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64.痣色の歴史(2)

64.痣色の歴史(2)




こういった呟きには、必ずそこに第三の人間がいる。聞かれてはならない人がそこには当然のようにいるものだ。

イリスは、自分の部屋から続く秘密の回廊を走って、キングの部屋まで辿りついていた。最後の扉は開けていなかった。ここが「秘密の回廊」である所以。

いつもは使ってはならない。それが存在しているとも悟られてはならない。実際、イリスがこの回廊を使ったのは初めてのことで、ジャスティーは回廊に足を踏み入れた2人目の人物で、1人目は、イリスの母レイディだった。

お父様に会うことがなぜか怖い。勢いに任せてここまで来たけれど、怒られるかもしれない。まだ子どもであるイリスはそう思った。

自分の気持ちと語りあううち、その声は聞こえてきた。扉から、その位置は少しばかり距離があるようだ。誰かがいる。お父様は誰かと話している。3人。もやもやとして聞き取れない。イリスは1つ深呼吸した。心音が落ち着かないのはなぜだろう? イリスはそれでも自分から流れ出る音を最大限に小さくして、外から聞こえてくる音に全神経を研ぎ澄ました。それには時間がかかったのか、はっきりと、ぽつん、とその声だけが地面に落ちた。

イリスの耳にすとんと落ちた。


「蛮族……。我が妻を孕ませた野獣が……!」






―蛮族の森―


ザクザクと歩く。効果音は「ザクザク」。ジャスティーは口笛を吹きたいような呑気な気分だった。さっきまでの緊張感はもうなかった。

それに比べて、ヨウの姿には弱々しさが見えた。背中が少し丸まっている。

「なぁ、どうしたんだ? 怒られたのか?」

ジャスティーは後ろからヨウに聞く。

「うるさい! お前、知らないからな!」

「なんだよ、急に。あーあ、せっかく助けてやったのに」


「だからだよ……」

ヨウは呟く。ジャスティーには全く意味がわからない。

「ネスの少年。お前はなぜコウテンに来たんだ?」

ジャスティーの前を歩くヨウのさらに前を歩くジネンジは振り向くことなくそうジャスティーに聞いた。

「それは……」

今では不確かな理由だ。もし、イリスが言うように、本当にコウテンがネスへの侵略など考えていなかったとしたら。俺たちが侵略者だとしたら。

そもそも、俺がここにいる理由はないのかもしれない。だけど、導かれるようにこの星に来た。そして、導かれるように、俺はここにいる。

「コウテンのキングを、殺すためだ」


「ほう?」


空気がピリッとした。


「だけど、それはお前じゃない」

ジャスティーはやっと振り返ったジネンジに向かって言った。

「お前たち、蛮族の存在なんて知らなかった」

「この星にとって、お前たちはただの部外者だ。邪魔しないでほしい、と、言いたいところだが、ネスの少年。おそらく、お前たちは我々にとっては味方なのかもな」

「どういうことだ?」


「私は知ってたよ」

ジネンジはいやらしく言葉をためた。

「何を?」

ジャスティーはちゃんとそう聞いてあげる。

「お前たちがコウテンを攻めにくることをな」


「それってどういう………!」

「待て待て。ここはもう我々のテリトリーなんだ。お前に自由などない。口を慎め」

ジャスティーはとりあえず黙った。やっと、少し穏やかになったと思った状況を再び殺気だったものには変えたくない。一応の客人であると思っていたが、蛮族にはそんなものは関係ないように感じる。俺なんて、ただの異物か。


「ふっ、いや、済まない。私も大人になったつもりなんだが。つい熱くなってしまった。自分とは違う種族をみると、こう……なんとも言えない気分になるんだ」

ジネンジは微笑をみせたが、ジャスティーには不自然で気持ちの悪いものにみえた。

「ここまでくると、随分と木々が青々としているだろう?」

ジネンジはあたりを見渡した。ジャスティーもジネンジの目線を追って、あたりを見渡す。

「ああ……ほんと、きれいだ」

ジャスティーは惚れ惚れするように言った。

ジネンジはそんなジャスティーを優しく見た。ジャスティーはその笑顔にドキッとしてしまう。そこには父性のようなものがあった。

「もともとは、全ての場所がこんな風に緑にあふれた星だったんだ。コウテンは、美しい青い星だった。この大地から溢れるエネルギーが、我々の体を巡り、この星の緑と共存していた。ここでは、地を這う虫も、空を飛ぶ鳥も、みんな仲間だ。この星は、1つ。全ての生命体が合わさった、1つのものだった。我々はこの星のために生きた。この星の一部として生きていた。そこには、始まりも終わりもない、全てが有って、全てが無いような、『個』なんてものはない、大きな森のように、私たちは生きていた……」

ジネンジの穏やかな顔が崩れていく。星を想う心は真っ直ぐにある、蛮族の信念をジャスティーは見た。「蛮族」。それは、ただ忌み嫌われているものたちではなさそうだ。

「人間なんてものがここにやってこなければ……!」

穏やかな顔は跡形もなく消え、憎しみが顔に滲み出る。

「この星の歴史とは、あいつらの侵略の歴史だ」


ジャスティーにもなんとなく理解できた。

この星がどのように発展してきたのか。

「……ああ、あいつらの城や都市はものすげぇよ」

ジャスティーは言う。

「だけど、俺にはこっちのが落ち着く。だって、ネスみたいだ」

「ネスのことが好きか?」

ジネンジはふとジャスティーに聞いた。ジャスティーは即答する。

「もちろん」

ジネンジは案の定返ってきたその言葉に満足気に頷いた。

「だが、コウテンの人間に愛国心なんてものはないぞ」

「どうして?」

「歴史がないから」

「ネスの歴史なんて知らないけど、俺はネスが大好きだ」

「じゃあ、さっさと帰ればいいだろう」

「それができたら苦労しないさ」



あ、やばい。


ジャスティーがそう思った時にはもうどうすることもできなかった。

ジャスティーの額にじんわりと汗が浮き上がる。

いくつもの生命体に取り囲まれた。

いくつもの緑の目が木々の間からジャスティーを見つめている。

決して友好的なものではない。





『人間だ』『人間だ』『人間だ』

『外の奴だ』『外の奴だ』『外の奴だ』

『遊んでいい?』『ばか、あれは男だ』『つまんねぇ』

『じゃあ、殺していい?』





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