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赤い山脈 蒼の王国  作者: 木葉
第8章 明かされる偽りの姿
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その3

「ファース卿の誤算はもう一つあったよ。俺に敵の王妃候補を葬るつもりがないってこと。最初の会談で、あんたを守ると言ったのは伯爵の魔の手から守るって意味もあったのさ」

「そう、だったの……」

 私はバルダミアをじっと見つめた。余裕綽々の様子で微笑んでいる彼の視線は、私の心を安心させると同時にざわつかせる。ずっと私のことを見ていたんだと思うと、胸の鼓動が速くなった。

 ガイアンはひとまずバルダミアの言葉を信じたらしく、落ち着きを取り戻して椅子の背もたれに寄り掛かった。

「要するに、区長から持ち掛けられた提案を受け入れ、王妃候補を交渉相手として呼び出したところまでは区長に従ったものの、王妃候補殺害の要求には応じなかったってことか。それにしても、区長は余程焦ってたんだな。詰めが甘いというか」

「お父様が私をそんなに王妃にしたかったなんて……」

 ライナは顔を曇らせながら呟き、そして突然、顔面蒼白になった。震える声でバルダミアに確認する。

「ねぇ、お父様は敵に利する行動を取って、王妃候補の殺害まで教唆したんだから、これって国王への反逆よね?」

 改めて言葉として聞いた私は、ようやく衝撃を受けた。そうだ、全てバルダミアの主張が正しければ、ファース伯爵のしたことは謀反だ。でも、この問題はバルダミアを動かして伯爵を捕縛し、カルダーンに突きつけるというものではない。我が国の問題なのに、敵将に協力してもらうのは筋が通らない。

 とにかく、早急にカルダーンに親書を出して、ギュリド王国の目的と伯爵の過ちを報告しないと。

 私は親書を出すことをバルダミアに伝えた。一応、辺境自治区の通信はバルダミアが握っていて、許可を得ないと出すことができないのだ。

「そうだな。白龍の乱舞が再開される前に早馬を送ろうか」

 こうして、私はすぐに自室に戻って親書をしたため始めた。

 しかし、いざカルダーンに報告を書こうとすると、書かなければならないことがたくさんあって筆がなかなか進まない。

 それから一晩中、推敲を重ねてやっと書き上げてから、私は眠りに就いた。

 親書の内容はバルダミアにも見てもらうことにした。本当は私個人としての想いも綴りたかった。早く会いたいということや、敵将とは言えバルダミアとなら正直に話し合えるということ、それから伯爵令嬢と仲良くなったこと――。カルダーンに知らせたい話はまだまだたくさんある。でも、国王代理として派遣された私がすべきなのは、私情を切々と訴えることではなく、辺境自治区での出来事を客観的に簡潔に報告することだ。

 バルダミアは下書きを受け取り、夕方には返すと言ってくれた。

 そして、私はその足でロゼットを探した。彼の部屋にはいなかったので、一階を見て回ると、ちょうど地下から上がってきたロゼットを見つけた。

「ロゼット、ちょっといい?」

「あ? 何か用か?」

「ロゼットからも陛下に親書を出して。私とは違った視点でルトガ自治区のことを書いてほしいの。あんたも一緒に町を見たり、白龍の乱舞の対処に当たってきたから、思うことはあるでしょう?」

「……まぁ、それはそうだけど。書く代わりに、内容はお前には見せない。お前だって親書の内容は俺に見せてないだろ?」

「わかったわ」

「俺も実は陛下に報告したいことがあったからな。これから書くよ」

 私は意外に思ったけれど、旧友の官僚としての高い能力を期待して、明日の朝までに提出してもらうよう依頼した。

 白龍の乱舞はすっかり鳴りを潜めている。

 ずっとルトガ地方を覆っていた黒い雪雲など跡形も見えず、爽やかな初夏の青空が戻ってきていた。

 ギュリド王国の意図が判明した今、紛争の解決はすぐそこまで来ていた。あとは親書を読んだカルダーンが真摯に対応してくれれば何もかもうまくいくはずだ。

 ところが、翌朝、私の希望を根底から覆す出来事に直面することになった。

 朝食の場でロゼットに親書は完成したかと尋ねると、清書がもう少しかかると言う。それで、私は一旦自室に引き上げて、読書でもして待つことにした。

 二十頁くらい読み進めた頃、廊下が騒がしくなった。

 何があったんだろう? 私は筆を置くと、様子を確認するため立ち上がった。

「シャイラ、入るぞ!」

 力強く扉が叩かれ、私が返事をすると同時に扉が開かれた。私の目の前に立ちはだかったのはバルダミアだ。

「どうしたの、急に?」

 バルダミアは答えず、後ろ手で扉をバタンと閉めると、部屋の中央の丸机に書簡を叩きつけた。

「これを読んでくれ」

 書簡を手に取り、差出人を確認すると、なんと国王その人からではないか。宛先は区長であるファース伯爵になっているけれど、こうした書簡は全てバルダミアの手に渡っている。開封されているので、もちろんバルダミアは既読だった。

 私は国王の親書に目を通していき、途中から血の気が引いていくのを感じた。

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