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岡山朔≠正常





 岡山朔は、少し頭が可怪しい。



 と言っても、別に精神的な障害を抱えているとか、頭に巨大な腫瘍があるとか、そんな真剣な話ではない。

 簡単に言えば、思春期男子特有の病に掛かってしまっている。つまりは、



 病名:厨二病(Stupid Boy)

 症状:症状の程度は個人差が大きいが、良く見受けられる症例として、自分は特別な存在だと思いたがる、少年漫画の主人公等に自分を重ね合わせる、左腕に包帯を巻く、右目を眼帯で覆い隠したりカラーコンタクトを入れたりする、等がある。

 追記:時には魔方陣等を自分で描き、部屋を暗くして『……けんごーおんかい……うくうふいしきしきそくぜくうくうそ……』等と唱え出す事もある。



 という訳だが。そして、朔はそれの重症患者だった。

 具体的に何をするかと云うと、


 症状1:魔法の存在を信じる

 症状2:机の上にタロットカードやトランプを並べて魔方陣紛いを作る

 症状3:右腕には油性ペンで『べるぜばぶ』と書いていた事がある


 エトセトラ、エトセトラ。

 朔がこの病を発症したのは、十五歳の夏休みにファンタジー系のアニメを見てしまってから。以来、魔法の存在を盲信するようになってしまった。

 当然、この病気は治しようがない為、朔はそれから二年間ずっとこの厄介な病を患い続けてきた。

 ……もっとも、当の本人にとっては厄介でも何でもない。本人は好き好んでやっているのだから。むしろ厄介に思っていたのは朔の周りの方だ。

 考えてもみて欲しい。突然街中であらぬ方向を指差し、訳分からない言葉を呟いたあと、『今この指差した方向に居るヤツ。明日死ぬ』とか結構大声で言うヤツと一緒に歩きたい友達がいるだろうか。

 考えてもみて欲しい。夕食時に出てきたメンチカツ。これに家にある全ての割り箸と蝋燭を突き刺して針山を作り出してしまうヤツと一緒に食事をしたいだろうか。

 答えはいずれも否だろう。

 という訳で、朔は世界に居場所を無くした。苛められたり、露骨な仲間外れを喰らったりすることが無かったのは奇跡に近い。が、それでも友人や家族が朔を煙たがっていた事は確かだった。

