67.白い狂気
67.白い狂気
冷たい白い廊下の上。黒い髪の毛がやけに艶々と光る。リアはその物体を白いハイヒールで隅に押しやった。もちろん、それはある程度の重みを持っているので、簡単に動いてはくれない。だけど目障りだから。リアは足で蹴って自分の道を少しでも広く確保した。
「邪魔だけど、まぁいいわ。片付けるのも面倒だし」
フラニーが冷たい廊下に突っ伏している。ミレーが言いたかった忘れ物はここにある。確かにネスの輝く希望のカードのはずだったのに。それは無残に散ったまま、回収されずにいた。
リアは1人で広大な白の研究室に入る。代々白のビショップが受け継ぐ広大な部屋だ。部下も入ることのできない完全な1人だけの要塞。白のビショップに選ばれし者だけに与えられる権限のうちの1つ。
「さてと、もうすぐ完成するわ」
リアはかつてないほどの興奮に幸福感を得ていた。人生で最高の時を迎えている。自分でもそう思っているが、この幸せよりも更に先があると思うとそれを想像するだけで失神してしまいそうだった。ああ、あの方が、このHNBの完成により私に褒美の言葉をかけてくれたら、そして、そのまま私の身体に触れてくれることがあれば、きっと、私は息もできないほどの幸福で、文字通り息絶えてしまうかもしれない。そして、不幸にも、それが私のいちばんの望みであるんだわ。
「ああ、いけない。量は少ないんだから慎重に使わないと」
リアはよだれが垂れんばかりに口元を緩めていた。それを引き締め、蛮族の王と契約を結んだことにより得られたプルートのエネルギーを特殊な装置で抽出した。
「リア」
だが、その部屋に入ることができる人物はもう1人いた。そして、その規則を何も破っていない正式なその部屋の主人でもあった。
「あら、だいぶ顔色が戻ってまいりましたわね」
「ああ、だいぶ、元の感覚が戻ってきた」
リアの横に並ぶ人物。その人物は、リアよりも低い身長のはずだったのに、今ではもうリアの身長を超えていた。リアも低いほうではない。長身のスラッとした体型になっていた。少し痩せすぎではあるが。
「で? これが例のエネルギーか?」
「そうです。私たちの希望の力。今までにない破壊力。だけど、これをお使いになるのはここではないのですよね?」
リアが首を傾げて隣の男に聞いた。
「ああ、これはネスに。俺の間違った過去は全て抹消しなければ」
「そしてここで私と共に生きていく」
リアは嬉しそうに言葉を続ける。
「JOKER、それは、キングにも変わることができる魔法のカード」
―コウテン都市のどこかー
「バインズ! 託すぞ!」
コウテン城より、まだはるか遠くの空で、ライラは一足先に隊を分けた。
「はい! どうかご無事で!」
似合わない言葉を付け足して、バインズは、シスカとミレーとランドバーグを連れて速度を上げた。
『アスレイ、バインズたちの突破が難しいときは、❤︎艦隊を前に出して道を作ってやってくれ』
ライラはそうスペースシフターに伝え、さり気無い気配りをした。
『わかりました。ライラ隊長も気をつけて。バートンを飛ばしてなるべく通信を確保できるようにするので、お願いしますよ』
アスレイがそれに応答した。
『ああ』
お願いしますよ、って念を押されたが、一体何をお願いされたのかわからないな、とライラは思った。俺はしっかり働いている。すぐに連絡が取れなくなったバカ共と一緒にしないで欲しい。と、ミズとジャスティーのコンビを頭に思い浮かべた。
「隊長、速度をあげますか?」
そう聞いたのはハルカナだった。ミザール渓谷での覇気のない顔とは一変して目に力があった。しかし、ギラギラとした眼差しはライラに少し不快感を与えたが、光のない目よりはましか、とライラはその不快感を態度に表すことはせずに受け流した。
「そうだな……」
気の無い相槌。ハルカナの白目に浮き出た血管がやけに気になる。
「隊長……」
