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赤い山脈 蒼の王国  作者: 木葉
第10章 赤い山脈、再び
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その2

「シャイラ、どうしたら俺の元に来てくれる?」

 掠れた声で言うと、ロゼットは突然ぐいっと私の腕を掴み直し、並木道の外側の暗がりに引きずっていった。そして、私は抵抗できないほど強く腕を握られたまま、ロゼットの口付けから逃れようと顔を背けた。

「……私は、今でもあの人を、愛してる」

 ロゼットとの攻防を続けながら、私は必死に言葉を絞り出した。

 一瞬、ロゼットの動きが止まった。隙を見て後ずさろうとしたその時、どういうわけかロゼットの姿が消えた。いや、消えたように見えただけで、実際には私の体から弾かれるように離れて、呻き声とともに地面に転がったのだ。ロゼットはそのまま瞳を閉じて気を失ってしまった。

「シャイラ様! ご無事ですか!?」

 私のことを様付けで呼ぶのは王国に一人しかいない。

「どうしてここにいるの? カルダーンと一緒に東方へ出発したじゃない!」

 ガイアンはロゼットが動かないことを確認すると、跪き、恭しく私に頭を下げて言った。本当にこの人はいつでも完璧な騎士っぷりを見せてくれる。

「お伝えした通りですよ。あなたは私がお救いしますと」

「でも……」

「陛下の一行とは途中で別れて戻ってきました。今からならまだ間に合います。陛下を追って辺境自治区へ行くつもりはありますか?」

 いつもとは少し違って、ガイアンからただならぬ気迫を感じた私はごくりと唾を飲み込んだ。

 行きたい。行って、カルダーンを助けたい。それに、自治区に経済制裁を発動した真意をまだ確認していなかった。それだけでなく、もちろん、バルダミアやリンやライナとももう一度会いたい。

 それが私の本音だけど、もう私は王妃候補でも国王代理でもない。自治区へ出向いたところで足手まといになってしまったら意味がない。何よりも、カルダーンを混乱させ失望させてしまうかもしれない。

「できることなら、今すぐにでも。でも、私は何の力も持たないただの官僚になってしまったわ」

「力がないと、陛下を助けてはいけないのですか? あなたには陛下に対する誰よりも深い想いがあるからこそ、再びあの地に赴きたいのでは?」

 ガイアンは私の葛藤を溶かしていくかのように穏やかに微笑んだ。私は正面からほしかった言葉を投げかけられ、ただ胸がいっぱいになった。

「あなたの言う通りね……」

「では行きましょう。私は裏門で待っていますから、必要なものがあれば取りに行ってください」

「本当に今すぐ出立するのね?」

「はい。暗いうちに王都の郊外まで向かいます。ある場所に私の馬を隠しているので、そこからは馬で」

 相当な急展開に驚いているが仕方がない。私は宿舎の入り口でガイアンと一旦別れ、自宅に戻って最低限の荷造りと着替えをすると裏門へ向かった。ほどんど身一つで動けるので今が真夏で良かったと思う。

 再びガイアンと合流し、私たちはひっそりと裏門から抜け出した。大通りではなく、人目につきにくい道をひたすら歩く。

 一時間くらい過ぎた頃、街角の小さな公園で休息を取ることになった。

「黙って出てきちゃったわね」

 仕事の帰り道でロゼットとガイアンに会い、そのまま出発して今既に王宮からかなり遠ざかってしまった。上司や同僚たちは、明日の朝、私が職場に現れないことを知って驚くに違いない。いわく付きの人物だからまた何かあったのかと心配を掛けてしまうことに、私は少し後悔した。

「シャイラ様、実は僭越ながら宿舎へ向かう前に、私があなたの職場へ伝言状を送って置きました。理由があって出勤できなくなると。明朝、届くはずです」

「え、それは助かるけど、どうやって送ったの?」

「筆頭女官に依頼したんですよ。あなたを王妃候補から外した国王の判断に、心を痛めているのは私だけじゃありませんからね」

 サランが私を気遣ってくれてるんだ……。

 王宮に舞い戻ってからすぐに監禁されてしまい、その後もなんだかんだで隔離されていたから、サランには会えずじまいになっていた。いつも私を励ましてくれたサランの顔を思い出し、私は鼻の奥がつんとしてしまった。

「王宮内であなたのことで何かあったら彼女が動いてくれます。だからシャイラ様は自治区と陛下のことだけ気にしていれば良いのです」

「ありがとう。ねぇ、それよりも、あなたは大丈夫なの? まさかカルダーンの指示で私を連れ出しにきたわけじゃないでしょう?」

 ずっと気になっていたことなのだけど、国王の護衛として共に辺境自治区へ向かっていたはずの騎士団長が一人だけ王宮に引き返してきた上に、用済みを宣言された元王妃候補を伴って戻ろうとするなんて、どう考えても異常だ。カルダーンは私にはっきりと、もう王妃候補の言動を取るなと告げたのだから、ガイアンが私を彼の元へ連れて行くのは国王の意思に反している。

 するとガイアンは苦笑しながら私の方を向いて、恐ろしいことを言った。

「陛下にお会いしたらどうせバレてしまうので今、話しますが……、無断で国王の一行から離れてきました。今頃、一部の部下たちが私を捜索しているかもしれません。もちろん、陛下がシャイラ様とお会いする意思を口にしたわけでもありません」

「なんでそんなことを!? だって、だって騎士団長が勝手に任務を離れて、しかも王命に背いてることをしてるのよ?」

 私は驚愕のあまり、ガイアンの漆黒の瞳を凝視した。

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