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姫>国防




 その音に驚いたのか、鳥が何羽か、ばさばさと飛び去っていった。


「気持ちは分かるケドさ……魔力が無いってのはどうしようもないんだよね。魔力回路の関係もあって」

「ちくしょー……あんまりだ……」

「でもでも、完全に使えない訳じゃないよ? 自分の魔力が介入しない魔法……例えば、呪符なんてモノを使えばいい。あれは魔方陣とは違って、『儀式』の法則性から『意味』という力を拾い上げて使っているからさ」

「……それを使えば、家一つ消し飛ばしたり出来る威力が出るか?」

「あ、いや……精々が煉瓦一個破壊する程度かと」


 呪符は普通は、魔力不足時に応急措置として使う為のモノだ。子供の覚えたての基礎魔法の威力にも劣るレベルの出力でしかない。


「ちくしょおおおぉぉぉおおあああぁあぁぁあ!」

「さ、叫ばないでー! 変な猛獣とか呼び寄せちゃうから!」


 頭を抱えて絶叫する朔の口を塞ぎながら、デココが困ったように言う。

 口を塞がれても尚暴れようとする朔に呆れたのか、或いは哀れに思ったのか、何にせよデココは一つの提案をした。


「分かった! そんなに魔法使いたいなら、ボクが一緒に魔法を使う方法を探してあげるから! だから落ち着いてー!」



 斯くして、二人の旅は始まる訳である。





 …………違う、一人と一匹、か。



 ◆◆◆



 朔とデココは近くの街に向けて歩いていた。

 何故かと云えば、デココが


『何にせよまずは装備を揃えなきゃ。そんな服で歩いてたらすぐに死んじゃうよ』


 とか言ったからである。

 服一つでも呪符と同じように儀式的、法則性『意味』を生み出すことが出来る為、多少なりとも身を守ることに役に立つ。

 という訳で、朔はデココを頭に乗せて森を抜けるべく歩いているのだった。


「それにしても、デココも魔法使えるのか?」

「使えるよー。ボクはスライムの中でも上位種族だからね。使えないスライムも多いケド」


 何よりもスライムなのに喋れる所から既に、デココは特別感が漂うのだが。しかし、朔はそんなことは気にしない。というか、気付いていない。


「それってどのくらい使えるんだ? その……どんなレベルの魔法を使うんだ?」

「うーん……難しい質問だね……。でも、ボクは最大出力でも大したことは無いよ。さっきのゴブリンみたいなのなら楽に倒せるケド」


 デココが近くの木の小枝を折ったらしく、ペキリという音がする。


「こんな感じ」


 言葉と共に、ビジュッ! と変な音がする。そして、朔は自分の頭上から黄色い光線が飛び出したのを見た。

 光線は近くの木に当たって、そのまま貫通した。


「勿論これは最大出力じゃないし、他にも色々使えるケドさ」

「すげ……」


 素直に感心する朔。自分にもあんなのが使えたらなぁ、と思わずにはいられない。いられないのだが……使えない。

 意気消沈する。

 そんな哀れな朔を気遣ってか否なのか、デココが小枝を二つに折りながら声を上げる。


「あ、町が見えてきたよ!」



   ………………



 ◆ルヴィア王国第三区第二居住地・フスト◆



 町の名前が刻まれた看板が、町の門の上に大きく掲げられていた。

 町はぐるりと石の壁に囲まれている。門の脇に槍を持って直立不動の姿勢を取っている守衛の話によれば、北、南、東、西に各々門があるらしい。朔が辿り着いたのはは東門とのこと。


「あまり大きい町じゃなさそうだな」

「そだね。半径一キロって所カナ?」

「カナ? って、お前この町初めてなのか?」

「あ、いや違うケド。何と無く『初めての二人旅』的なムードにしたくて」

「…………」


 何にせよ、フストはあまり大きな町ではなかった。町というよりは村という方がしっくりくるような感じだ。

 門の横にある小さな扉をくぐる朔達。門自体は非常に大きい、高さ数メートルはあるのだが、普段はそれを開けることは無いらしい。開閉が面倒だし、防衛に大きな隙が出来るからだそうだ。日常的な通行は全て、門の脇にある扉で行われる。

