63.痣色の歴史(1)
63. 痣色の歴史(1)
「コウテンの……王?」
ジャスティーは目をまんまるくして蛮族の王、ジネンジを見た。「蛮族の王」であることは認めている。
「冗談を言う暇があるのか? 悪いがちっとも面白くねぇ」
ジャスティーは一度は驚いてみせたが、すぐに失笑してジネンジの言葉を受け流した。
「お父さんは、この星の王だってことだよ」
ジャスティーのその態度が気に食わなかったのは、蛮族の少年の方だった。眉間に力が入り、ジャスティーを上目遣いで睨みつけている。
「はぁ? お前、ヨウだっけ? 蛮族の王がなんでコウテンの王なんだよ。コウテンの王ってのは、お前たちの敵だろ?」
「だから、コウテンの王はお父さんなんだってば!」
説明もなくそんなことを言われても納得のいくものではない。少年に向かって論理的に話せ、と言うつもりもないが、ジャスティーには全く理解できなかった。
「感情的な発言ってのはもっとも非効率的な行いだぞ」
ジャスティーには言われたくない、と蛮族の少年でさえもなぜか思った。顔を赤くして怒りを表している。
「ていうか、それはどうでもいいんだけど……」
ジャスティーはばっさりと話をぶった切った。
「蛮族の王! 俺は、お前たち蛮族ってやつのことが知りたくて、ここまでやってきたんだ」
ジャスティーは真っ直ぐにジネンジの目を見た。ジネンジもそれに応える。視線は、一ミリのズレもなく、真っ直ぐにお互いの瞳を結んでいた。
うっ……。
ジャスティーの視線がブレた。目から放たれる気にやられたのか。それは敵対されたものとは違ったが、威圧的な眼差しがジャスティーの息を詰まらせる。
「いいぞ。お前は、不思議な奴だな」
ジネンジは軽く笑って威圧を解いた。
「え? お父さん、この森に入れるの?」
そこでヨウが聞く。
「ああ。久しぶりの客人だ」
「や、やっぱりやめようよ」
「お前が連れてきたんじゃないか」
その言葉にヨウは肩を震わせた。蛮族の王ならではの視線がヨウにも向かった。
「おい、そうだよ。なんでお前が止めるんだよ。もう俺たち友達みたいなもんじゃないか」
ジャスティーは言った。ヨウは困ったような顔をしている。
「なんだ? どした?」
ジャスティーは不思議に思い、ヨウの顔を覗き込もうとした時、
「うるさい! しらねぇからな!」
と、そっぽを向かれた。
「まじでなんなんだ? まぁいいや。でもありがとう、蛮族の……」
「礼には早い」
ジネンジがジャスティーに向かって放ったのは、確かなる殺気だった。ジャスティーはゴクリと唾を飲む。
イリス、俺は、少し浮き足立ってたのかもしれない。蛮族ってのは、イリスたちコウテン人が忌み嫌い、嫌悪し、恐れている、彼らもまたコウテンにとっては俺たちと同じ、『敵』。
「ああ、悪い。感謝の言葉は取り消すよ」
ジャスティーは苦笑いで王に言った。
「ヨウ、なぜ外へ出た」
ジャスティーに聞こえないように、ヨウの後ろからそっとジネンジはヨウへ問う。
「ごめんなさい」
「私は謝罪ではなく理由が知りたい」
「……」
「もう少しの辛抱だと言っただろう? お前のせいで、時が動くぞ」
低い声でヨウの耳元に囁く。ヨウの全身に鳥肌が立った。「父」である前に、「王」なのだと知らしめられる。しかしヨウは悲しいなんて思わなかった。ただ、怖かった。
「なあ、そうと決まれば早く行こうぜ」
ジャスティーにはいつもの軽々しさが戻っていた。
「ああ、ついて来い」
蛮族の王は言った。
―コウテン城―
「失礼します」
そう言って扉を開けたのはザルナークだったが、ザルナークが開けた扉から力強く一歩を踏み入れたのはケイトだった。大人気なくムスッとしてしまう感情は否めないが、切羽詰まったケイトの顔に免じてザルナークは何も言わずにケイトの後ろに続いた。
「手間取ったか?」
アヴァンネルはそうケイトに聞いた。
「……率直に申し上げますわ」
アヴァンネルの問いかけには答えず、ケイトは切り出した。
「ネスと蛮族が内通しているかもしれません」
「何っ!?」
ザルナークは思わず声を上げてしまった。アヴァンネルは静かに手を顔の前に組んだままの体勢から動いていない。いや、ピクリとだけは肩を上げてみせた。
「お前、何を言っているんだ。ちゃんとした確証もなく適当なことを抜かすなよ!」
ケイトはザルナークの顔をすかさずに睨む。
「あのネスのハエどもが使う光線の色。見間違うものですか!」
「戦闘になったのか?」
ザルナークが問う。
「いや、紛れ込んでるハエは一匹。簡単に駆逐する寸前で、出てきたのよ……」
ケイトが無意識に演出する「間」。ザルナークとアヴァンネルは同時に心の中でケイトに問いかけていた。 誰が?
「蛮族の王が」
ケイトはその問いに答えた。
「それは……!」
ザルナークが言葉を発しようとしたが、アヴァンネルの異変に気付き言葉は続かなかった。
「キング!」
ザルナークは叫ぶ。
「キング? どうなされたのですか?」
ケイトは突然の出来事にそう呟くように言うことしかできなかった。
アヴァンネルは全身を震わせ、黒い眼帯の下の目を掴むように掻きむしった。
「なんでもない」
アヴァンネルはそう言ったが、もちろん2人がそれを信じるわけがない。なんでもないわけがない。
「ご気分が優れないのですか? わたくしの失態をお許しください」
ケイトが珍しく、頭を下げ、跪いた。
「違う。そんなことではない。無事に帰還してくれてよかった。だが少し、下がっていてくれないか? そうだな、少しばかり疲れたのかもしれない」
「ですが……」
進言しようとしたが、ザルナークが首を横に降り、ケイトを黙らせた。図々しさが取り柄のケイトだが、ケイト自身も少しばかし疲れていた。
「事態は切迫しておりますゆえ、早めのご回復を願います。一旦失礼します」
ケイトは大人しくその場を去った。
「ザルナーク……」
ケイトが去ったことで、虚勢をはっていた体がより一層震えだした。感情の歪みをどうしても隠せない。
「キング! しっかりなされよ」
ザルナークは、キングの手を掻きむしる目から離した。
「あいつが出てきたのは、いつ以来だ……? なぜ今出てくる?」
アヴァンネルのか細い震える声。しかしそこには悲しみと怒りが込められている。
「蛮族……。我が妻を孕ませた野獣が……!」