その1
いつもご覧いただき、どうもありがとうございます!
少し間が開いてしまってすみません。
ちょっと別の小説を並行して書いています…
正式に求婚への返事をしないまま、王妃候補の身分を失ってしまった私は再び一介の商工業官僚として海運局で勤務することになった。以前と変わらない上司たちに挨拶をして回ると、国王代理で辺境自治区へ赴いていたひと月ちょっとの間のことを労われ、それが喪失感と悔しさを増幅させた。
不幸中の幸いというか、私が宰相らによって反逆者扱いされていたことは上司たちにも知られていなかった。その一方で、王妃候補でなくなってしまったことは広く知れ渡っている。
「どういう理由なのかは知らないけど、あなたみたいな才色兼備の女官を外してしまうなんて、やっぱりうちの国王は横暴だわ」
「貴族たちからの圧力でもあったのかな」
「ま、仕事をする上では何の支障もないんだし、また一緒にがんばろう」
同僚たちは皆一様に私に同情してくれるものの、私自身、カルダーンの真意がわかっていないので心はどんよりと曇ったままだ。
国王の意向で突然、出戻ってきた形となった私に与えられた仕事は執務室内の本棚と資料の整理だった。
(そうだよねぇ、いきなり帰ってきても私の扱いに困るよねぇ……)
しばらくは様子見ということらしい。担当していた沿岸調査の企画は、後輩に当たる同僚に引き継がれていて、とりあえず彼に任せておける状態なのだそうだ。
それにしても、カルダーンはどうして急に求婚を撤回してしまったのだろう。心の中にぽっかりと穴が開いたみたい。
監禁部屋にやってきて話をした時には、確かに私ははっきりとカルダーンの詰めの甘さを指摘し、敵国王に良い評価を下す発言をしたけれど、それほど険悪な雰囲気で別れたわけじゃなかった。
考えがあると言っていたことに、直接、バルダミアと交渉するということ以外に、求婚の撤回も含まれていたのかどうかまではわからない。
仕事が終わって、久しぶりに王宮の宿舎に帰宅しても、何もする気になれず私はすぐに寝台に横たわった。カルダーンと過ごした充実して楽しかった毎夜が恋しい。真面目で、ゲームや議論をすると時々子供っぽくて、情熱を持ちながら優しく愛してくれた人……。
でももう二度と、彼と親しく話すことは許されないのだ。それどころか、国王とただの若手官僚という身分では間近で顔を見ることも叶わない。
(ねぇ、私は何を間違えてしまったの?)
いくら考えたところで、今の状況は変わらない。私は零れかけた涙を指で拭い、そういえばと思い出した。
ガイアンは走り書きをくれたけど、あれはどういうことなのだろうか。「私があなたをお救いします」と言われても、当の本人は国王に従って辺境自治区へ向かってしまった。それに、私の何をどう救うというつもりなの?
ガイアンの意図も掴めないまま、私は眠りに落ちていた。
翌日も同じように執務室の本と資料の整理を行い、同僚たちに誘われ昼食を取り、午後からは局内の会議に形式的に出席したりして、私の勤務は終わった。
帰宅する頃ようやく空が暗くなり始め、夏の真っ盛りということを実感する。
宿舎へ続く道の両脇に、フェディオンの夏の風物詩である透かし入りの小さい灯篭が並んでいて、とても幻想的だ。その道を抜けると薔薇の花壇がある公園に辿り着く。今は薔薇の季節ではないけれど、よく手入れがされていて公園はすっきりとしていた。
白楊の並木道を歩いていると、不意に呼び止められた。
「シャイラ、よく戻ってきたな」
その声が耳慣れた旧友のものであるとわかって振り返ると、私の体はそのまま彼の腕の中に閉じ込められてしまった。
「何するの、放して!」
「もう王妃候補じゃないんだろ? ……だったら、俺の女になれよ。俺はお前が好きだ。これでも本気なんだぜ」
あの晩の時と同じように、ロゼットは私の首筋に顔を寄せて囁いた。
不愉快という気持ちを通り越して、腹の底から怒りが湧いてきた。私を始終監視した挙句に、反逆者の汚名を着せる理由に十分な不誠実な報告を父親にしていた男が、どの面下げて求愛できるというのか。
「放して」
「それはできない。やっとお前が国王のものじゃなくなったのに」
「……ねぇ、あんたってそういう奴だったっけ? 私が知るロゼット・リースは不遜な時もあるけど、正々堂々と戦う男だったよ」
するとロゼットは、自嘲気味にふっと鼻で笑った。
「随分と高く買ってくれてたんだな。でも、俺だって嫉妬に苛まれ苦しむような人間だ。相手が国王じゃどうにもならないだろ。その上、敵将にまで絆されてさ。言っとくけどな、俺は嘘の報告をしたつもりはない。祖国と国王に忠実なのは、お前と同じさ」
私は彼の言い分に顔をしかめた。宰相から指示された私の監視と報告は、ロゼットにとってはカルダーンを裏切ったことにはなっていないのだ。敵将に靡いた不実な王妃候補を国王から引き離すことに成功したのだから。そして、ただの官僚に戻った私を手に入れることに何の支障もないというわけだ。
いつの間にかロゼットは私の顎を指先で救い上げ、ほとんど触れそうなくらい顔を近付けていた。




