その4
4.
二人きりになると、ライナは私を椅子に座らせ、温かい紅茶を入れてくれた。
「別に私がこっそり覗いてたことがバレても問題ないわ。だって、聞かれたくないなら、会議室の安全を確かめておくべきでしょ。隣室との間に穴が空いてるのに気付かなかった向こうの失点よ」
ライナはもしかしてわざとリンにあんなことを言ったのかもしれない。油断してるとこちらにも考えがあるというある種の警告を伝えるための暴露だとしたら、ライナは軽率どころか策士だ。
それにしても本当にライナの美貌は魅力的だ。ライナは自分も紅茶に口を付けながら、窓の外をぼんやりと眺めている。それだけで絵画のように美しい。
「ライナ……あなたは国王と会ったことがある?」
「即位してからはないわね。数年前に王宮で開催された舞踏会に父と出席した時に、挨拶くらいは交わしたと思うけど、忘れてしまったわ。暴君っていう噂ね。だけど、噂は当てにならない。で、王妃候補はどう思ってるの?」
好奇心を湛えた大きな瞳が私を真っ直ぐに覗き込んでくる。私は遠く離れた恋人のことを想って、急に胸が苦しく切なくなった。
「陛下は立派な方よ。真面目で誠実で、だけどちょっと不器用なの。だから、周囲から誤解されてしまって……」
「だから暴君呼ばわりされてたのね? 王子様の真の姿を見抜いたあなたが王妃になるのは当然よ」
「ライナには王妃候補の話は来なかったの?」
私が訊くと、ライナは軽く笑った。
「さぁ、どうかしら? 辺境で生まれ育った田舎者の姫だもの」
「そう……。それにしても、伯爵はすっかり気力をなくされてしまったように見えたわ」
「私もそれには驚いてるの。だって、若い頃はこの地方の独立運動を何度も鎮圧してきたし、領兵には死んでも西域軍の侵入を許すなって常々言ってたのに。いざ本物の敵軍を目の前にしたら怖気づいてしまったのかしら……。まぁ、お父様ももう若くはないから」
「特に将軍があの氷の悪魔みたいな奴だもの、致し方ないわ」
私が刺を含ませて言うと、ライナはぽつりと「それがねぇ……」と呟いた。
「悪魔ではなさそうなのよね、カイ将軍って」
「どういうこと?」
「よく観察してたら、あなたもそう感じると思うわ。うまく言えないけど」
私は首を傾げたけれど、ライナは立ち上がって、私に早く休むように言い含めると自分の部屋に戻っていった。
翌日、私たちは厚着をして自治区の視察に行くことになった。ルトガ山脈の上半分は分厚い雲に隠れてしまっている。自治区上空の天気はまずまず。時々は太陽も顔を出す程度。
ライナは寒いのは苦手だと言って、留守番をしている。
「寒くありませんか?」
私に革の柔らかい手袋を渡したガイアンが気遣ってくれる。
「結構着膨れしたから平気よ。それより、昨日はちゃんと眠れた?」
「ええ、私は食事をした後、すぐに寝てしまったのですが……」
そう言って、ガイアンは隣で歩いているロゼットを見た。ロゼットは一定間隔で欠伸をしていた。
「ん? ああ、寝る前に改めて自治区の基礎情報を読み直してたんだよ」
へぇ、やっぱり仕事のことになるとこいつは真面目だな。私が感心していると、ロゼットは私とガイアンに近寄り、少し声を小さくして話を再開した。
「ここに来る前は、自治区の人工的な特性、つまり民族構成や住民数や産業ばかりに目を向けててほとんど気に留めてなかったんだけど、ルトガ地方一帯の気候がちょっと厄介かもしれない」
「気候?」
「そう、王都ではもう向日葵や百日紅が咲き始めて、薄着になってる頃なのに、俺たちは暖炉に火を入れて外套や手袋をしてる。いくらここが高地でもおかしくないか? それで、昨日気付いたことが――」
ざざっと土を踏む音が聞こえ、私たちは一斉に振り返った。




