62.王
62.王
「お兄ちゃん!」
蛮族の少年はジャスティーに向かって叫んだ。
ジャスティーは我に返り、剣を取ることをやめた。そして、その声の方へ目を向ける。
蛮族の少年は、今にも泣きそうな顔で、こっちを見ていた。
「お前……、戻ってきたら危ないだろ」
そして、少年に向かってそう呟いた。
「実際、死にそうになってたくせに! お父さんが助けたんだからな!」
泣きそうな顔をしてくれたわりには、堂々と可愛げなく事実を言ってのけた。ジャスティーは苦笑いをする。
「……殺気を感じたんでな。悪かったな、少年。息子、ヨウを助けてくれたことには感謝しよう」
「あ、いえ」
こいつがお父さんか。いかつすぎる。ジャスティーはそう思った。色黒の肌に艶のない黒い髪を長く垂らしていた。髭も立派だった。「野蛮人」。しかし、彫りの深い目元に大きな赤い瞳。そこには男としてのたくましさと凛々ししさが備わっていて、ジャスティーは素直にかっこいい男だと思った。
「で、改めて聞こう」
「お父さん!」
次の瞬間には、ジャスティーの首は太い大きな手に掴まれていた。
「ぐっ!」
咄嗟にジャスティーはその腕を掴むが、太くて硬くてビクともしない。
「人間」
そして蛮族の男はそう言った。
「人間だよな?」
ジャスティーの体内の血液が沸騰するようにたぎっていく。蛮族の男はジャスティーの体の異変に気づく。
「ん?」
ジャスティーに掴まれている腕から痛みを感じ始めた。こんな子どもが、こんな力を持っているはずがない。
「ふー……っ、ふー……」
ジャスティーは顔を真っ赤にしながら、唸っていた。その姿は、まるで獣のようだった。
「お前……」
蛮族の男の気がそれた。少し腕の力が緩む。「うおおおお!」、ジャスティーはその隙をみて、蛮族の腕を振り払った。
「なんなんだ! 首絞められてりゃ答えもできねぇだろ! お前の父ちゃんはバカか!」
蛮族の手から解放されたジャスティーはもっともな事を言った。
「俺は人間だ! それがどうした!」
そして堂々と言った。
「ふっ」
蛮族の男が笑った。
「なんだ?」
「面白い。初めて見る人種だな。お前は一体何者なんだ?」
蛮族の男は言った。
「俺は……」
俺は……何者なんだ?
しばしの沈黙が流れた。その沈黙の邪魔をする者はこの場にはいなかった。ジャスティーは、その沈黙の後、強く前を向いて、大きな赤い瞳に向かって叫んだ。
「俺はネス星から来た、レイスターとアスリーンの息子、ジャスティーだ!」
「ネス……」
蛮族の男はそう呟く。
「お前も名を名乗れ!」
ジャスティーは勢いのままに問う。
「なんて口の聞き方だ……」
これは少年、ヨウの言葉だ。どこにいても、ジャスティーはそう思われるほどの身の程知らずらしい。
「失敬したな、ネスの少年。俺の名はジネンジ。蛮族の王であり、コウテン星の王でもある」
「コウテンの……?」
ジャスティーは蛮族の王であることに異論を唱える気はないが、その次に出てきた肩書きには異論を唱えざるを得ない。コウテンの王は、コウテン城にいるだろ。
ーコウテン城―
「白のお姉さまがお戻りになられたみたいですよ」
軍事塔の窓から空を見上げ、遠くに見える一羽の鳩を見つけたアレンは優雅に言った。
「無事に帰って来たか」
その隣に並んで歩いていたザルナークは手元の資料から目をそらすことなくそう言った。あまりケイトのことに関心がないように思える態度だった。
「無事に帰ってこなくてもいいみたいな言い方ですね」
アレンはすかしたように笑う。
「何を言っている。あいつはあいつで優秀な駒だよ」
「ふーん」
黒のビショップ、アレンは腕を頭の後ろに回し、緊張感のない様子でのんびりと窓の外を眺める。
「アレン、この城の中枢で指揮を取るのはお前だからな」
「えぇっ! ヤですよ。団長の仕事でしょ?」
「何を言ってるんだ! 黒のビショップという地位にありながら! ナイトがいない今、前線で兵を動かすのはお前しかおらんに決まっているだろうが!」
ザルナークはやっとアレンへと顔を向けた。
「冗談、冗談。わかってますよ」
アレンは、ザルナークの必死の顔を見ると、満足してそう答えた。
「……まったく、本当にビショップときたら私には訳がわからん!」
ザルナークはすぐに視線を手元へ戻す。そこにはこのコウテン城の地図がある。
「実際のところ、ここが戦場になった場合、キングはどこにいらっしゃるんですか? キング自ら指揮を取られるというのもまた一興」
「バカな質問ばかりするな。いつものところだ」
「ええ? 嘘だ。もうバレちゃってるんですよ? 近くまで接近されましたよね? ザルナーク団長も危なかったって話聞きましたよ。結構ヤバイ奴がいたって。ああ、もちろんあのプルート使いじゃないくて」
アレンの表情がやっと少し変わった。
「このコウテン城をなめるんじゃないぞ」
ザルナークはそのアレンの表情を見るとなぜか得意気に笑った。ま、まだまだひよっこだからな。コウテンの全てを認識している人物は少ない。
できることなら、伝えたかったんだがな。あいつに。
「あ、今、悲しみに浸ってるでしょ」
「だから……バカを言うな! さっさと自分たちの兵を集めろ!」
ひよっこに見透かされた心情が恥ずかしく、ザルナークは遂には怒鳴った。
「はは、りょうかーい」
アレンは飄々と去っていった。アザナルの影にかくれ、今まであまり意識してこなかったが、アザナルとは比べものにならないほどにかわいくないやつだ。
ザルナークのアレンに対する評価はそれだった。
「ザルナーク! キングはどこにいる!」
気付けば、アヴァンネル騎士団にはかわいくない奴らしか残っていない。
「帰還そうそう慌ただしいな……」
「私は今、怒っている」
「見ればわかる」
ケイトはいつも、機体から降りるなり、ヘルメットを脱いで金髪の長い髪を解いて風になびかせてみせる。しかし、今回はその行為をしなかったらしい。ザルナークの前に現れたケイトの髪は、額の汗でべとりと額にはりついていた。解く暇もなかった髪は後ろでぐちゃぐちゃに束ねられたままだ。
「何があった」
「キングへの報告義務がある。私の口から直接話す」
「キングなら、部屋にいる」
ザルナークとケイトはキングの部屋へと向かう。その部屋にいたのは、キングだけではなかったのだが、それに気付くことのできた者はキングを含めいなかった。