 朔は頭の上のデココを守衛が咎めるのではないかとひやひやしたが、守衛は笑って、


「ペットですか?」


 と訊いてくるだけだった。朔は愛想笑いを返して、町に入った。



   ………………



 町の中は、まるっきり中世RPGだった。赤い煉瓦で家々が組み立てられていて、道は拳大の石を敷き詰めて舗装してある。

 道端には小さな花壇が幾つもあって、色々な花が鮮やかに咲き誇っている。

 町の中心の方に見える尖塔は、教会だろうか。


「それで? ここが服屋か……?」

「うん」


 朔達は門をくぐってすぐの所にある店の前で立ち止まった。他の建物と変わらず煉瓦造りで、木の看板が扉の上に掲げられている。

 そこには、ミミズののたくったような字が描かれていた。


「なにこれ……」

「ルヴィア文字だよ。サクの言語はこの世界の音声言語と一致してるみたいだケド、やっぱり文字言語は違うみたいだね」


 不規則に曲がりくねった文字は、まずどの方向から読むのかすら分からない。

 朔は解読を諦めて、扉に手を掛ける。からんころん、とドアベルが揺れる音がした。



 ◆◇◆



 ――ルヴィア王国、城内。


 とある兵士は焦っていた。兵士、といっても近衛兵であるが。

 見つからない。どこをどう探しても見つからない。馬鹿な、どうやって抜け出した。

 辺りでは、この兵士と同じような格好をした人間がカーテンの裏を覗いたりシャンデリアを下ろしてみたりと忙しそうにしていた。

 彼らにとっては国防よりも大事な使命を果たせないと云うのは、彼らの矜持をいたく傷付けた。

 不味い。危険極まりない。彼女を一人、世に放つ事など、決してあってはならない。

 その為に国王は、あんなに厳戒な警戒体制を彼女が幼いときから敷き続けていた訳だ。にも関わらず、その網を抜け出したというのか。

 突然、兵士が左手に握り締めていた名刺大の呪符が叫び声を上げた。兵士は呪符を半分に千切って片方を丸めて耳に詰める。もう片方も丸めて、ぽいと口の中に入れた。

 そしてそのまま、話しだす。


「あー、もしもし」

『聞こえていますか!? こちらE58。緊急です!』


 相手側、E58が叫ぶように捲し立てる。兵士はそのあまりの喧しさに顔をしかめた。


「こちら、E01。聞こえている。どうした」

『只今発見されたのですが、飛行箒が一本消滅しています!』

「な、消滅!? 管理はどうした!」

『どうも、データ上の最終使用者……A157……が、閉鎖魔術を掛け忘れていたようで』

「……ッ!? クソッ!」


 思わず近くの壁を本気で殴る兵士。だとすれば、ほぼ間違いない。空から逃げられた。

 飛行魔術を彼女は使えない筈だが……なんて甘い考えが通るとは思っていない。あれだけ毎日勉強熱心なんだ。飛行魔術なんて、とっくに理論理解は済んでいるだろう。後は実践有るのみ。

 そして実践されてしまったのだ。

 怒りに震えた兵士だったが、こんなところで立ち止まってはいられない。次の手を打たなければならない。

 兵士は口と耳から各々紙を出して捨てると、新しい紫色の呪符を懐から取り出して、今度は破る事なくそのまま丸めて口に放り込んだ。


「全部隊員に告ぐ。標的は城外に逃走した可能性が高い。これから三〇分以内に捜索チームを百チームに分け、城内一〇、城外九〇に手分けする。非番の隊員も全員狩り出す。また、特に飛行魔術又は追尾魔術に長けた者は優先的に城外チームに配備する」


 それから兵士は一息置くと、


「発見時は即時拘束、但しくれぐれも丁重に扱うこと」


 こんなこと、誰でも分かってるだろうと思いつつも、規則なので一応釘を刺しておく。


「いいか! 殺すことはもっての他、傷を付けることも許されないぞ! 標的は標的であると同時に姫でもあることを、決して忘れないように!」


 今回の家出は少しおいたが過ぎるな。部下達に命令を下しながら、兵士は苛立ちを抑えることが出来なかった。



 ◆◆◇



 店に入ってから、一時間。朔は『ぼうけんしゃ』然とした服装で店から出た。

 全体的に布をたっぷりと使った服は、どういう仕組みなのかやたらと軽い。これも魔術の恩恵だろうか。

 但し武器や防具の類いは一切付けていない。服屋では売ってないし、付けても魔法が使えないからあまり意味が無いからだ。

 それにしても、と朔はデココに礼を言う。


「デココがお金持っててくれて助かった。今度何か礼をするよ」

「いや、礼なんていいよ。お金は一杯有るからね。使う機会無くて沢山貯まってるし、こういう時にしか使えないから」


 デココ曰く、色々悪さをするモンスターを狩っていると近くの村人から感謝されたりしてお金やら食べ物やらを貰えるのだとか。

 デココとしては天誅を加えたに過ぎない、つまりある意味では自分の為にやった事なのだが、貰えるモノは貰っておこうと溜め込んでいるそうだ。


「いやでもこれじゃ俺、ジゴロみたいじゃないか……」

「気にしない気にしない。もしどうしてもって言うなら、今度何か頼み事を聞いてくれたらそれで良いからさ」

「うーむ」


 それでは気が済まず、唸る朔。だが、ここでこれ以上論じても詮無き事と考え直して、話題を変える事にした。


「……それで、これからどうする?」

「それはサク次第だよ。魔力無しで魔法を使える方法を探すなんて、考えたこともない状況だし。ボクには明確な方針は浮かばないなぁ」

「…………」


 朔の頭に浮かぶのは『仙人に会う』とか『秘伝の書を探す旅に』とか古くさいありふれたモノばかりだ。そもそもこの世界がどのようになっているのか、その全体像が丸っきり分からないのだから当然である。


「……何も思い浮かばないのカナ? それじゃあまず、護身用の武器を買いに行こっか」


 という訳で、デココの適当な提案に乗らざるを得ない朔だった。

 それにしても、まさか女性に奢ってもらうとは……恥ずかしい。さっさと先に歩き出したデココの後を追い掛けつつ、朔はぼんやりと考える。とはいえ、こちらの通貨を朔は持っていないのでしょうがない。

『しめて五二〇イラになります』とか店員は言っていたが、そもそも一イラが何円に相当するのかすら分からない。こっちの物価も分からないから、想像することも難しい。

 さて、この恩はどうやって返すかな、俺が女でデココが男だったら『身体で返す』とか言えるんだけど、現状は立場逆だもんなー、とか考えていて、ふと。

 そういえば、デココが女っていう保証は無いな、と。

 いや、そもそも。


 デココの種族的に、『男・女』いや『オス・メス』ってあるのかな、と。


 朔は唐突に、そんなことを思い付いた。



 


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