいのだろう。

「嬢ちゃん、怖がることはないぞ」

 蛮王の後ろにはいつのまにかボクがいた。その姿を見ると、ジャスティーもイリスもなぜか心を落ち着かせることができた。うまく説明できないが、ボクが教養というものを持っているからかもしれない。

「イリス、ボクさんのこと知ってるのか?」

「ええ、ずっと気を失ってる私のそばにいてくれたの。とても優しい人。そう、人だわ。蛮族って人だったのね」

 イリスは不思議なことを言った。

「そうか、見たことなかったんだっけ?」

「ええ、恐ろしい怪物としか聞いていなかったから」

 イリスは言った。ボクさんとは対照的に、ジネンジを見る目は、恐ろしい怪物を見るような目だった。矛盾している。ジネンジこそが蛮族の王であるのに。


「真実なら、その手にあるじゃないか」


「だから、さっきから何言ってるのか俺にはわからないんだって」

 ジャスティーの顔が知らず知らずのうちに歪んでいく。顔がぐしゃぐしゃになって潰れているのでは、という感覚に陥った。


「母親と瓜二つだな。コウテンの王女」

 ジネンジは、ジャスティーの腕の中にいるイリスを見ると、悲しそうに言った。イリスの大きな瞳はより大きく見開かれた。その瞳はゆらゆらと微かに揺れていた。




―コウテン城の外れー



 夜が急にやってきた。空が薄暗くなっていき、世界が黒くに染まっていくが、夜と仲の良いネスの人間には、このほうが慣れ親しんだ日常のようで居心地がよかった。

「うわぁ。すごい日暮れ。どうして?」

 ハルカナは急激な明暗のグラデーションに、少しばかり興奮してそう言った。

「ずっと明るいから、いまいち時間の感覚がわからなくなるよね。夜なんてないのかと思ってたよ」

 ルイもまた、力の抜けた様子でハルカナに続く。

「おはようって、挨拶した奴がよく言うよ。朝があるなら夜もあるに決まってるだろ。チャンスだぞ。きっとここの夜は短い」

 ライラは当然、いつも通りライラだった。夜に揺れ動く感情などはなく、ただのチャンスでしかなかった。

「そうですね。チャンスです」

 ルイは声のトーンを落としてそう言った。皮肉だ。

「このチャンス、逃すことはできない」

 ハルカナの声。ルイとハルカナは同じことを考えていた。今しかない、チャンス。


「速度をあげるぞ」

 ライラのギアが上がる。

「はい!」

 威勢のよい返事をする。ライラが勢いよくエネルギーを再噴射する絶妙なタイミングを見計らって、他の2機は、機体を垂直にし、そのまま勢いよくスライドさせた。急旋回して、ライラとは真逆の方向へと飛び出して行った。

「ふん……」

 ライラが放った言葉はそれだけだった。別に予測していたわけでもないが、すぐに2人の目的を察した。にしても、思ったよりも早い離脱だ。当然、追いかけることはしない。

「しょうがないな。せめてミズがいたはずの場所まで案内してほしかったぜ」

 ライラは吐き出すように言う。後方を確認したら、2機のスピードの代わりに、まるで本物の黒い鳥のように見える通信機バートンと目が合った……ような気がした。

「お前がいるじゃないか」

 ライラは笑みを浮かべる。


『おい、スペースシフター! バートンの飛行履歴からコウテン城裏まで案内してくれ!』

『は、はい』

少しの手間取りが見て取れた。ハートはいつも自分に自信がない。

『アスレイは手が離せないか』

 ライラが聞く。なぜかアスレイは俺のことを心配してくるから、自分の通信の返信はアスレイからだと思っていた。

『えっと……』

 ハートは再び手間取るので、ライラはすぐに判断した。『もういい』

 この効率的な冷たさが、ハートの効率性を下げる原因になっているということを、ライラは微塵も感じることができない。ハートは口を閉じ、バートンの目から見えるライラの後ろ姿を確認する。

『そのまま、真っ直ぐ行って結構です。ほとんど同じルートを辿ってます。今のところ』

 ハートが淡々と伝える。

『了解。俺が間違えそうになったら伝えてくれ』

 結局、ライラ隊長は好き勝手に飛ぶだけだ。感覚っていうやつで。そう思うと、なんとなくハートは苛立った。

『隊長、バートンの後ろについてください。最短ルート最適スピードで飛行させます』

 それは、機械班ならではの意見だった。ライラは『了解』と、短く言った。心の中ではなかなか使える奴だと、ハートの評価は上がったのだが、そんなことはライラにとってどうでもいいことなので伝えなかった。ので、ハートはライラのことが苦手なままだ。



