68.ボクの古い話
68.ボクの古い話
コウテンには緑と青しかなかった。
それは生命を育むには十分で。コウテンには緑と青しかなかったし、緑と青だけでよかった。それは、それだけで完結する、美しい星だった。シンプルに光る純粋なもの。コウテンは、ありのままの姿でそこにあった。
だが、宇宙の全てであるコウテンは、同時に宇宙の一部でもあった。数ある星の中の一つであるコウテン。大地のエネルギーと水の流れ、植物の猛々しい生命力。コウテンの空気には、独特の力があった。そこで生まれ、生きている蛮族もまた、コウテンの星の1つのエネルギー体でしかない。大地を潤す水。大地を這う虫。大空を翔ける鳥。全てが同列であって、ただそこにあるもの。全てが丸くきれいに循環していた。
あの日、真っ黒い異物がこの星に墜ちてくるまでは。
コウテンの外にも宇宙は広がっていて、そこにはまた別の生命体も存在するという事実を知った。それは、素晴らしいことのように思えた。宇宙は広く、言葉には表せないほど
の可能性に満ち溢れている。
緑と青の世界しか知らない我々は、そこに黒いものがいるなんて想像もしていなかったんだ。
コウテンは光輝く希望だと教えてくれたその者は、空からやってきた。鳥じゃなくても飛べることを知った。別の宇宙の存在を教えてくれたその者が、まさかこの星の侵略者になろうとは。
彼は色々なことを我々に教え与え、色々なものを我々から奪っていった。彼は自分の星を潰した科学という力を我々の星に持ち込んだ。そう、今のコウテン城に住まう人間共は、外の星からきた侵略者だ。ここは、あいつらの星じゃない。我々蛮族の星だ。我々の宇宙を返せ。もとの星へ帰れ。ここは、2色の無限の世界。
科学の力はいらない。自然の恵みがあればいい。よりよい発展などいらない。ただここに在るだけでいい。滅びゆくことが不幸とも思わない。それが自然の流れであるのなら、喜んで滅びるのが我々の生き方なんだ。
我々は侵略された。我々から緑を奪い、空の青も奪った。つまり、我々から全てを奪ったということだ。
ジャスティーはボクの話を聞きながら、辺りを見渡してみた。
「空は、今も青いよ。ここの木々は鮮やかすぎる緑だし」
そしてジャスティーはそう言った。
「そうだな。かろうじて、守っている。でも、だいぶ減ったさ。コウテン城の方角の上空を見ろ。化学物質による大気汚染も甚だしい。仲間であったはずの鳥や動物たちも、随分と死んでしまった」
ジャスティーはボクが指す方角に視線をやった。確かに、空は霞んでいた。見通しがわるい。気候のせいかと思っていたが、今思い返すと、コウテン城を取り囲む森は茶色く焦げていた気がする。あれは、時を全うせず枯れていたのか。
「そうだったのか……。それは、許せないな」
ジャスティーは言った。そんなジャスティーをボクとヨウはぽかんとした、間抜け面で見やった。
「なんだ?」
ジャスティーはその表情に疑問を持つ。
「本当にコウテンの人間ではないんだな」
ボクが間抜け面をやめて言った。
「ネスの人間だって言っただろ」
そこでボクは鋭くジャスティーを見た。ジャスティーは老人の老人らしくない鋭敏な殺気に神経を尖らせた。
「わしはこう聞いている。初めてこの地に降りたった人間は、ネスから来たと言った。ネスの人間よ。お前はまた、この星を奪いに来たのか?」
「え?」
ジャスティーは思わぬところからきたボクの言葉に固まる。知らないことが多すぎる。そう、俺はミズと違って頭が悪いから、そして誰も何も教えてくれなかったから。コウテンを滅ぼすことが正しいとしか知らない。
「違う……そんな歴史は知らない。ネスは、ネスは、コウテン城みたいな文明の発達なんてしてないし、自然を大切にしている! 植物からのエネルギーを動力にした乗り物を発明したりしてるんだ! ネスは、こんな風に侵略はしない! 文明の発達なんて知らない。俺たちも一緒だよ。ただ、そこにある星を守りたかっただけ。コウテンが、ネスを攻めてくるって言ったから、俺たちはネスを守るためにコウテンのキングを倒しに来たんだ! それだけだ!」
「ちょっと待ってよ……それって、ネスもコウテン城の人間も変わらないってことじゃないか! お前ら一緒の人間だろっ!?」
ヨウが立ち上がって叫んだ。ジャスティーに向ける目に憎しみと怒りが混じっている。
「はあっ!? 何言ってんだ! 俺はコウテンの存在も5年前まで知らなかったし、ましてやお前たち蛮族のことなんて今の今まで知らなかったんだぞ!」
ジャスティーもまた叫んだ。違う、と。『侵略』なんて概念すら、知らなかったんだぞ。俺たちは、コウテンからの侵略を受けるとしか……。
そもそも、そう、そもそも、一体誰がそんなことを言ったんだ?
