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69.最中、再会

69.最中、再会




 ジャスティーは走る。

 「お兄ちゃん!」、そう言ってジャスティーへと伸ばされた手をめがけて走る。

 「ヨウ!」

 しかし、追いつこうとしても追いつかない。蛮族の足は早かった。そして、空の色が黒くなってきた。なぜだろう? ここに来てから、一度も夜を経験していない気がするのに。

「なんだか暗いな」

 ネスは夜が長かった。それとは対照的にコウテンの夜は短かった。急に空が暗くなった気がする。なぜだろう? ジャスティーはどうでもいいことが気になった。蛮族が活動したから夜になったんじゃないか、とまで思った。

「くそぉ、あいつら結構なジジイと思ったのに、さすが動物……」

 だけど……。俺が負けるはずないだろ。


「なんだぁ、あいつ……」

 蛮族の1人がそんなジャスティーを不審そうに見る。

「なんで疲れないんだ?」

「すぐに根をあげるだろう」


 しかし、ジャスティーとの距離は埋まらなかった。そして、若い分、差は詰まってきている。随分と、森を駆けてきた。禁断の境界線に着きそうだ。

「ああ! ダメだ!」

 ヨウが叫ぶ。

「なんだぁ? 蛮王の子。お前が外に出たかったんだろう? 闇狩りだ! 闇狩りだ!」

「違う! 僕は、闇狩りがしたいんじゃなくて……!」

 外があると知ったなら、外に行くしかないじゃないか。それに理由なんてない。僕はただ見たかったんだ。なぜ、僕たちはこの森から外へ出てはいけないのか。そして、なぜ、僕たちはコウテン人から攻撃を受け、また、闇狩りという名のコウテン人狩りをするのか。

 父さん、僕はただ、知りたいだけだったんだよ。


「とにかく、ヨウを放せ! この野蛮人がっ!」

 ジャスティーは、思い切り地を蹴り上げてジャンプした。背中に携えてある大きな片手剣の柄を握りこむ。いつも、ここで終わり。その鞘を出ることはなかったジャスティーの剣。今、ここで……。

「ジャスティー!」


 高く跳んだジャスティーは、蛮族の1人の背中を完全に捉えていた。別に、完全なる殺意を抱いていたわけではない。ただ、止めたかっただけで、その手段として、勝手に手が背中へと動いていた。だけど、やはりそこでジャスティーの手は止まることになる。絶妙なタイミングで耳に飛び込んできた、この場にそぐわない美しい鳥を連想してしまうような声だ。

 

「……なんで」

 こんなところに? 驚いて、間抜け面をしたジャスティーは、そのまま地面に降りる。

 蛮族は、一足遅れてジャスティーとの詰まった距離に驚いた。後ろを取られていた? 人間に? 蛮族の頭でもその疑問が浮かぶ。

「ありがとうよ、娘ぇ」

 次の瞬間、いちばん避けたかった事態が起こった。再会の一瞬後、愛しいお姫様は捕まってしまった。

「イリス!」

 虚しくもジャスティーは叫んだ。

「あっ!」

 イリスは遅れて悲鳴をあげる。温室育ち丸出しのトロい反応だ。


「てめぇ……! この野蛮人がぁ!」

 ジャスティーが今度こそ剣を抜こうと手を上げた。

「ダメよ!」

 イリスがお決まりに止める。一体誰のせいでこんな羽目になったんだ。

「許さない。それだけは許さないぞ」

 イリスの言葉だけはジャスティーの耳に届くと思ったが、違った。ジャスティーの瞳が轟々と燃え出す。赤い瞳はより濃く大きく見開かれた。

「お前……」

 蛮族の様子が変わった。

「何者だ?」

 間抜け面の蛮族が少しだけ凛々しく見えたのは、ジャスティーの存在に未知なる違和感を感じ取り、考え深げに眉間に皺を寄せたからであった。


 ジャスティーから禍々しい気を感じ取り、蛮族もまた神経を研ぎ澄ませた。場は異様な緊張感に包まれる。

「お兄ちゃん……?」

 ヨウは心配そうに呟いた。

 瞳は赤い。しかし、全身から溢れ出す怒りを表したオーラの色は、間違いなく、

「ダメ! ジャスティー!」

 蛮族の腕ではがいじめされている状態のイリスはなんとか片腕を伸ばして、ジャスティーの名前を呼んだ。その手を伸ばした反動で、イリスの首元にかかったネックレスが揺れた。薄ピンクの守護石。

