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赤い山脈 蒼の王国  作者: 木葉
第7章 赤い山脈に隠された秘密
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その3

 山小屋のような建物の中に、私たちは立っていた。

 窓ガラスの外に広がるのは雪景色。でも、公邸付近よりもずっと雪が少なくて外もなんとか歩けるように見える。

「シャイラ、ここから何が見える?」

 バルダミアに手招きされて、窓ガラスの際に立つと景色がよく見えた。この建物は山の麓にあることがわかる。他にはと視線を上下左右に動かし、私は息を呑んだ。

「どうして、この山はこんなに木がないの? 山肌も公邸から見えるのとぜんぜん違うじゃない。どす黒い赤なんて変よ。あそこにあるのは川よね? それも赤く濁ってる……。向こうの方にはすごい量の煙が上がってて――」

「ああ、ルトガ山脈は瀕死だ。山だけじゃない。麓の町や村も毒に侵されてしまった」

 バルダミアの顔からは穏やかさが一切消えている。最初に会った時のように無表情で、感情の欠片もないような顔。

 バルダミアは壁に掛けられた地図を私に示した。

「俺たちがいるのはこの辺り。すぐそこがギュリド王国との境目だ」

 私たちは普段、自治区の住民が立ち寄らないような国境付近の山の麓にいた。もうほとんどギュリド王国側の景色ばかりが目に付く。そして、地図の上方には鉱山全体図と書かれている。

「外に出よう。この小屋は監督者たちの休憩所だ。俺が見せたいのは別の建物だ」

 外気はやはり冷たかった。小動物の足跡の他に、人間らしき足跡はない。休憩所のようが小屋はいくつもあり、さらに先の方には大きい石造りの建物が並んでいる。きっとあれが、選鉱や製錬のための事業所に違いない。

 私はひどく荒廃した山脈を見上げながら、バルダミアを追った。

 やがて、鉱山関係の建物とは趣が異なる煉瓦造りの一階建ての建物に辿り着き、バルダミアはまた鍵を開けて中に入っていった。

「奇病が何か、直接見るといい」

 足を踏み入れた大きな部屋に広がる光景は、やはり私の想像を超えていた。

 簡単な寝床が所狭しと並べられ、そこには若者から初老まで男性が蹲りながら横たわっている。地下通路とは別の異臭と、悪魔の囁きのような呻き声は忘れることができないくらい強烈な印象を私に与えた。

 キダ教徒たちが呪いだと言っていた理由がよくわかる。横たわっている男性の何人かは時々むくりと起き上がって、叫んだり聞き取れない声で天を仰いで喋っているのだ。そしてまたすぐに力尽きたように寝床に倒れてしまう。

「大丈夫か、シャイラ?」

「ええ。でも、信じられなくて……」

 バルダミアは私の片手をそっと握った。この光景こそが敵将が王妃候補に見せたかったものなのだ。だから私は目を逸らさずに、横たわる人々を目に焼き付けている。

「この人達は全員、鉱山労働者の成れの果てだ。ルトガ山脈はこの大陸の宝の山と言っても過言ではないくらい様々な鉱山資源や地下資源が揃っている。だが、採掘や製錬の最中に大量の鉱毒が発生し、労働者たちを蝕んできた。あんたが見た煙にも毒が含まれるし、製錬のために一帯の木を伐採してきたからこんな禿山になった。それだけじゃない。雨が降ると鉱毒が広範囲に流れ出し、樹木を失った山は地滑りを起こす。これは麓の町や村まで襲うんだ」

 説明するバルダミア声は淡々としていたけれど、その瞳には怒りとも悲しみとも取れない感情が灯っている。

 私はバルダミアに手を引かれて、建物を出た。そこから目に映る景色が全て灰色に思えてくる。

「あそこは鉱山労働の最中におかしくなった人たちを隔離するために建てられたものだ」

「どうして隔離するの? 治療はできないの?」

「無理だ。少なくともあんたの国の医療技術ではね。だから、この事実を知った鉱山監督者や区長は奇病に侵された労働者を隔離した。こんなものを皆が見たら、誰も鉱山労働に従事しなくなるからな」

 私はこの言葉を聞いて疑問に思った。少なくとも私の国では治療ができないということは、それができる国があるということよね。

 私は元来た雪道を歩きながらバルダミアに訊ねた。

「フェディオン以外の国で鉱山の奇病を治せるところはあるの? そういえば、あの男の子の父親はあなたの指示に従った治療で回復したって言ってたわよね?」

「ああ、そうだ。おそらく、奇病を多少なりとも治療できるのは我が国だけだろう」

「ギュリド王国が……」

 私はその答えがちょっと信じられなかった。フェディオン王国よりも生活水準も文化も劣っていて、資源に乏しいギュリド王国にそんなことが可能なのかって。

 するとバルダミアは私の考えを見透かしたように苦笑した。

「野蛮な国にそんな高度な技術はないと思ってるんだろう。まぁ、普通のフェディオン人ならそう思うのも無理はない。資源がない代わりに、我が国は医術に力を入れてきた。あまり外に出していない話だから、それを知っている他国は少ない。だがな、これは事実だ。なぜなら、真に野蛮な国の仕打ちによって強いられた結果でもある」

 私はバルダミアが何を言っているのかわからなかった。長身のバルダミアを見上げると、彼はその手を私の頬に当てた。

「わからない? 自国の豊かな生活のために鉱山の開発ばかり進め、病に陥った者を見捨て、その上、隣国の神々までも死なせた国はどこだ」

 それって……。私が動揺して答えられないでいる間に、バルダミアは語気を強めて言い募る。

「我がギュリドのことを貧しく低文化の野蛮な国だと思ってるようだが、そうしているのは豊かな資源と物資を独占している国があるからだ。発展したくても周りは高い山々に囲まれ、年間を通して寒冷で、往来のできる土地はこうして自治区として塞がってしまっている。我々が霊峰と崇めている山脈は死につつあり、汚染された水までギュリド王国に流している。フェディオンを野蛮な国と言わずして何と言う?」

「そんな……。私の国が野蛮? でも、神々が死んだっていうのは?」

 私はいままでに感じたことのない息苦しさを覚え、ぐっとバルダミアの腕を掴んだ。そうでもしていないと、力が抜けて膝を地についてしまいそうだった。

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