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赤い山脈 蒼の王国  作者: 木葉
第13章 蒼き王国を目指して
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その5

 判決は予想通りのものと言えた。被告人について、あらゆる弁護を行おうにも、彼が禁じられた私兵を反乱軍として率いて、国王と隣国の王に戦いを挑んできた事実は否定できなかった。

 反逆罪は死をもって償うこと。それが我が国でも当然の定めだ。

 ファース卿は地下牢に収監され、来るべき処刑の日を待つ。それがいつになるかは、国王と言えどもわからないそうだ。明日かもしれないし、半年後かもしれない。執行終了の通知が来て初めて、知ることになるのだ。

「これで良かったの?」

 私は閉廷から一夜明けた翌日に、カルダーンに訊ねた。カルダーンはいつものように私の手をそっと握って、「ああ」と短く答えただけだった。

「リース宰相たちとは事情が違う。全ての裁判官が一致して下した判断を、俺の一言で覆すことはできないし、そうする必要もない」

「……ええ、そうね」

 ライナが不憫だという気持ちは、カルダーンにももちろんあるはずだ。でも、国王としてそんな感情を口に出してはならないことは私もわかっている。だから、私も何も言わなかった。

 カルダーンはそんな私を抱き締めて、小さくも確かな口調で囁いた。

「こんなことは二度と起こさせない。俺の在位中、絶対に反逆者なんて出させない」

 私は言葉で答える代わりに、孤高の配偶者をぎゅっと抱き締め返した。


 そして五日後、私とカルダーンはこの国を去っていく友人と対面することになった。

 王宮内の落ち着いた装飾が施された客間に、旅装束に身を包んだ麗しい女性が自然な優雅さで椅子に座っている。

「君は確かにファース卿の娘だが、君が反乱とは無関係だということは、俺も彼女も、それに国中が知ってるんだよ」

「ええ」

「たとえ国王が異教徒と結婚できないとしても、どの神を信じるかは民に任されている。俺も君の信仰を妨げることはしない」

 さっきから何度も説得を繰り返しているけれど、ライナは私たちの言葉を受け入れてはくれなかった。

「陛下のご配慮は十分承知しています。それでも、私は祖国に安住するという生き方を捨てたいのです。どうか、わかってください」

「……ライナ、私たち親友よね。だったら――」

「一生会わないなんて言ってないじゃない。旅に出るだけよ。大丈夫、ちゃんと結婚式には出席させてもらうし、手紙だって出すわ」

 ライナは聞き分けのない子供に言い聞かせるようにゆっくりと言って、私の肩を抱き寄せた。ライナの輝く髪から仄かに薔薇の香りが漂う。

 どうしてこの女性はこんなにも強く優しいのだろう。

それは幾度となく考えたことだ。明らかに王妃に相応しい親友を目の前にすると、私はいつも眩しさを感じ、そして時々いたたまれない気持ちになる。本当に私がカルダーンの隣にいて良いのだろうかと。

 それでも彼女は、最高の栄誉を浴する資格があるにも関わらず、玉座の隣からかけ離れた道を選んだ。

 ライナの強さと優しさは、きっとキダ教徒であることに由来するに違いない。それが彼女の生き方なのだ。

「ずっと、自治区長だった父の姿を見るのが辛かったの」

「え……?」

「若い頃の父は、快活でよく自治区内の視察をするような人だったんだけど、鉱山開発が本格的になってから、だんだん変わっていったと思う。公邸に引きこもりがちになって、弱い人たちを切り捨てることに躊躇いがなくなったわ。母も急に亡くなってしまったし」

「……それは俺の父の責任でもあるな。ファース卿の実績を評価し信頼していたせいもあるが、扱いの難しいルトガ地方を彼一人に重責を負わせた」

 カルダーンの苦しげな発言に、ライナは肯定も否定もせず、ただ悲しそうに微笑んだ。

「でも、俺は父を批判する資格がない。俺自身も辺境自治区を省みようとしなかったからだ」

「だとしても、陛下、今は違うのですよね」

 今度は明るい口調でそう言って、ライナは私に目配せした。確かに、カルダーンの自治区への意識を変えたのは、私がそこに派遣され、真実の姿を見て王宮に戻ってきたことがきっかけに違いない。

「どうやったら、国の隅々まで気を配ることができるか、その良い方法はまだわからない。それは閣僚たちと、そして王妃と考えていくよ」

「ええ、それはよろしゅうございます」

 ライナは優雅に笑みを浮かべた。

「それで、どこへ旅するかは、決まってるんだろう? せめて道中の案内や物資の援助くらいさせてくれ」

「ありがとうございます、陛下。でも、ご心配には及びません。旅先のギュリド王国からちょっとした支援をいただけることになってるので」

「やっぱり、ギュリドに行くのね。あなたなら、彼の地に興味を抱くんじゃないかって思ってたけど」

「リンから手紙が届いてね、良かったら遊びに来てほしいって。他国からの旅行者は大歓迎だそうよ」

 しばらく彼女の顔を見ていなくて、私はとても懐かしく思った。ガイアンと同等に渡り合える凛々しい副官、いや、近衛副長は、気配りのできる優しい女性だ。

 ライナの立場を慮って、リンは彼女に旅という形で居場所を作ってあげた。

 リンだけじゃなく、バルダミアもライナを暖かく迎えてくれるだろうから、何も心配はいらない。

「そうそう、あなたに言っておかなきゃいけないことがあるの」

 ライナは胸の前で両手をぽんと打って、私を見た。

「……?」

「ほら、子猫のメイネのことよ。今までずっとオスタ男爵の奥様に預かってもらってたでしょう。でも、メイネを旅に連れて行くことにしたの」

「いいわね。男爵夫人はちょっと寂しいと思うけど、本当の飼い主はあなただものね」

 メイネが同伴ということで、旅は安全な道を馬車でゆっくり進むそうだ。

 少しの間、私たちは押し黙ってしまった。

 そして、名残惜しさを振り切るように、ライナは颯爽と立ち上がった。

 じゃあね、と軽く手を上げた彼女はそのまま私たちに背を向けて、扉を開けて去っていった。

 じんわりと涙が溜まってきそうになったけれど、これでお別れじゃない。次に会う時は、私とカルダーンの結婚式だ。

 急に現実を思い出し、ふうっと溜息をついて、私は窓の外に視線をやる。

 王宮の中庭の木々が、色づき始めていた。

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