 居場所を無くしたのに気付いたのは十六の冬。これではいけないと、ふとした事――友人の軽い陰口を耳にしてしまった――から、気が付いた。

 しかしながら、持病はそう簡単には治らず、また、多少改善したはしたが、その前の悪印象が強すぎて状況は変わらなかった。

 朔は精神的に追い詰められた。自業自得と言ってしまえばそれまでだが、どこにも心落ち着く空間が無いと云うのは思いの外苦しかった。

 そして徐々に、左手首に傷がつき始めた。自分でやっておきながらそれを人に見られるのが嫌な朔は、それを包帯で隠した。

 だから、親や教師に気付かれる事もなかった。朔が酷く思い悩んでることに、誰も気が付かなかった。

 学校でも家でも居場所を無くし、さりとて夜の街の住人になる勇気も、アングラに手を出す勇気も無い。完全なる孤立だった。

 それでも朔は病気を治せなかった。無意識中に意図しない言動をしてしまっている為、治しようもなかった。

 遂に思い詰めた朔は、ホームセンターで縄を買ってきた。人一人吊っても切れない、丈夫なヤツを。

 ネットで調べた特有の結び方で先端を輪っかにして、縄の途中に切れ目を入れておいた。

 そしてそれを天井に引っ掛けて、そして、


 首を吊った。


 死ぬつもりは欠片も無かった。だから縄が千切れるように、縄の途中に切れ目を入れていた。いわゆる狂言自殺と云うヤツだ。

 誰かに自分の悩みに気付いて欲しい。その一心だった。

 だが、甘かった。一度、重石か何かを使って実験するべきだった。本当に切れるかどうか。

 首を吊って暫くしてから、朔は察した。縄が案外丈夫で、自分が入れた程度の切れ込みでは切れそうも無いことを。

 察したその瞬間から、朔は縄から抜け出す為に暴れだした。

 ギシギシと首を縄が締め付ける。自重で首の骨が折れそうだ。どんどん息が苦しくなり、全身が酸素を渇望しているのが分かる。朔は心の底から焦った。こんな筈では無いと。

 縄から抜け出す事は、叶いそうもない。

 意識が徐々に遠退くのが分かる。頭に霧がかかったような気がしてくる。手足から力が抜けていく。――苦しい!

 だが、最早どうしようもない。頭の中心がびりびりと痺れていく。軈て、朔の意識は完全に絶たれた。

 死んでしまう。その恐怖だけが、最後まで朔の心を静かに叩いていた。

 そして、意識が消えて僅か数十秒後。心臓は静かに、動くことを止めた。


 そして。

 朔が首を吊った同日。その日、彼の部屋は崩壊した。



   ………………



「異世界? やっぱりか?」

「まあ、君にとっての異世界ってだけで、ボクにとってはここが世界なんだケドねー」


 デココが朔の頭をびしばしと叩きながら軽く答える。

 朔はやめろ、やめてくれ、と言いながらデココなるスライムを掴もうと頭上に手を伸ばす。が、捕まらなかった。

 代わりにデココがひしと朔の手首にしがみついた為、結果として朔はデココを頭から降ろすことに成功した。

 初めてデココを見た朔の第一声は、


「うわぁ……」

「『うわぁ』ってなんだ『うわぁ』って!」


 朔の腕にしがみついたまま、デココが頬を膨らませる。


「いやだって、想像の斜め上……」


 どういう風に斜め上かというと。デココは、人型だった。

 青く透明で少しぷるりとしている所は実にスライム的だが、デココの身体は明らかに人間的だった。それも裸体だ(陰部とかは何かすべすべしててどうなっているか分からないけど)。

 顔もきちんと整っていて、美少年(或いは美少女)であることが分かる。

 そんなスライムはいつの間にか朔の肩に乗っていた。


「まあ良いや。話を戻すよ異世界人さん。まずはさ、君がどんな経緯でここに寝転がっていたのか、教えてくれないカナ?」



 ◇◇◆



 朔は包み隠さず、デココに全てぶちまけた。

 全てぶちまける必要はあったのか、いや、それ以前に、デココに身の上を話す必要はあったのか。

 朔はそんなことを欠片も考えないで、自分の悪癖から自殺に至るまでの全てをデココに話した。胸の中の苦しみを外に出したいというのは前から有ったし、何気に非日常にパニックになっている頭では考える力も残っていなかったのかも知れない。

 朔が話す間、デココは始終うんうんと頷いていた。もしかしたら、デココが聞き上手なのも有ったかも知れない。

 軈て話を聞き終わったデココは、一際大きく頷くと、


「いや、今話を聞いたのは完全に好奇心からだけどさ」

「……だろうと思ったよ」

「そんな重い話とは思わなかったー。ところで、サク、だっけ。一つ訊きたいんだけどさ。首を吊る前に、何か魔方陣的なモノを書いたり、作ったりはしなかった?」

「魔方陣?」


 朔は勿論、毎日魔方陣を書いている訳ではない。訳ではないのだが……


「確か、作ったな……。トランプで」

「大体どんな形か思い出せる?」

「ああ。確か……」


 朔はトランプ魔方陣の形を告げた。放射状に台座を作って、中心にスペードの3を据える。それから……。

 形を聞いたデココはうんうんと頷きながら左の手のひらに何か右手の人差し指で描き始めた。そして、ああ、成る程ね、と呟いて、


「属性はブランク。スペードには確か、『ゲート』の意味があったよね……。配置から生まれるのは確か『対価』だケド、だとすればブランクはやっぱり……。そこで、ハートの5がコードとして効いてきてる訳だね。成る程、成る程」

