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赤い山脈 蒼の王国  作者: 木葉
第4章 白龍舞う赤い山脈
17/64

その2

2.

 心が千々に思い乱れ、私はあまりよく眠ることができなかった。たぶん、あの二人も同じだろうけど。

 身支度を整えながら窓の外を眺めると、雲一つない晴天が広がっていて、それだけも慰められた気がする。朝食後、昨日と同じように階下に集合して視察に出掛けることになっていた。

「いってらっしゃい、シャイラ。今日は随分と暖かいわね。夏だから暖かいっていう表現もおかしいけど」

「ライナは一緒に来ないの?」

「昨日、寝る前に読んだ本が面白くて続きが気になるのよ。読み終わったら貸すわ」

 とても平和的な会話だ。ああ、本当に何も考えることなく、美味しいお菓子でも食べながら仲良くなった伯爵令嬢とお喋りできたらいいのに。すると、ライナは私の胸の内を読んだかのように言った。

「すっかり片付いたら朝までお喋りしましょうね。……あなたの恋人の話、じっくり聞きたいわ」

 ライナが国王陛下とは言わなかったことに私の胸はとくんと鳴った。カルダーンと楽しく話をした日がもう遠い昔のように思える。カルダーンへの思慕の念は、こちらへ来てからの怒涛の時間で大切に振り返ることができていない。寂しいことではあるけど、課された重責を考えればその方がいいのだろう。今は、バルダミアの真意を探る方が先だ。

 私は暖かな気温に気持ちが緩み、腕に抱えていた厚手の外套をライナに預けて先に待っていた仲間二人を追いかけた。

 良い天気のせいか、町中は昨日よりも活気に満ちている。私はバルダミアとリンの後ろに付き、こちらから話し掛けた。

「ねぇ、昨日あなたが言ってた白龍の乱舞、どういうことかわかったわ。それだけじゃなくて、あなたが卑怯者ってこともね!」

「ひ、卑怯者ですって!? どういうこと?!」

 間髪入れずに言葉を返してきたのは、普段は控え目にしているリンだった。今にも攻撃してきそうなくらい剣呑な目つきで私を見下ろしている。

「止めろ、大尉。町中で諍いをしてる姿を見せてどうする」

 バルダミアの落ち着いた声に、リンはしぶしぶ引き下がり、ふいと私から視線を逸らした。

「シャイラ、白龍の乱舞はきちんと備えがあれば乗り越えられる。ルトガ地方は昔から耐え抜いてきたんだ。そのためにはあんたたちの協力が必要になる。人手は多い方がいい」

「それはわかってる……」

 卑怯者呼ばわりされても一向に動じない相手に何か釈然としない気持ちになりながら大通りを歩いていると、元気いっぱい走り回っている子供たちが長身のバルダミアを見つけ、手を振ってきた。

「カイしょーぐーん!」

 その中の、髪の毛がぼさぼさで服も継ぎ接ぎだらけの一人の男の子が満面の笑みでバルダミアに向かってくると、バルダミアはごく自然に腰をかがめ、男の子を受け止めた。

「ロビ、元気にしてたか?」

「まぁね!」

 その返事を聞いた時のバルダミアの顔は、まるで愛する家族と一緒にいるかのような穏やかさで、慈しみを湛えた瞳をしていた。敵国領地の子供に対して、なぜそんな優しい微笑みを見せられるの……?

「あのさ、父ちゃんが昨日、うちに帰ってきたんだよ! 将軍のおかげだから、お礼を言いたくてここで待ってた」

「そうか。それは良かった」

 バルダミアは男の子の頭をぽんぽんと軽く叩いた。男の子はとても嬉しそうにもう一度にっこり笑うと、「今度、うちに遊びに来てくれよな」と言い残して、友達のいる場所へ去っていった。

 呆気に取られている私たちを見て、リンが簡潔に言った。

「あの少年の父親は貧困層の労働者で長いこと奇病に冒されていました。専用の施設に入れられていて、治る見込みがなかったのを、カイ将軍が指示した治療で改善したんです」

 リンの誇らしげな口調に、私は動揺してしまった。悪魔ではなさそう、というライナの言葉が再び脳内に再生される。バルダミアはこの辺境自治区で何をしようとしてるのだろう。私がしばし彼の横顔を見ながら考え込んでいると、ロゼットが将軍を鋭く問い質した。

「奇病って何だよ? 専用の施設って? どうして治療法を知ってた?」

「そうよ。隠し事は交渉に不利になるわよ」

 するとバルダミアは氷原のような無機質な表情で、ふっと薄い笑いを浮かべた。

「愚問だな。王宮官僚のあんたたちが知らない方がおかしい。仮にも自国領だろう? それに……外交官僚はともかく商工業省出身者が無知とはね」

 言われた意味がわからなかった。だって病のことでしょ? 私は福利衛生省の官僚じゃない。

「それなら、あんたたちで調べたらどうだ? 辺境自治区でどういう病が発生するのか、ロビの父親のような人間がどんな治療を施されるのか。それがわかれば、俺がこの土地を手に入れたい理由に近付くだろう」

 やっぱりバルダミアは素直に答えを教えてはくれなかった。心の中で卑怯者と罵ってみたものの、確かに王宮官僚が自国領、しかも問題となっている自治区の情報をきちんと把握していないという指摘は間違ってはいない。

「いいわ。調べてみる。自分で考えなきゃ、進めないもの」

 ロゼットも渋々同意した。こいつは官僚としての自尊心が人一倍強いから、蛮国の将軍に挑発されて黙って引き下がる男じゃないんだ。

「では、ついでに、王妃候補に考えてほしいことがある。白龍の乱舞に備えて俺たちができることは何か。食料や医療品の確保、それに家の補強なんかは既に俺が指示をしている。それ以外にだ。豊かで高度な文化を誇るフェディオンの王妃候補ならどうすべきか……。俺からの課題というのが嫌なら、カルダーン三世からの下問だと思って考えてほしい」

 また難題だ。私はあからさまに顔を歪めて拒否反応を示してしまったけれど、むちゃくちゃな課題だと言って反論することはできない。なぜなら、予測可能な大災害に対して何ができるか、可能な限り考えて対策を講じるのは王宮官僚として当然やらねばならないことだから。

 悔しかった。私は辺境自治区のことを何も知らない。敵国の西域将軍の方がよっぽど詳しくて、住民に信頼されていて、私たちの無知を容赦なく指摘してくる。

 私が課題を受け入れると、バルダミアとリンは無言で歩き始めた。

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