その2
陽の光が眩しい――。
布団を引き被り二度寝をしようとして、私はがばっと跳ね起きた。雪が止んでる!!
大急ぎで着替えて階下に走ると、茶色の髪を光に輝かせ、ゆったりと歩いてくるバルダミアと鉢合わせになった。バルダミアは私を見るなり短く告げる。
「行くぞ。朝食が終わったら、別館の地下通路に来てくれ」
「わかった」
そのまま行ってしまったバルダミアの大きな背中を見つめながら、私は王宮で待っているカルダーンのことを考えた。
――陛下はあなたを心の底から愛されています。
ガイアンの口を通じてだけど、カルダーンの想いをはっきりと伝えられて、私は胸がいっぱいになってしまった。ずっと連絡ができずにいるから、心配しているはず。今すぐにでも会いたい。会って、そして……。
どうしたらいいんだろう。私は国王代理としてまだ何もできていない。主導権は未だにバルダミアに握られたまま、徒に時間が経過してしまった気がする。
だとしても、今日、バルダミアの答えがわかる。何を私だけに見せたいのか皆目見当がつかないけれど、そこに行くことが王妃候補の私の役目なのだ。
「シャイラ様」
「……昨日、話した通りよ。朝食後、別館から密かに出発するの。ガイアンは私たちの後ろから見つからないように来て」
「承知しました。将軍に怪しい動きがあったら、すぐに私を呼んで下さい。騎士団長の名誉に賭けて、あなたをお守りいたします。では」
ガイアンは胸に手を当て私に敬礼すると、背を向けて去っていった。
私はいつも通りライナたちと一緒に朝食を済ませ、外出用の服装に着替えた。自室から廊下の様子を伺うと、運良く誰もいない。その隙に大急ぎで階段を駆け下り、一階まで進んだ。それから広間を横切って地下通路への階段を下りる。
念のため後ろを振り返ったけれど、一階の定位置にバルダミアの部下の兵士が微動だにせず立っているだけだった。
「誰にも見つからずに来られたようだな」
厚手の外套に身を包んだバルダミアが反対側から歩いてくる。
「運が良かったわ。特にロゼットに見つかったら絶対に面倒なことになってたものね」
「そういえば、騎士団長に釘を差されたぞ。シャイラ様には指一本触れるなって」
「え、そんなこと言われると恥ずかしいなぁ。バルダミアは何て返したの?」
私が苦笑しながら訊ねると、バルダミアはにやりと笑った。
「触れなきゃ大事な王妃候補を守れないこともあるだろ、と言っておいた」
「……そうね」
地下通路は薄暗く、カツンカツンと軍靴の音が響く。その中で、私は自分の頬が赤くなるのを感じた。やっぱり、バルダミアと一緒にいると胸がざわめいて落ち着かない気持ちになる。
バルダミアに従って地下通路を歩いていると、バルダミアはある扉の前で立ち止まり、鍵を差し込んだ。
「ここって倉庫じゃないの?」
「いや。秘密の入口だよ。足元に気をつけろ」
秘密の入口があるなんて知らなかった。私は別館から出て行くものだと勘違いしていて、ガイアンにもそう言ってしまったことを思い出した。これはマズい。でも、今更引き返すわけにはいかない。私は扉を閉める前に後ろを振り返った。
すると、私たちが歩いてきた通路の奥に、わずかに光が見える。その光は不自然にゆっくりと左右に揺れていて、何かの合図のようだった。もしかして、あれはガイアン……? 私はその推測を信じて、扉を閉めた。もちろんバルダミアは手にした明かりを照らしながら先に行ってしまっていて、私が内側から鍵を掛けたと思っている。
それからしばらく薄暗く湿った地下通路を無言で歩き続けた。曲がり道もあれば、ちょっとした坂もあった。地上の大雪を避けてきた小動物が小走りに過ぎていく気配もした。
「あんた、別館から出て地上を歩いて行くつもりだったのか。公邸から町まではどっさり雪が積もってとてもじゃないが道なんかなくなってるぞ」
ようやくバルダミアが口を開いたと思ったら、呆れたような口調だ。まぁ、図星を指されてしまったので何も言えないけど。
「この地域は白龍の乱舞に備えて、地下通路が発達してるんだ。こっちの道を行くと、町の公会堂に繋がる。でも、俺たちが行くのはあっち側だ」
そんな話、初めて知った。とっくの昔に把握しておくべきことだったのに、未だに知らないことだらけだ。これから行く場所もきっと私の想像の範囲を超えているのかもしれない。
途中からは上りの坂道が急になった。側壁から大きな木の根が張り出していたり、ごつごつした岩が見えたりしている。
公邸を出てから既に一時間は歩いたと思う。坂道を登って、少し息が上がってしまった。
「もうすぐだ。扉を開けるから下がってろ。それから、いきなり光が入るから目を閉じておけ」
ああ、やっと着いたんだ。私は言われた通りに後ずさって軽く目を閉じた。重たい錆びついた扉が開く音が耳に入る。そして、瞼が突然明かりに照らされるのを感じ、私はゆっくりと目を開けた。
「ここは……」




