その4
「途中から西域将軍が思ったよりも信用に値する相手なのではないかと思うようになったの。彼の辺境自治区の住民への態度は真摯だったし、嘘を付いていたことはなかったわ。だから、今回の問題を解決するには直接、話し合うべきよ。あなたとバルダミアは相容れない存在ではないと思う」
すると、カルダーンはすっと私から視線を外して呟いた。
「随分、その敵将に入れ込んでるな」
「だから――」
「俺よりもいい男なのか?」
こわばった声音で訊くカルダーンの横顔は怒っているように見えた。ロゼットの報告では、私とバルダミアが男女の関係を持ったことになっていて、カルダーンはそれを完全に偽りだと否定できていないらしい。
私は一切を否定するという選択をせずに、ありのままを話した方がいいのではないかと考えた。
「あのね、私、バルダミアに求婚されたのよ。しかも、ずっと西域将軍だと思っていたのに、彼は……ギュリドの国王その人だった」
「……じゃあ、君は敵国王から求婚されたって言うのか? は? 何だよそれ。そんな非常識な男と何で会わなきゃならない。敵国王にフェディオンの何がわかるんだよ。リース補佐の報告は少しは信用してもよさそうだな。火のないところに煙は立たないって言うじゃないか。俺は、君の帰りを心底待ってたんだぞ!」
カルダーンは感情を露わに、激昂した口調で言い募った。もはや国王というよりも普通の青年のような態度だ。もしかして、嫉妬しているの……?
帰りを待っていたという告白に、私は胸を突かれた。確かに私はバルダミアの存在に心を乱され、惹かれてしまった。心の中にカルダーン以外の異性を招きかけていたことは否定できない。
それでも私の未来はバルダミアの元にはないと、はっきりと自覚している。
「だから帰ってきたじゃない。それが私の答えよ」
私は怯むことなくカルダーンを見据え、できるだけ冷静に言った。
「敵国王にフェディオンの何がわかるんだって言ってたけど、おそらくあなたよりはよっぽど辺境自治区のことをわかってたわ」
「何だって……?」
カルダーンは予想外の反論に眉を上げた。
「辺境自治区は我が国の防衛にも経済にも重要な地方よね。扱い方も他の地方とは違う。即位してから、あなたはルトガ地方に足を踏み入れたことがあった? フェディオン国王であれば、真っ先に視察に訪れるべき場所なのに、あなたは一度も辺境自治区を訪問していないじゃない。その目と耳と足を使って、彼の地の人たちがどんな暮らしをして、どんな問題を抱えてるのか知ろうとした? それをやったのがバルダミアなのよ」
重苦しい沈黙が私たち二人の間に横たわった。
国王に対してこれだけ言いたいことを言い、結果として敵国王を擁護する主張を展開したのだから勘気に触れても当然だとは思う。
私はもう自分では言うことはなかったので、カルダーンの言葉を辛抱強く待った。
申し訳程度に付いている小型の窓から見える外の景色は闇から薄っすらと藍色に変わり、夜明けが迫っていた。
背筋を伸ばしたまま今まで微動だにしなかったカルダーンが身じろぎをして、わずかに息を吐いた。私を見つめる瞳は髪と同じ漆黒の色で、端正な顔を際立たせている。
「君は初めて俺の私室に来てボードゲームをした時にこう言ってたね。『辺境にも気を配って、全体を俯瞰するとよいかと思います』って。あれはただゲームの助言じゃなくて、政治的な意味合いも含まれていたのか?」
「……そんなこともあったわね。あなたがゲームに弱かったから教えてあげただけよ。それ以上の含意はないわ」
「そうか。でも、俺はずっとその言葉が心に引っ掛かって覚えてたんだ。それでギュリドが辺境自治区に侵入したと聞いた時、俺は俺の弱点を突かれたと思った」
カルダーンは初めて表情を緩め、立ち上がった。微笑んでいるように見えたけど、なんだか心許なくて私は思わず手を伸ばした。
「とりあえず、寝てくれよ」
私の手は何も掴むことなくそのまま下ろされた。カルダーンは私に触れる気はないようだった。
「陛下、私の処分はどうなるのですか? 私は反逆者としてここに監禁されています。せめてこれからどうしたらいいか教えてください」
「それは余にもわからない。……だが、考えがある」
そう言ったカルダーンはすっかり冷徹な国王の顔に戻っていた。私も立ち上がってカルダーンを見送ろうとすると、手で制されてしまった。カルダーンは扉を開け、廊下に控えている兵士たちに何かを告げると、私の方を振り返ることもせずに足早に立ち去っていった。




