その2
2.
二日目、時々、粉雪が舞っている。町から見上げるルトガ山脈の頂上付近は厚い雲に覆われていて見えない。
ガイアンとリンのお蔭で収容者たちの生活管理の方法が定まり、商工業組合とも話をつけ、あとは最大五百人の収容対象者を集めるのみとなった。
今日は珍しくライナも一緒に外出すると言ってきた。寒がりのライナは外套だけでなく、白兎の毛で作られた耳あてと手袋も身に付けていて、これまたもこもこした感じが可愛らしい。
「ねぇ、シャイラ。町中の貧困層のことはバルダミアたちに任せて、ちょっと私たちは別行動しない? あなたに見せたいところがあるの」
「いいわよ。でも、護衛にガイアンを連れて行くけど、問題ないわよね?」
「もちろん」
貧困層というのはだいたいまとまって生活をしていて、ルトガ自治区の場合、町の北西部の端っこがそれに当たる。とりあえず、私とライナは皆と一緒に北西部まで一緒に行くことにした。
「白龍の乱舞の件だが……」
バルダミアが隣を歩く私に切り出した。バルダミアは副官と二人でいる時は、素速く歩くのだけど、私やライナが一緒にいると歩調を合わせてゆっくり進んでくれる。それに気付いたのは昨日、町に出た時のことだった。
「国王には俺の名前で親書を出した。交渉は継続中だが、白龍の乱舞が見込まれるため早急に生活物資などを送ってほしいと。それから、あんたたちの無事も伝えてある」
「カルダーンはちゃんと物資を供給してくると思うわ。王妃候補が人質になってるんだから」
嫌味を言ってみたものの、もう私の口調には刺は含まれていない。
「あんたは国王を信頼してるんだな」
「私にとってこの世で一番信じるべき相手よ」
そう言えば、ギュリド王国の国王がどんな人物なのか今の今まで把握していない。恐怖の独裁者というのが、我々フェディオン国民が考える蛮国の支配者だ。
「そちらの国王の為人を教えてよ。これを聞き出せたら、それだけで私の名が上がるわ。だって性別すらわかってないんだもん」
バルダミアは立ち止まってしばらく何か思案すると、リンに話を振った。
「うん、そうだな。……じゃあ、マーレン大尉が我がギュリド国王をどう思っているか拝聴しよう」
「えっ、な、何ですか急に?! 恐れ多いというか、その、あのっ……」
慌てふためいているリンを見て、バルダミアは面白そうににやにや笑っている。
「俺も上官として部下が国王陛下についてどう考えてるか知りたいからな。お前、俺の副官に任命された時、ちゃんと国王陛下に忠誠を尽くしますって誓っただろ?」
ほら、どうしたと顔を覗きこまれて、リンは観念したのか、軍人らしく背筋を伸ばして答えた。
「国王陛下アルメイス様は、世界で最も気高く聡明で、ギュリドの民を正しい道へ導いてくださる御方です。陛下のためにはこの命、惜しくはありません!」
す、すごい。もしかして、これが独裁体制下の軍人の模範解答なのかな。私もロゼットもガイアンも正直言って、何も言えなくなってしまった。しかし、上官のバルダミアはリンの至極真面目な答えを聞いて爆笑している。この人が声を上げて笑ったのって初めてじゃない?
「将軍、笑うことないじゃないですか! 正直に言ったのに……」
リンは顔を真っ赤にして抗議している。氷の女王みたいだと思っていた副官が、頬を膨らませている姿は何だか微笑ましい。私の視線を感じたリンはバルダミアから離れて私の隣へやって来て、ちょっと恥ずかしそうな顔をしながら言う。
「あのね、シャイラ。うちの国王は本当に素敵なんです。あなたたちの国からは野蛮だとか独裁とか言われてるみたいですが、とんでもない」
「……わ、わかった。本心なのね。で、国王は若いの? 性別は? 見た目は?」
「それは秘密です」
散々、国王の賛美を聞かされた挙句、重要な情報はわからなかった。でも、ライナは今の話を元に自分の敵国王像を披露してくれた。
「リンってば、自分の国王に恋してるんじゃないの? だって、強制的に言わされてるのじゃなかったら、あんな風に褒め称えないわよね。ということは、国王は若い美男子よ。バルダミアも人が悪いわね。部下をからかって遊んでるんだから。でも、バルダミアはリンの評価を否定してなかったから、あいつも国王のことは良い印象を持ってるに違いないわ」
「美男子かどうかなんて、わかんねぇよ。美貌の熟女って可能性もあるだろ。大尉が同じ女性として、憧れの対象として気高いだの素敵だの言ってるのかもしれないし」
相変わらずロゼットは女王説だ。どうせ自分の願望が含まれてるのだろうけど、確かにリンの言ってる内容ではギュリド国王が老若男女いずれかはわからない。私にだって憧れの女性の上司がいて、どんな人かって訊かれたら素敵な人だって言うと思う。
「ガイアンはアルメイスをどういう風に想像してる?」
「私ですか? そうですね、案外、普通に中年男性なんじゃないですか? ああやって情報をできるだけ隠して、他国を混乱させるのが目的だと思いますよ。現に我々は敵国王像について翻弄されてますからね。まぁ、相手がどんな人物であれ、我が国王陛下の足元にも及ばないと思いますが」
「あ、私、ガイアンのそういうとこ好きよ。リンといい勝負」
私はガイアンに微笑んだ。うちの騎士団長だって、カルダーンに対する忠誠心が恐ろしく強い。リンとそれぞれの国王自慢をしたら一晩掛かっても勝負がつかないかもしれないな。
そんな話をしつつ町の北西部までやって来た私たちは、貧民街の様子をざっと見てから、予定通り二手に分かれることになった。




