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赤い山脈 蒼の王国  作者: 木葉
第13章 蒼き王国を目指して
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その3

 和平合意が締結されてからしばらくの間、私は花嫁修業に集中していた。目下の課題は礼儀作法とダンス。こればかりは庶民の、しかも威勢のいい商家出身の私には困難だ。

時々、カルダーンが様子を見に来てくれて、練習相手にもなってくれるんだけど、私の動きがぎこちなくてすごく恥ずかしい。側近として国王と行動を共にしているガイアンも壁際で私たちの練習風景を見物している。

「だいぶ上達されたと思いますよ、シャイラ様」

 一通りの練習が終わり、ホールの片隅の椅子に座るとガイアンが声を掛けてきた。

「そうかなぁ」

「はい。陛下もそうお感じになっていますよね?」

 ガイアンから話を振られたカルダーンは真剣な表情で答えた。

「でも、正直言うと、あんまりシャイラの踊ってる姿を皆に見せたくない」

 私は完璧に踊る恋人の率直な言葉に、ちょっと、いや、かなりがっかりしてしまった。やっぱりカルダーンの満足する水準に達していないんだと思うと、急に悲しくなり、私は俯いた。

「……ごめん」

 私が小声で謝ると、カルダーンは「どうして謝るんだ」と言う。だって、あなたが不満に思うようであれば、まだまだ私の力不足ってことでしょう?

 きっと、ライナだったら伯爵令嬢として育った経験を遺憾なく発揮して、カルダーンにも手放しで褒めてもらえるに違いない。皆に見せびらかしたいくらい素晴らしい、なんて言われてね。

 私はカルダーンの顔を見ずに、告げた。

「情けない話だけど、宴の時だけでいいから、ライナを身代わりにして彼女にあなたと踊ってもらった方がいいかも」

「良い考えだ。できれば、そうしたいよ」

 力強い即答に、私は益々項垂れた。ああ、所詮、優雅さの欠片もない商人の娘が背伸びしたところで、国王の隣に当然のごとく立てるわけがないってこと。

すると、ガイアンが大きな溜息をついた。

「陛下、シャイラ様が何か重大な勘違いをなさっていますよ。お気持ちをはっきりおっしゃった方が良いのでは?」

「勘違い……」

 カルダーンは数拍押し黙った後、とてもきまり悪そうに私に微笑んだ。

「シャイラ、悪かった。俺は君の踊り方や立ち居振る舞いに文句を言ったんじゃない。逆だ。シャイラは貴族の出じゃないから、少しくらい下手でも問題ない。それは俺が目立たせないよう上手く踊ればいいだけのことだからね。俺が言いたかったのは……、その、君の踊る姿が美しすぎて独り占めしたいと思ったってことだ」

 途端に私の頬が熱くなった。皆に見せたくないっていうのは、そういう意味だったの……!

 私が何も言えずに狼狽えていると、カルダーンはぼそっと呟いた。

「ガイアンにだって見せたくないくらいなんだぞ」

「………」

「………」

 私たちは互いに真っ赤になりながら、見詰め合った。

 しばらくして、再びガイアンが溜息をついた。

「完敗ですね。それにしても、こんな風に冷徹さを欠いた初々しい陛下を拝見できる日が来るとは……」

 苦笑したガイアンは軽く一礼すると、身を翻して広間を出て行った。気を利かせて二人だけにしてくれたらしい。

 実はそれぞれ忙しくて、こうやって二人だけで話をする時間はとれていなかった。私は怒涛の花嫁修業に加えて、我が王国の新しい産業構造をどう打ち立てていくかという難問を検討する会議に出席しなければならなかった。

 ギュリド王国との和平合意によって、フェディオン王国は開かれた貿易を進め、貴族による経済の独占状態を緩和していくことになったけれど、そもそもこんな新しい政策は閣僚たちの頭には存在していなかった。だから、私や一部の若い官僚たちが閣僚に説明する場が設けられたというわけ。

 そして、カルダーンの方はと言うと、起床から就寝まで絶え間なく公務に追われている。経済の話が多いと思うんだけど、ルトガ山脈の鉱山の現状をつぶさに調査することになって、その報告も比重を占めているみたい。

 それはともかく、今は私もカルダーンも自分の義務を忘れて、恋人どうしとして向き合っている。

 ガイアンが出て行ってしまって、広間は気恥ずかしいような静寂に包まれていた。私の隣の椅子に座ったカルダーンと私はどちらからともなく顔を近づけ、穏やかな気持ちで口づけを交わした。

 日の入りが早くなり、王宮は既に茜色の夕焼けを反射し輝いている。目の前のカルダーンの長い睫毛が影になっているのがわかった。

「戻らなくて大丈夫なの?」

「そろそろ行くよ。でも……」

「でも、何?」

 カルダーンは私の手を握ったまま、何か言おうか言うまいか迷っている。少し深刻な顔つきなので、良くないことでもあったのかと心配になる。

 辛抱強く待っていると、ようやくカルダーンは口を開いた。

「シャイラ、隠してたことがあるんだ」

「……私たちに関してのこと?」

「いや、違う。一連の事件の最後の幕引きのことだ。俺はもう一度、法廷を開かなきゃいけない」

「え? でも、もうリース元宰相たちの処分は決定したじゃない」

 あの二人の他に裁きを下さねばならない人物がいたかと考えを巡らせると、カルダーンが私の目を見て言った。

「一人、最重要人物が残ってるよ。元ルトガ自治区長のファース卿がね」

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