「???」


 頭にはてなマークを大量に打ち立てだした朔を見て、デココが慌てて解説する。


「あ、つ、つまりは、サクが作ったトランプ魔方陣は、珍しいタイプの異世界転移術式になっていた訳だよ。まず、属性ブランク=魔力は不要。発動キーは魔方陣の周囲五メートル内で、転移対象そのものか或いはそれと同価値のモノを破壊……ってとこカナ? 生命体にしか作用しなさそうだケド」

「……異世界転移術式?」

「そ。ま、正確には『異世界転移転生術式』ってするべきカナ。それが完成している所で首を吊ったから、サクが『転生対象』として認識されて、それでここに飛ばされた訳だよ。分かった……?」

「大体は……」

「それにしても、なんだ……意図して作ったんじゃないんだね」

「俺の話から察せよ。そもそも意図して作れるなら、首を吊る事も無かった」


 魔法は本当にあるんだ! という確たる証拠を示すことが出来るから。


「んー、それで、さっきの話からすると……サクは、元の世界に帰りたいと」

「いいや。帰らない」

「へ? こっちに来たのは偶然でしょ? さっきみたいに、襲われる事もあるよ。魔力がないと太刀打ち出来ないし……」

「こっちに来たのは確かに偶然だし、襲われもするだろう。だが……俺の話、ちゃんと聞いてたか? 俺は魔法は有ると信じていたんだ。そして、魔法がある世界に来られたんだ。最高じゃないか。元の世界に帰るなんて勿体無い!」

「はぁ……まぁ、そういう考えも有るか。そもそも、帰ろうとしても帰れないだろうから、良かったかもね」


 サクが元居た世界には魔法が無いみたいだから、帰還コードが無いものね……、とデココは付け加える。


 ――ゴーン……ゴーン…………。


 その時、遠くから鐘の音が響いてきた。デココがくいっ、と首を回して、音がした方を見る。


「今のは?」

「近くの町の教会の鐘の音だね。そっか、もうこんな時間か……」


 デココは朔の質問に答えつつ彼の肩から飛び降りると、おしりをパンパンと叩いて埃を落とした。それから一つ、欠伸をして、


「さて、と。退屈しのぎには丁度良かったカナ……。じゃあ、ボクはこれで。楽しかったよ……」

「ちょっと待て」


 そのままそこを立ち去ろうとしたデココを、しかし朔は呼び止める。


「? 何? どうしたの?」

「ところで、だ。さっき、お前何て言った?」

「ん?『はぁ、まぁそういう考えも』……」

「その前だ」

「え?」

「俺に魔力がないっていうのは、どういう事だ……」



   ………………



 魔力。幻想世界においてそれは、魔法という非科学的な力を行使する際に不可欠な高エネルギーである。

 そして、デココは朔には魔力が無いと言った。


「俺に魔力が無いっていうのは、一体……!」

「そ、そのままだケド。サクからは魔力を全く感じないんだよ。そもそも、サクの世界には魔法が無いんでしょ? 当然、サクも魔力を持つ訳が無いし……」

「魔力を持たない!? でも、魔方陣は作動しただろ!」

「うーん……あの魔方陣は、魔力不要な代わりに対価請求されたでしょ……? その理屈だと、単に火を出すだけでも身体がどんどん痩せ細っていってしまうよ」


 それに、魔方陣は自立作動していただけだから、サクが魔法を使った訳じゃないんだよ……。デココが躊躇いがちに呟く。


「……って、ことは? 俺は念願の魔法幻想的世界に転生しておきながらも? 魔法を全く使えない?」

「……そういうことになるね」

「何でだよおおおおぉおおぉぉああぁああぁああああああぁぁぁぁぁぁぁあぁ!」


 朔の絶叫が森の中で木霊して、そして消えていった。







あとがき

デココが初期設定より優しいぞ? あれ? あれ? あんぎゅらー。


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