急かすようにハルカナは言う。
「ああ、ついてこい」
ライラはハルカナのお望み通りにスピードの速度を上げた。
『焦らないでよ』
ルイはハルカナだけに通信を制限してそう注意した。
『わかってる』
絶対にわかってないな、と思える返しがきたので、ルイはやれやれ、と思った。いつだって、僕がちゃんとしなくちゃいけないんだから。ミズも意外と勝手なところがあったから、いつだって仲裁役は僕だった。ルイは4人で過ごしたネスの日々を思い返した。
「左旋回」
そう言って、ライラのスピードは真横に滑るように流れていく。それに続いて、ハルカナとルイのスピードもスライドしていく。バインズたち主攻のルートとは完全に離れた。
「さてと、隠密行動は大好きだ」
ライラの独り言が大きくて多いことを知らない2人は反応に困ることとなる。
「自由自由〜」
ライラと離れたミレーは嬉しそうに歌う。
「お前はちょっと緊張感がなさすぎるんだよ」
バインズはイラっとする。
「なーに言ってんのよ、嬉しいくせに。私たちっていいペアだよね。一緒に命を懸けて戦ったんだから」
妙な仲間意識をバインズに持っていた。
「なになに? なんか一気に仲良くなってるよね。僕も仲間にいれてよ」
シスカがその会話に入る。
「頼りにしてるのはお前だ」
バインズはシスカにそう言った。
「はぁっ!?」
その言葉にミレーは異議を唱えた。
「僕、あんまり前線に出れなかったから、そのままその言葉をバインズに返すよ」
「いや、ライラ隊長のご指名なんだから」
バインズは言う。なんだ、結局のところ、バインズはライラ隊長のことを♠︎の中でいちばん信頼しているのかもしれないな、とシスカは思った。同じ隊で戦っても、ミレーとバインズとではライラ隊長に思うところが違ったみたいだ。
その時、
チラッと光が反射した。
「バインズ!」
光の反射を最初に感知したシスカはバインズの機体の前に出てシールドを素早く張った。ミレーとランドバーグはそれを見て青いシールドを張る。
バインズが頼りにした人選、ライラの判断はやはりあてになる。
「やっぱりあのシールドってムカつくわ」
シールド越しに見える白の戦闘機。
「ケイト団長は下がってくださいって」
なよなよっとした声。
「うるさいわね」
ケイトはそれをあしらう。
「俺、何のために白の戦闘機乗ってんすか。あんた蛮族側の空見張れって言われてんでしょ」
「ちょっと! 誰に向かって物言ってんの!」
「あー、すみません」
そのなよなよのたるい声の主は、黒のビショップ、アレンだった。黒の騎士団。接近戦に長けた地上部隊のはずなのに、急な作戦変更により、空を飛ぶはめになったアレンは、少し機嫌が悪かった。何より、ケイトのことが嫌いだった。
「ザルナーク団長も俺を頼りにしてるって言ってたのに、こうもあっさり白につけとか言っちゃって、やる気なくすよなぁ」
アレンはため息をつく。
「ま、これもお前らのせいだよな。俺の平和な城内警備生活を壊しやがって」
アレンの目の色が変わる。それを感じ取ったケイトは渋々と機体を旋回させ、「コーネルの二の舞になるな」と、アレンに言葉をかけて去っていった。
「ふん、嫌な指示」
「だいぶ前線を上げてきたな。そっちも準備万端って感じ。そりゃそうだよな」
攻撃を受け、ピリっと青い電気が走るシールドの中でシスカはなぜか口元に笑みを浮かべながら言った。
「ああ、そうだな。お互い、星を懸けてる訳だし」
そしてやはりそれに答えるバインズの口元を緩んでいた。戦闘慣れとは怖いものだ。
「呑気に言うな! どうすんだ!」
ランドバーグがまともに口を開いた。
『❤︎艦隊を前に出すぞ。お前たち、今回も任務は同じだ。突破しろ』
「はい、兄さん」
スペースシフターから聞こえてくる声に、シスカは優しく答えた。変だし、ダメだってわかってても、ブラコンと自覚のあるシスカは、兄との時間が多いこの空間に感謝していた。