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赤い山脈 蒼の王国  作者: 木葉
第3章 蛮国の将軍と伯爵令嬢
15/64

その5

5.

 すぐ傍にカイ将軍の長身の影が見える。

「取り込み中のようだが、そろそろ町だぞ。ミランド嬢はこちらへ」

 カイ将軍はどういうわけか私に手を差し出してきた。昨日のライナの言葉が甦る。

 ――悪魔ではなさそうなのよね。

 私はその手を取るかどうか逡巡したけれど、やっぱり軽々しく敵に手を伸ばすなんてできなかった。すると、ガイアンが私たちの間に入り、私を守るように片腕を伸ばした。

「余計な真似は慎め。フェディオンの姫はフェディオンの騎士が守る」

「これは失礼。では、護衛はお任せする。町の治安はとりたてて悪くはないが、王都とは違うからな」

 町の入口から直線の大通りが続いている。石造りの素朴な住宅地が両脇に連なり、露天も置かれている。こんな事件の後だから町はしんと静まり返っているのかと思ったけれど、意外とざわついていた。女性も子供も出歩いているし、行商人も行き交っている。もちろん、かなりの数の西域軍の兵士たちが巡回し、そこだけが異常事態であることを物語っていた。

 そして、私たちの視察は人目を引いた。道行く人々が必ず視線をこちらに向けてくることでわかる。

 西域将軍の証である紋章を身に付けた長身の男と白皙の女性副官を筆頭に、若い男女が三人連れ立っているのだ。王妃候補の派遣が要請されたことは住民は知らないし、私たちもそれとわかる服装をしているわけではないので、西域軍関係者だと思われているに違いない。

 しかし、住民たちはこちらを興味深そうに見るものの、その目に恐怖の色はなかった。

 将軍は道端にある中年男性の姿を認めると、近付いていった。

「生活必需品の流通の具合はどうだ?」

「昨日あたりから元通りに動くようになりました」

「それは良かった。ところで、医薬品の備えはどうなってる? 高度なものというより、それぞれの家庭で常備している類のものだ」

「医薬品ですか……。それは私どもは把握していませんで……。薬売り連中に訊いてみないことには」

 男性が少し困った表情をすると、将軍はできるだけ早く確認してほしいと依頼をし、数枚のお札をその手に握らせた。男性は頭を下げて、また歩き出した。

「カイ将軍、あの人は……?」

 私が訪ねると、将軍は答える前に全然別のことを言った。

「バルダミアでいい。マーレン大尉のことはリンと呼んでるんだろう? 昨日、大尉から話を聞いた」

 私を見下ろすその顔は若干面白がっている風にも見えて、私は違和感を覚えた。カイ将軍は町に着いてから、始終こわばらせていた表情を少しだけ緩めていたのだ。

「じゃあ、バルダミア。町のことをきちんと説明して」

「……意外と素直だな、あんたは。さて、さっきの男は商工業組合の重役だ。俺たちが侵入してからすぐに町の物流が止まったようだったから、俺の指示で通常に戻させていた。何度も言ってるが、俺はあんたたちとの交渉を続けたいし、成功させたいと思ってる。少なくとも、それまではこの町を戦禍に巻き込むことはしない。だから日常生活を続けてもらわないと困る」

 隣で一緒に話を聞いているロゼットは苦い顔をした。こうしてギュリド側の手の内を明かして、暗にもし私たち側から交渉を即打ち切り、武力攻撃を仕掛けてきたら、被害の原因は私たちにあるのだと仄めかしている。

「医療品の話はどういう意図があるの?」

「それは万が一に備えてだ。武力衝突だけじゃなく、白龍の乱舞に備えてね」

「え……?」

 この地方独特の耳慣れない言葉が出てきたので聞き返すと、バルダミアはそのうちわかると答えて、歩き始めてしまう。

「ねぇ、ロゼット。白龍の乱舞って知ってる?」

 私がロゼットを振り返ると、ロゼットは急に私の腕を掴んで引き寄せた。耳元にロゼットの顔が迫り、私は妙にドキドキしてしまった。よく見ると渋い顔が男前かもしれない……。いやいや、一体こんな時に何なのよと思っていると、ロゼットは「視察が終わったら、できるだけすぐに俺の部屋に来い」と小声で言った。

「どうして? 何かあるの?」

 私も囁くように訊き返す。

「白龍の乱舞のことだよ。さっき俺が、昨日調べ物で気付いたことがあるって言っただろ。ガイアンにも声を掛けておくから、とりあえず今はお前は将軍の隣で色々聞き出せ」

 なるほどね。私はさっきとは別の意味で胸騒ぎがした。ロゼットはさっき、ルトガ地方一帯の気候がちょっと厄介だと言っていた。それと白龍の乱舞とやらが関係しているのだとすれば、何か恐ろしいことが起きそうな気がする。

 ロゼットが行けという風に私の背中を軽く押し出したので、私は小走りにバルダミアに向かっていった。


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