 夜が来た。


 夜が襲って来た。コウテンはしんと静まりかえっている。



「アレン様、大丈夫ですか?」

「ああ、悪い。久しぶりに外にいるな、と思って」

 アレンはしばらくの間、意識を真っ黒な空に持っていかれていた。そんな暇、ないはずなのに。


―コウテン城から見て正面の遠い空ー



「しつこいなぁ」

 ♠︎隊の道を作るために、❤︎艦隊を前に出すという、尊敬するアスレイからのナイス指示があっても、その❤︎艦隊をすり抜けて来る奴は当然いるわけで、それは決まって特別な強者だ。シスカはうーん、と唸る。自分の後ろにこびりついているのは明らかに隊長クラスの奴だ。

 さっきから、僕だけうまく進めない。

「シスカ!」

 バインズがなんとか援護してこようとするけど、シスカは首を横に振る。

「バインズ! もう行ってくれ! こいつは僕が!」

 斥候の役割が与えられてる♠︎が、足止めを食らうわけにはいかない。僕が足止めをしてやるんだ。君がとびっきりのお偉いさんだったらいいのに。シスカは後ろにべっとりとくっつく白い戦闘機をレーダーの中で確認しながら思った。じゃなきゃタダのハズレくじだ。


「チッ! あんなにシスカにべったりとくっつかれちゃ、こっちも撃てねぇや」

 バインズは悔しくてもどうにもできそうにない。

「しょうがねぇな、なんだってすぐに離れなきゃいけないんだ」

「うわぁ、その言葉はちょっと気持ち悪いかも」

 ミレーは、バインズとシスカの通信を聞きながら、言わなくてもいい心の声を口に出した。

「またお前とかよぉ」

 バインズは続けてそう言った。『お前』とは、当然ミレーのことだ。

「はぁ!? ちょっとそれどういう意味よ!」

 ミレーは怒りを露わにする。

「そんなこと言わないで、仲良く行きな。そっちは任せたよ。僕はこいつを仕留めてから行く。なんとなく、ジャスが堕とした奴と同じ匂いがするし」

 シスカの声色が変わった。緊張感と同時に高揚感も感じ取ることができた。

「ああ」

 バインズもシスカと共に行くことを諦めた。



「うわっ!」

 これはアレンの声だ。

 シスカの急停止に機体が前へのけぞった。危ない。一緒に墜落なんて、本当にコーネルの二の舞じゃないか。アレンは機体をずらして、やっとシスカのスピードから距離をとった。

「ふふん、ここは、僕が相手だよ」

 シスカは楽しそうにそう言った。アレンは少し嫌な顔をした。あーあ、止まっちゃった。馬鹿みたいに城まで逃げてくれればよかったのに。アレンは自分が足止めを食らった側だと認識していた。

「城を目指すか……。仲間を見捨てても」

 そして、シスカから離れて行くバインズたち♠︎の機体を横目に見た。

「当然だよな」

「当然だよね」

 2人の息はぴったりだ。


 ゾクっと鳥肌がたったのは、アレンの体だ。夜に慣れていないのは明らかに不利だった。ああ、なんだか面倒なことになる予感がする。

 それに引き換え、シスカはなんだか気持ちが軽くなった。あれ? 敵さんってばなんだか動きが鈍くなった気がするな。数はそっちの方が多いのに。暗い中戦う経験っていうのがないのかな? 僕らネスは得意だよ。

「じゃあ、遠慮なく!」

 シスカの大きな瞳が見開いた。

 普段は、優しく好戦的ではないシスカだが、この戦いでは、笑みをこぼしながら目を見開く殺戮スタイルで、まるで楽しいから戦っています、と言わんばかりの豹変ぶりだった。

 最初の突撃じゃあいいところ残せなかったし。シスカにはたちの悪い子どもじみたところが意外にもあったらしい。

「みんな、 気を抜くなよ!」

 アレンは気を引き締めるよう部下たちに向かって叫んだ。ああ、やっぱりハズレくじだ。だから空は嫌なんだ。アレンはシスカのハイテンション攻撃をローテンションで受け流すが、そのハイについて行けない黒のポーンは地面へと堕ちていく。


「くっそ、こっちは目が慣れないっていうのに」

 アレンがぼそ、言う。

「なんだか蛮族の闇狩りみたいだ」

 どこかのポーンもつられてぼそ、と言った。それは的を得ていた。確かに、とアレンは思った。蛮族の闇狩り。


「ふん、まあ、僕は隠れた天才、黒のビショップなんだから、負けるわけはないんだけど!」

 アレンのスイッチもローからハイへと切り替わりそうだ。アレンは前方上部にある機械盤を素早く操作した。カチカチ、と細かい音がなる。アレンの前方のガラスに電子が走る。

「さて、これでまあまあ見えるかな」

「アレン様、ついて行きます!」

 ポーンたちがアレンの後ろに連なった。

「ああ、俺についてこい!」

 力強いアレンの声が響く。

「やっぱり、一機だけ明らかに違うのがいる。僕の相手はお前で間違いないな」

 シスカもそれを迎え撃つ体勢をとる。長い戦いになりそうだ、アレンとシスカはなぜかしみじみとそう思っていた。







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