その2
ここは王宮のどの辺だろう。役所群に近い裏口から入り、見知らぬ廊下をひたすら歩いているものの、一向に王宮の中心部に辿り着く気配がない。それでも、宰相は無言で進み続けているので私も従うほかないのだ。
「あの、宰相閣下、陛下はどちらにいらっしゃるのですか?」
重苦しい沈黙が居心地悪くなり、私は思い切って訊ねてみた。しかし、宰相は「もうすぐです」と答えただけだった。
次第に廊下が薄暗くなっていく。というのも、採光のための窓がだんだん少なく小さくなっているからだ。役所の扉よりも更に無機質で薄汚れた扉が廊下にぽつりぽつりと現れると、私は急に不安を覚え始めた。
こんな場所にカルダーンがいるというの? そうだとしても、なぜ?
私が二度目の質問をしようと口を開きかけた時、宰相がある扉の前で止まった。扉の両脇には屈強そうな兵士が直立不動の姿勢で立っている。
「お入りください」
宰相が扉を内側へ開けて待っている。私は深呼吸をして足を踏み出した。
部屋の中に入るやいなや扉が不気味な嫌な音を立てて閉まった。はっと振り返ると、部屋の中にも兵士たちが控えていて、出入口を塞いでしまった。
「どういうことですか、宰相閣下……」
頭の中が混乱しきる前に部屋を見回したけれど、カルダーンの姿なんてどこにもない。それどころか、椅子が一脚と簡素な寝台、それも仮眠に使うような代物しか置かれていない。
私は部屋の中に宰相と兵士の他に見知った人物がいることに気付いた。でも、全く明るい気分にさせてくれる人物ではなかった。白髪交じりの痩せ形の男性は司法大臣だ。
王宮内の人気のない薄暗い一角に、この国の宰相と司法大臣が、部屋を兵士に見張らせて一人の王妃候補と対峙しているなんて尋常ではない。嫌な予感が脳裏に浮かび、私は呼吸が浅くなっているのを感じた。
「辺境自治区での一切の出来事は、リース君から報告を受けている。白龍の乱舞が始まる前から、つい昨日の報告まで宰相の手元にね。あなたの言動は我が国にとって極めて危険だ」
私の前についと進み出た司法大臣が、私を脅すような口調で言った。ロゼットが父親である宰相に逐一報告してた……。それじゃあ、まるでロゼットが私を監視してたみたいじゃないの。
「ロゼットは何をお伝えしていたのですか? 共に交渉に当たっていましたし、私の言動がどうして危険なのか理解できません」
私は背後に兵士の視線を感じながら、はっきりと宰相に尋ねた。私を見下ろす宰相は、学生時代によく親しく会話を交わしたロゼットの父親の面影はなく、冷徹さと軽蔑の入り混じった険しい表情をしている。
「ミランド嬢、私はね、官僚としての君の能力や活躍は大いに買ってきたつもりだ。しかし、王妃候補はやはりいただけない。フェディオン王国の王妃は伝統的に貴族の娘から選出するものだ。陛下がお気に召さなくとも、国中を隈なく探してでも高貴な血統を継いでいただく必要がある。辺境自治区の出身だろうが構わない。例えば、ファース伯爵のご息女は家柄だけでなく容姿も教養も素質も申し分ない。時に国の方針に逆らうような商家出身の女官よりずっと陛下のお相手に相応しいと思わないかね」
「私を気に入らないと思われたのなら、王妃候補に選ぶ時点で反対なさるべきでした」
「そうしなかったことを後悔しているよ。まさか、陛下が君に惚れ込んでしまうとは思わなくてね」
暴君という評価を宰相も信じていたとしたら、王妃候補が私でもまたカルダーンは興味を示さないと思ったのだろう。そこは宰相を責めても仕方がないと思うけれど、私がこんな謎の部屋に連れてこられた理由はさっぱりだ。
「それで、私をどうしようというのです?」
精一杯、閣僚たちを睨み付けると、彼らは顔を見合わせて司法大臣が宰相に頷いてみせた。
「単刀直入に言おう。宰相の名において、シャイラ・ミランドを国家反逆罪で逮捕する」
二十数年間生きてきて、これほど何を言われているのかすぐに理解できなかったことはない。聞き間違いだろうかという疑念が湧いて出たものの、二人の閣僚の氷点下の視線と私の両腕を掴んだ兵士の手の強さがその疑念を否定した。
私が反逆者……? 私は王妃候補として国王を助けるために一心不乱に舞い戻ってきたというのに。
「陛下は同意されたの? 陛下にお目通りさせてください!」
「反逆者を逮捕するのに国王の同意は不要。反逆者を陛下に会わせることはできない」
司法大臣は言いながら、宰相と自身の署名入りの逮捕状を私に示した。正式な手続きは踏んだということだ。
「君は国王代理という重大な任を負いながら、敵国将軍に協力し、辺境自治区の住民を惑わした。また、国家の方針に反する交渉内容を敵国に提示し、敵国に利する働きを行った。そして、陛下の寵愛を受ける身でバルダミア・カイと情を通じ、陛下を裏切った。以上が主な反逆行為に該当する」
「……そんなの、全部言いがかりです! 私だって官僚の端くれです。曖昧な罪状では罪が問えないことくらいはわかります。お疑いは陛下の前で払拭させてください!」
「曖昧な罪状かどうかは、ゆっくりこの書類に目を通してから判断してはいかがかな?」
兵士の手を振り払おうとする私に、司法大臣が逮捕状の付随資料を突き付けた。一瞥するとそこにはびっしりと細かい几帳面な字が並んでいた。この筆跡が見慣れたロゼットのものだとわかり、ぞっと戦慄が走った。




