実らない両想い。
あの日、彼が私への好意を見せてしまったのが、彼の過ちであり、全ての始まりだった。私にしか気付かれないような熱を込めた密かな視線、何かを求めるような指先のスキンシップ…。その夜、私は恋に落ちた。余りにも呆気なく。期間限定、片想い、一回りもの歳の差。思い付く限りの切なさを詰め込んだ、私の片想いの始まり。
彼には愛する恋人がいて、それを公言していた。私たちは旅先で出会い、彼女は彼の母国で彼を待っていた。共有の友人がたくさんいたため、そういう話はすぐに耳に入ってくる。だから私はそれを知っていたけれど、彼は私が知っていることを知らなかった。そしてあの夜、大きなミスを犯したんだね。
その夜の熱が冷めないある夜、彼は申し訳なさそうに告白してきた。「あの夜はごめん、俺彼女いるから。あなたのことを好きなのは、間違いない。でも俺には彼女という失えない存在がある。だから友達で…いて欲しい。」そのとき、私は振られたのにも関わらず、その潔さに彼のことを益々好きになってしまう。母国から遠く離れて、旅の間に羽を伸ばそうとする男の子たちをうんざりするほど見て来た私には、その誠実さは、一際輝いて眩しいほどだった。そして私は彼にそんな風に愛されているその「彼女」に、ジリジリと激しく嫉妬した。
カタチ的に私は振られ、彼も振ったものの、私への想いもそう簡単には消えていないのか、何かと理由を付けて私に触れてくる様子が可愛かった。隠そうとするほどに視線から、言葉から滲み溢れる彼の想い。その指先から伝わって来るそれに呼応して、私の気持ちも盛り上がるのは止められなかった。 彼に会えない時は、彼との接触のひとつひとつを胸の中で反芻して、その時の彼の反応や私の気持ちの高まりをこと細かく思い出し、そこに希望があるのかと妄想に耽る日々。
ねぇ、どれだけ私が君のその美しい体に手を回して引き寄せ、その美しい顔にキスを浴びせたいか、気付いているの?眩し過ぎるのよ、その大きな笑顔。いつも君の周りだけ、明るく見えた。まるで白い光を彼の体から発色しているように、だから私は君のことをいつもすぐ見つけることができたんだ。そして…、君はことあるごとに私のことをたくさん褒めてもくれたけど、私の胸の中はいつも複雑だった。それだけ好意を伝えてくれたって…私には手が届かない人。
でもあるとき、そんな関係にも幸福が訪れた。
いつもどれだけ酔っ払っても、友達以上の進展はないと諦めていたのに、その日の夜は違っていた。彼には勢いがあって、私はその勢いを歓迎した。ただ、お酒のおかげでそこまで近づけたのに、お酒のせいでそこまで覚えていないなんて…。唯一覚えているのは、直後に彼が言った一言。「ごめん。」でもとにかくそれが、私たちのファーストキス。
でも一度キスをしたからといって、それを機に気安く求めてくるような軽率な彼ではなかった。でもその夜だけは、彼女に対する自分の誠実さに背いて、彼女の事を知る知り合いにばれるリスクを負って私への気持ちを表現してくれたのだ。まるで神様からのご褒美のような一度きりの、キス。そうやはりあれは一度きりのこと。それ以上の進展のなさに、そう見切りをつけようとした…その直後。
2度目の幸福が訪れた。
その夜彼は何度も私を求めてくれた。大人の男女にとってはたかがキス。でもそれは私にとっては奇跡みたいなキスだと思った。肝心なのはやはり「何を」ではなく「誰と」なんだな、私は幸福に溺れながら納得し、彼はもう「ごめん。」とは言わなかった。私への想いはストレートに私に伝わってきていた。そう彼はもう、隠そうともしていなかった。
私は彼が好き。彼も私が好き。でもこの恋は叶わない。
実らない両想い。
ずるいよ、君は。私を受け入れる覚悟もないのに、私に「好き」って言ってしまうなんて。その言葉通りの感情を体全身を使って伝えてくるなんて。そんな甘い顔で、完璧な体をして、女子なら誰もが憧れるような君が。
彼への気持ちは日増しに高まり、お互いの気持ちまで引き出した後、彼の旅は終わった。と、同時に私たちの恋愛ごっこも幕を閉じた。別れを意識し出してから、別れるまでがとんでもなく心苦しかったので、もう手が届かなくなってしまってからの方が気が楽になった。もう彼を探し回らないでいいし、会えなかった日に失望しなくてもいい。まるであの頃の方が夢で、今の彼のいない日々の方がリアルだって…。そもそも、彼なんて私の世界に存在したのだろうか。それくらいまで記憶の彼との間に距離ができたときに、やっと私は心から笑顔を取り戻し、前を向くことができた。
今は明るい気持ちでこう思う。あんなに魅力的な男の子にほんの少しでも、「私」という足跡を残せたことが私の誇り。「あなたは旅の途中で俺が出会った中で、一番の女の子だよ!」それは額縁に飾っておきたいほどに、私にとっては価値のある言葉。もう2度と会えなくても。この日々はキラキラといつまでも私の中に残る。幸せでいてね、大好きな人。