70.不確かな記憶、辿り着いた先
70.不確かな記憶、辿り着いた先
ジャスティーは夢を見ていた。
目の前を歩く人物の赤いマントがひらひらとなびく。それは、心地よい波のうねり。
しかし、一歩一歩足跡を残すのは、荒廃した砂の上だった。
ジャリ、と音をたてる靴音。その音が止まる。ジャスティーもそれに続いて立ち止まる。
「どうしたの?」
ジャスティーは少し心配そうに尋ねた。
「…………」
目の前の人物は、振り向き、口元に笑みを浮かべて何かを言った。
「え?」
ジャスティーは聞き返す。何を言っているのかわからなかった。
「ジャス、…………」
それは、ジャスティーの本能に植え付けられた、絶対的な愛おしい感情だった。マントを揺らす風が吹く。それは、振り向く彼の、男にしては長めの髪も揺らす。
こんな感情は知らない。魂の芯から温まって、知らずに涙が溢れてしまう。なぜだろう?
大好きだって、いつも思ってた。男同士だから、言葉に出して伝えることなんてするわけないけれど。
「…………」
でも、その人物が何を話しているのか、どうしてもわからない。
僕は、どうしてもその言葉が聞きたいのに。
次にジャスティーの目に映ったのは、悲しいほどに天へと伸ばされた自分の右腕だった。
「あれ?」
そして、瞬きと同時に涙が一筋落ちた。
「夢か……」
そして、力なく呟いた。なんだ、夢か。少しだけ幸せで、少しだけ悲しい感情が残っていた。
「随分と、似合わない目覚めだな」
その声にジャスティーの目が一瞬で醒めた。
「おっとぉ、やめてくれよ。暴走して攻撃なんてしないでくれ」
余裕のある声だ。暴走して攻撃したって全然動じないくせに。ジャスティーは飛び起きた。
「ジネンジ……」
ジャスティーは蛮王の名前を噛みしめるように言った。険しい顔をしている。しかし、ふと我に返った。
「あれ? 俺何してたんだっけ? あ! そうだよ! ヨウが大変なんだ!」
すぐに間抜け面に戻った。
「ははっ!」
ジネンジは思わず笑ってしまった。
「私は間抜け面の方が好きだ」
そして清々しくそう言った。
「はぁ? 何言ってんだ!!」
ジャスティーはバカにされたと感じ取って、素直にカッとなって叫んだ。が、ジネンジの影に隠れるヨウに気付いて熱はすぐに冷める。
「あれ! ヨウ! 無事だったか!!」
ジャスティーは喜びの声をあげるが、ヨウの顔は冴えない。
「?」
ジャスティーは首を傾げた。あれ? 時間が飛んでる。俺は、一体何をしていたんだっけ? どうして、ここで寝ていたんだ? 俺は、ヨウを攫った蛮族を追って、森を走っていたはずで……。
「あまり考え込むな。お前は確かにここの住人だ」
ジネンジがジャスティーに笑いかけた。
ジャスティーはその笑みを見ると、鳥肌がたった。
「失礼な奴だな」
ジネンジはジャスティーの様子を見てそう言った。
ジャスティーは何かを言おうとしたけれど、その時激しい頭痛がした。「うっ……」
「あまり興奮するな。力の使い方がなってない」
ジネンジはまたしても余裕の表情でそうジャスティーに言った。
「俺……」
ジャスティーはジネンジを見る。
「俺、使ったのか? あの力」
ジャスティーは言った。あの時も、今も、使った時の記憶がない。気を失ってしまうから。
「ああ。間違いない。お前は蛮族だ」
そしてジネンジはそう言った。その顔は、ジャスティーにはなんとも表現しにくい顔をしていた。複雑な感情が入り混じっている。憐れみのような……。憐れみとは、ある種の愛情がないと成り立たない感情のように思えるのに。
「いや……それはない」
自分の出生について確かなものなど、ジャスティーは持っていないはずなのに、ジャスティーは断言した。それはない、と。
「言ってることが違うじゃないか。お前からここにやって来たんだぞ。自分は我々と関わりがあると思うってな」
あまりに潔く否定するので、ジネンジは逆に面白く思った。
「柔らかく笑うんだな」
ジャスティーは素早くジネンジの変化をつく。ジネンジの顔が引き締まる。
「そうか?」
「ああ」
ジャスティーとジネンジの間に緊張感が走る。
「なんだよ。様子が違うじゃねぇか。おい、ヨウ! お前の父ちゃんなんか隠してるんじゃないか!」
ジャスティーはこれまた様子がおかしいヨウに、様子のおかしいジネンジのこと聞いた。
「……」
「なんとか言えよ」
「……」
「おい……!」
「やめてくれないか。お兄ちゃんだろ?」
ジネンジは、ヨウに詰め寄るジャスティーに向かってそう言った。ジャスティーは、ジネンジから発された「お兄ちゃん」という言葉に敏感に反応し、鋭くジネンジを睨んだ。
「どうした?」
ジネンジもまた動じることなくジャスティーの視線を迎え受ける。
「お前からやって来たのに……」
ジャスティーの敵意を感じ取り、ジネンジに怒りが込み上げてくる。
「忌々しいあの記憶が蘇るのはお前のせいだ。改めて聞こう。なぜ、ここに来た? 俺を殺しにでもきたのか? 妹を連れて?」
妹?
殺す? 蛮王を? 俺が? なぜ?
「本当に、呆れるほどに何も知らないってことか」
ジネンジはジャスティーの様子を見て確信した。ジネンジも色々と考えを巡らせていたが、ジャスティーの無知を確信して、警戒を解いた。
「ジャスティー!」
この場所でその声が聞こえるわけがないのに。ジャスティーにもやっと記憶が蘇ってくる。そして、その顔を見ると同時に、真実が恐ろしくなった。嘘だろ?
「イリス!」
ジャスティーは森の奥から飛び出してきたイリスを、躊躇することなく抱きしめた。