ジャスティーはふと思った。いや、疑問に思わなくていい。そいつが言ったことは絶対正しいから。だけど、絶対ってなんだ?
「ヨウ、この少年はただの少年だよ。お前を助けてくれただろう? なぜそんな目で見る。お前が見たことだけが真実なのに」
ボクはヨウに言った。
「あ……。ごめんなさい」
ヨウはすぐに謝った。ジャスティーは怒ってはいなかったが混乱していた。
「いや、いいんだ」
それしか言えなかった。
「歴史とは、恐ろしいものだよなぁ」
ボクは呟く。
「しかし、それはどうしようもなく繋がっていくんだ。知らなければならないんだ。繋がって繋がって、その繋がった先の己に真の責任を持つということは、過去をも背負っていくということだ。知らないことは、罪でもあるぞ。ネスの少年」
そしてボクは語尾強くジャスティーに向けて言葉を放った。ジャスティーにとってその言葉は重かった。ドキッとした。それは罪悪感を呼び起こす黒い塊としてジャスティーの胸に落ちる。
「そんなこと言ったって……」
自分の出生すらわからない。わかってることといえば、自分の父親と母親は、きっと、本当の父親と母親ではないし、大好きなお兄ちゃんも、血の繋がりがないこと。過去に責任を持つだって? 俺が生まれる前の世界になんの責任があるっていうんだ? そして、俺はどこから生まれたかもわからないのに。だから、だから……。
「だから、それを知りに来たんだよ」
ジャスティーはいつのまにか握りしめていた拳の力を緩めた。
「そうだよ。別に逃げてたわけじゃない。俺は追いかけていた。知りたかった。教えてくれ。俺は……確かに、この名も知らなかった星と繋がりがある気がするんだ」
「して、その根拠は?」
ボクがにっこりと笑ってジャスティーに聞く。
「それは……」
「うわあ!!」
そこでジャスティーとボクの話は中断された。これからが話の核心だというのに。邪魔者が出てくるタイミングは決まってそういったタイミングだ。
ヨウは、急に森の奥から出て来た蛮族の男に首を掴まれ持ち上げられた。宙に浮いた足をばたつかせている。
「ヨウ!? おい! お前何やってんだ!」
ジャスティーは叫んだ。
「ああ? この王のガキを連れて外に出てくるんだよ。お前こそ何やってんだあ? ここは俺たちの家だあ。人間は早く去れ」
昼間の奴だ。ジャスティーはその顔を見た。そして独特の喋り方でわかった。
「おい、そんなことをしたら蛮王が黙っておらんぞ」
ボクが言った。
「知るかぁ。このガキが外に出たいんだろう? 俺が一緒に連れて行ってやるって言ってるんだ」
「蛮王の言葉を聞いてなかったのか? まだ外に出てはいけないだろう」
ボクは言うが、その下品な蛮族の男は聞く耳持たずだった。無造作に頭を振り、ヨウを担ぐ。
「おい!」
ジャスティーが背負った剣の柄を持つ。
「お前は、俺たちの森に入ってきた。約束を破ったのは向こうだ」
「だから、俺はコウテンの人間じゃないんだって!」
「部外者だ。部外者だ。部外者だ!」
ああ! 動物だ。言葉がまるで通じない。これが蛮族。そして、この世界の人間なんだ。
「あ!」
ヨウを担いだまま3人の蛮族が走り出した。
「待てっ!」
「お兄ちゃん!」
ヨウが手を伸ばす。
「ボクさん! 蛮王に知らせてくれ!」
ジャスティーはそう言い、走り出した蛮族の後を追った。
「やれやれ……騒がしいのぉ。彼は我々の敵か味方かどっちかのう……」
走り出したジャスティーの背中を眺めるボクには、なぜか余裕が見てとれた。




