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赤い山脈 蒼の王国  作者: 木葉
第4章 白龍舞う赤い山脈
16/64

その1

1.

 町の視察でわかったことは、非常事態にも関わらず、何もかもがいつも通りに動いていたということだった。緊張感が全くないというわけではないけれど、敵国の将軍が町中を闊歩していても、ただの有名な人が歩いている程度の反応で拍子抜けしてしまったくらいだ。

 伯爵公邸に戻り、私とガイアンは早速、ロゼットの部屋に赴いた。三人分の紅茶を用意して、机に並べたところでロゼットが口を開いた。

「あいつ、俺たちが自治区に到着するまでの短期間のうちに町のほとんどの様子を把握してたな」

「そうですね。路地裏に露天商の女性がいたのを覚えてますか? 噴水広場の近くの」

「その人がどうかした?」

「カイ将軍が付近を通り過ぎた時、ありがとうございますって言いながら頭を下げたんですよ。で、気になって、後から客のふりをしてカイ将軍の話を振ってみました。そしたら、あんなに素晴らしい人はいないと褒め称えていました。区長も国王も何もしてくれなかったのに、侵入者の方がよっぽど親切だって」

 私たちは俄には信じられず互いに顔を見合わせた。ガイアンが言うには、その女性は塩を売っているのだが、かなり前から流通のどこかで塩の量が減ってしまい、露天商まで回らず、その分高価になって収入が少なくなってしまったらしい。でも、将軍が来てから塩の流通量が正常化し、利益も増えたのだと。

「生活で困っていることがあれば申し出でろと、将軍は町中にこれを配ったそうです。露天商の女性から譲ってもらいました」

 ガイアンが懐から取り出したのは本くらいの大きさの普通の紙だ。そこには、死活問題があれば記載して速やかに投書することと書かれている。おまけに、氏名と住所を書いた者を優先して救済すると添えられていた。

「投書は噴水広場に設置された木箱に入れることになっていて、数時間置きにギュリドの兵士が将軍へ手渡しているようですね。残念ながら、将軍は既に町中のほとんどの人心を掌握していると思われます」

「あり得ない! 蛮族が敵国の住民を救済するだと? 笑わせんな」

 ロゼットは手にした投書の見本をぐしゃっと勢い良く握り潰し、屑籠に投げ入れた。

 もしかしたら、ライナが言っていた、バルダミアは悪魔ではなさそうという意味はこのことだったのかな……。でも、人心掌握のための作戦だと考えれば、やっぱり単純に好意だとは言えないよね。

 そして、投書の話題が終わると、ロゼットはある資料を私たちに差し出した。例の基礎情報だ。

「気候の項目を見てほしい。辺境自治区周辺の平均気温は高地としては普通だ。冬季になると平野部よりも雪深くなるのも別に驚くことじゃない。でも、一定の周期で何らかの条件が重なると、その年には白龍の乱舞が発生する。夏なのに大雪と吹雪に襲われて、完全に孤立してしまう。それが白龍の乱舞と呼ばれるルトガ地方独特の気象だ。兆候は異常な冷夏。……つまり、今年だ」

 重苦しい沈黙が落ちた。私は自分の呼吸がどうなっているのかわからなくなってしまった。額に汗を感じたのは、暖炉で燃え盛る炎の暖かさのせいだけじゃない。

 私は懸命に頭を回転させて白龍の乱舞が発生することの影響を考えた。そして、背筋が凍るような結果に思い至る。

「くそっ、やられた……! 俺たちは籠の鳥じゃねぇか!」

 どうやらガイアンも同じ結論を導き出したらしい。いつもの穏やかな口調が投げ捨てられている。

「ロゼット、こういうことよね? もし私たちが白龍の乱舞が本格化する前に自治区を撤退したら、そこで交渉は決裂。バルダミアは、王妃候補は交渉を一方的に打ち切り、自国の豪雪被災者たちを見捨てた上に、隣国の武力侵攻の口実を作ったって、大々的に喧伝するでしょうね」

「ああ、そういうことだ。俺たちは自国領にいながら人質になったんだ」

「やっぱり悪魔じゃない、あの男!」

 ふつふつと腹の底から怒りが湧き上がり、私は席を立った。そして部屋の中をぐるぐる彷徨い歩くこと十数分。この間に、私たち三人はありとあらゆる打開策を言い合った。けれど、結局はどれも無駄だという確認に終わってしまった。

 もしオスタ男爵にバルダミアの意図を伝えることができても、男爵の取れる選択肢は領兵をこちらに派遣するだけで、全く意味がない。さらに、監視の目をすり抜けて、運良く王宮のカルダーンに連絡が着いたとしても、何らかの反応が返ってくるのは早くて五日後。国軍を派遣したらギュリド王国と全面戦争に突入してしまう。これは最悪だ。

 救援部隊を派遣するのはどうか? いや、こっちも結局は国軍が中心になるから、相手側からすると受け入れ難い。

 最後の選択肢として、国王代理の私がここで自治区の割譲に同意したとする。……無理よ。それはカルダーンの望む結果ではないし、万が一、彼が追認しても、閣僚や貴族だけでなく国民が黙っておかない。そしたら、領地奪還の報復戦争だわ。

 短時間で色々なことを考えて、結局、胃が痛くなっただけだった。でも、きっと何か打開策があるはず。官僚はどんな時でも諦めちゃダメなのよ。私はそう自分に言い聞かせた。

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