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赤い山脈 蒼の王国  作者: 木葉
第2章 王都から辺境自治区へ
7/64

その2

2.

 カルダーンの求婚への返事の期限が二日後に迫った日、フェディオンの王宮に震撼が走った。

 その第一報が入ったのは、局長室での会議中だった。私が二つ目の議題を読み上げたところで、慌ただしく扉が開かれ、同僚が局長に封書を手渡した。

「全省局長以上の幹部に緊急会議の召集が掛かりました。本日の定例会は中止します」

 和やかだった局長の顔は、たちまち険しくなり、私たちは書類をまとめて執務室に戻った。

 私を含めた局長補佐の官僚たちには、すぐに何が起きたのか書面で知らされ、これはもう求婚どころの騒ぎではないと悟った。

「辺境自治区長と住民が人質に取られた……」

 不謹慎とは思いながらも、何でこんな時にと首謀者を恨まずにはいられない。階下の外交省が混乱していることから、首謀者は外国人だということが推測できた。

 この時はまだ知る由もなかったけれど、辺境自治区の人質事件は私個人にも大いに関係するものだった。

 その話をする前に、辺境自治区について説明しておかないと。フェディオン王国の東部にはルトガ山脈があり、隣国ギュリド王国との国境付近はちょうど標高の低い人の住める地形になっている。そこが、辺境自治区もしくはルトガ自治区と呼ばれる特別な行政地区である。

 なぜ特別なのかと言うと、自治区にはフェディオンの国民だけでなく、昔からギュリド人も住んでいる。むしろギュリド人の人口の方が多いことが問題だ。さらに、別の民族が居住していて、彼らは一神教キダ教を信仰する。フェディオンとギュリドの民は同じ多神教のシン教徒だから、どうしても折り合いが悪い。

 おまけに、ルトガ山脈とその地下は様々な鉱物資源が豊富で、フェディオン王国が独占的に利用できるという宝箱のような一体でもある。

 そんなわけで、この地域の統治は非常に困難で、自治区を設けて伯爵に治めさせてきたのだ。確か今の自治区長はファース伯爵と言って、二十数年もあの地に君臨している。

「ファース伯爵は若い頃、度重なる独立運動を制圧した功績が認められて、今の地位に任じられたんだってね」

「独立派って当然、ギュリド人でしょ? 全員、本国に強制送還させてしまえばいいのに」

「ギュリドは気味悪いよな。ほとんど冬みたいな気候で、閉鎖的でさ。あいつらと接触しなくて済むのはルトガ山脈と自治区のお蔭だ」

 職場の同僚たちが不安げにこんな会話を交わしていた。今回の人質事件の首謀者など、明示されなくてもほぼ予想は付く。

 東方の蛮国ギュリド王国。私たちフェディオン王国では隣国を嫌悪感を込めてそう呼ぶことがよくある。もちろん、公式の場などでは蔑称は使わないけれど、わりと一般的に用いられる。

 ギュリド王国は国土の四方が高い山々に囲まれ、一年の半分以上がフェディオン王国で言う冬のような気候で、雪に閉ざされてしまう。アルメイスという名の国王が独裁体制で君臨し、政治に関しては軍の意向が優先されるらしい。国王の側近も将軍だと聞いたことがある。

 謎めいた王国で、実際に国王の姿を見た者は少なく、我が国でもアルメイス国王がどのような人物なのかほとんど把握できていない。ロゼットは、「アルメイスって男の名前だけど、実は女王だったりして」なんて想像を膨らませていたくらいだ。

 とにかく、我が国でのギュリド王国の認識は、閉鎖的で、何かにつけて軍事力を行使する生活水準の低い野蛮な国なのだった。


 当然のことながら、カルダーンからは何の音沙汰もなかった。国家の非常事態に、国王が恋人に連絡を寄越すような暇があるはずもなく、求婚の返事の期限もいつの間にか過ぎてしまっていた。

 たまたま廊下ですれ違ったロゼットは、短時間だけ立ち止まって、状況を教えてくれた。

「ギュリドの西域軍の一部が自治区を占拠している。小競り合いは最初だけで、西域軍は速やかに伯爵公邸に入ったらしい。これはまだ伏せてる情報なんだけど、西域将軍の名でルトガ自治区の割譲が要求されている。要求に応じない場合は、区長とその家族、フェディオン人を殺害し、大軍を越境させると……。蛮族らしいこった!」

 最後の言葉を吐き捨てるように言ったロゼットの表情は、連日の激務で影が差し、苦々しさで満ちていた。

「軍を越境させるなんて、正気の沙汰じゃないわ」

 私も眉を顰めて、思わず吐き出していた。

「とにかく、教えてくれてありがとう。あんたも大変だろうけど、がんばって」

「おう」

 ロゼットは硬い表情のまま、片手を上げて行ってしまった。

 以前からギュリド王国がルトガ自治区を手に入れたいという思惑があることはわかっていた。自治区に住んでいるギュリド人の中には、こちら側の情報を西域軍に流して、金品を受け取っている者もいるらしいけど、山あり谷あり、奥深い森林もある複雑な地形のせいで、いつどこで彼らが接触しているのかは把握できていない。

 せめて交渉に持ち込めたら……。

 また数日が過ぎ、いい加減、私もカルダーンの様子が気になってきた。私の帰路の護衛も事件発覚からはガイアンではなく、通常の近衛兵に変更されていた。こんなことになるなら求婚された場で、即答していれば良かったと後悔の気持ちでいたたまれなくなり、私は溜息ばかりついていた。

 今の私では国王を助けるのは無理だ。でも、ひと目でいいから会いたかった。そして、私のこの想いは意外とすぐに叶えられることになった。

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