 アリスがいた証。そして、アリスがいなくなった証。

「うるさい」

 蛮族はイリスの口をおもむろに押さえ込んだ。手の圧力で、イリスの顔が歪む。その苦しそうな表情を見たら、当然のようにジャスティーのタガが外れる。

「何やってんだ……。その子を……離せぇ!!」

 次の瞬間、ジャスティーの叫び声と同時に、ジャスティーから放たれたのは、蛮族に宿るプルートという力だった。グリーンのエネルギー体。

「なにっ!?」

 まさか、人間からその力が発されるとは思いもよらない蛮族は呆然と立ちすくむ。

 ジャスティーが攻撃した対象は、「ぐぅっ……!」とうめき声を上げた。無意識の怒りを発散しているため、コントロールはあまりよくない。イリスもまた、蛮族とともに倒れ込んだ。

「な……なんだこいつ……」

「お前ぇ………一体何者だぁ?」

 残った2人の蛮族も、臨戦態勢に入る。別にちょっとした遊びだった。蛮王の息子を連れ出したのもたいした意味はない。ただ、むしゃくしゃして、禁欲というのが得意じゃない蛮族は禁じられたことをすることがストレス発散になった。


「お兄ちゃん?」

 ヨウはいつのまにか蛮族から解放されていた。地面に座り込んでただその状況を眺めていた。

「離せ……離せ……」

 理性を失った人間。ジャスティーは蛮族そのものだった。

 再びジャスティーの眉間に力が入る。蛮族たちも構える。プルートが使えるのなら、こっちだって使うさ。今度は蛮族たちも緑のオーラを全身に纏った。

 ああ……! ヨウは殺し合いの始まりを予感しても、腰をあげることができなかった。コウテンの人間が怖いんじゃない。僕が本当に怖いのは、蛮族が持つ蛮族の力なのかもしれない。ヨウは座り込んだまま、後ろに身を引きずった。とん、と何かにぶつかった。瞬間、急に寒気を感じて勢いよく振り返る。「あ……」



「ヴォオォオオオオオ!!」

 草地に響き渡る咆哮。ズシンと重力がのしかかり、緑のエネルギーが空間を切り裂いた。ヨウは耳を塞いでうずくまる。2人の蛮族はその気にあてられ大きく倒れ込んだ。ジャスティーも意識を失って倒れ込んだ。


「お父さん……」

 ヨウはおそるおそるその咆哮を上げた蛮族の王を見上げた。

「全く……なんなんだこれは」

 蛮王ジネンジはため息をつく。やれやれ、といった様子だったので、ヨウは少し安心した。

「こいつ……」

 そして、ジネンジは気を失ったジャスティーを覗き込んだ。

「お兄ちゃん、僕たちとおんなじ力使った」

 ヨウは言った。

「ああ、間違いない」

 ジネンジはジャスティーの放ったプルートを見ていた。

「こいつは蛮族だ」

「えっ! でもっ!」

 ヨウは驚く。蛮族の森以外に蛮族がいることなどあり得ないと思った。それはジネンジも同じだった。

「こいつは、最初から自分と蛮族には、何か繋がりがあると思うと認識して俺たちに接触してきていた。そんなわけがないと笑ってあしらってしまおうと思ったが……正しかったな」

 ジネンジは言う。だけど、おかしいな……。プルートはこのコウテンのこの森が与えし神秘の力だ。他の場所でこの力を得ることなど不可能。だが、確かに俺も見た。この少年が発した力は間違いなく、プルートだった。


「ヨウ、帰るぞ」

 ジネンジはジャスティーを担いだ。

「あとの3人は?」

 ヨウはどっしりと地面に根付いてしまった3人の蛮族を指差した。

「そいつらは……」、放っておけ……。

 ジネンジの言葉が途切れる。ヨウは不思議そうにジネンジを見た。こんなお父さんの表情、知らない。

 ジネンジの体の毛が逆立つ。恐怖ではない。しかし、恐怖に似た何かが全身を襲った。蛮族の横に倒れ込んだ、いかにも貴族のお姫様。美しいブルーの光沢のあるドレスはこの場所には似合わなさすぎるから、余計に魅力的にも見えた。その顔を間近で確認したとき、ジネンジは全てを悟った。

「この女は……」





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