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赤い山脈 蒼の王国  作者: 木葉
第11章 戦う王妃候補
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その3

 少し息を切らせながら会議室に駆け込んできたのは、リンだった。リンは中へ入ることなく私たちを見て一言告げた。

「伯爵が逃亡しました」

「シャイラ、交渉の調整は後だ。副官殿、国王はどこに?」

 緊迫した空気が私たちの間に流れ、カルダーンは早歩きでリンの後を追う。今まで伯爵が大人しく館にこもっていたから、この期に及んで逃げ出すなんて、少なくとも私は想定していなかった。

 そもそも公邸内は西域軍の兵士たちが守りに就いていて、逃亡する隙間はないはずだ。

 正面玄関前の広間に出ると、バルダミアが部下の兵士たちに指示をしているところだった。カルダーンは躊躇わずに進み、バルダミアに声を掛けた。

「アルメイス殿、今は共に――」

「ああ、わかってる。しかし、しくったな……。早々にあの男を捕縛するか監禁しておくべきだった」

「言っても仕方ないことだ。あなたが兵を巡らせていても逃げたとなると、買収されて逃亡を手助けした人物でもいるんだろう」

「俺もナメられたもんだよ」

 買収された人物のことはさておき、一刻も早く伯爵を捕まえなければならない。彼には王宮裁判所での裁きが待っているのだ。

「あんたは俺が伯爵を逃したとは考えないのか?」

 バルダミアが面白そうにカルダーンを見ている。カルダーンはちらと私を見やってから質問に答えた。

「考えなかったわけじゃないが、俺は妻があなたを信用していることを信じている」

 私は後方でカルダーンの言葉を聞いて、急に顔に血が上ったのを感じた。今、この人、しれっと恥ずかしこと言ったよね!?

「仲直りしたんだな。俺にとっては残念だが」

 一瞬、カルダーンがむっとした顔になったのがわかった。こういうところは意外と素直で可愛いと思う。……いや、そんなことより伯爵の行方だ。いつの間にか広間には、ガイアンとライナもやって来ていた。

「父が……、申し訳ございません、陛下」

 ライナがカルダーンに深く頭を下げると、カルダーンは困ったような顔をした。

「顔を上げなさい。あなたに否はない」

「その通り。君と伯爵はもう親子の縁は切れてるんだから、他人だろう」

「伯爵が会議室から出て行ってからそれほど時間は経ってない。まだ遠くへは行っていないはずだ。アルメイス殿、どうする? 手分けして探すか、あるいは軍を動かすか」

「俺の配下の全軍には既に厳戒態勢を採るよう指示した。特に自治区と国の境界は厳重に。できればオスタ男爵の領軍も動員してそちらの王都への逃亡経路を封鎖するのがいいと思う」

「承知した。ガイアン、今の話を男爵へ伝えろ」

「はっ」

 二人のやりとりを見て、私はほっと胸を撫で下ろした。

 ガイアンは途中で私を連れ戻すためにカルダーンの護衛を無断で放棄してしまっていた。まだカルダーンにガイアンの処分について直接聞いたわけじゃないけど、今のやりとりからすると、カルダーンはガイアンの行いを本気で咎めるつもりはないように思えた。ガイアンはカルダーンが変わらず私を愛しているという真意を汲んで、私を自治区に連れてきたのだし、結局、私とカルダーンの絆が取り戻されたのはそのお蔭なのだ。

「そういうわけで、我々自身が血眼になって伯爵を追う必要はないが、町に出て巡察することくらいしてもいいな。自治区の扱いについて、何も決まってない。どうだ、カルダーン殿?」

「いい考えだ。恥ずかしながら、俺はまだ一度も自治区をこの目で見ていないんだ。交渉は歩きながらでもできるしな。シャイラとライナも一緒に来るか?」

「もちろん行くわ」

 カルダーンを町に連れ出せるのは願ってもない良い機会だった。彼に自治区をよく知ってほしいという気持ちもあるけれど、今は自治区の住民に国王の存在を見てほしかったからだ。

 こうして、私たちは公邸の警備と連絡をリンに任せ、数名の護衛をつけて巡察に出ることにした。

 町中は白龍の乱舞の爪痕が生々しく残っていて、カルダーンは始終、険しい表情だった。これほど酷いとは思ってなかったと、私に囁くカルダーンに、私もこの土地について何も知らなかったと返した。

「病人や怪我人はどうしてる? 大丈夫なのか?」

「この猛吹雪そのもので発生した病はありません。厳しい寒さで持病が悪化した老人などはいます。吹雪の間、外に出る者はいませんでしたから怪我人はおりませんが、白龍の乱舞が去った今、凍結した道で転んだり、雪かきで腰を痛めた者は多数」

 カルダーンに報告しているのは、商工業組合の重役だ。町に入ると、私たちはまず商工業組合に顔を出し、フェディオン国王自らが自治区を訪問し、巡察に来たことを告げた。もちろん組合の人たちは寝耳に水の出来事に大騒ぎになった。だって、ふらっとやって来た若者が、まさか自国の君主だなんてね。

 でも、国王の訪問という事実は、白龍の乱舞で弱り切った住民にとっては一種の救いのようなもので、すぐに自治区の住民の間に「国王陛下の慰問」が広まることになった。

 商工業組合の中からは経済封鎖に対する疑念や批判も出てきたけど、カルダーンは言い訳せずに経済封鎖に踏み切った理由を説明し、謝罪した。国王に面と向かって頭を下げられてしまっては、それ以上、組合の幹部も文句は言えない。それに、カルダーンはいくつかの救済措置を提示し、彼らの安心を取り付けた。

「うん、なかなかいいんじゃないかしら。次は病院にお見舞いに行きましょ」

 商工業組合を出ると私はカルダーンの耳元でそっと囁き、交渉相手であるバルダミアの後ろ姿を見つめた。

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