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赤い山脈 蒼の王国  作者: 木葉
第3章 蛮国の将軍と伯爵令嬢
12/64

その2

2.

 その瞬間、バシンと机を叩き付ける大きな乾いた音が会議室の静寂を破った。ロゼットが手元にあった分厚い資料を思い切り机の縁にぶつけたのだ。

「王妃候補と自治区を引き換えにだと?! 我が国を侮辱する気なら話にならない。皆、帰るぞ!」

 私は息を呑んでロゼットの激怒した横顔を見つめた。全身が小刻みに震え、今にもこめかみの血管がぶち切れそう。こんなに感情を露わにした彼を見たのは初めてかもしれない。もちろん私だって腹の底から怒りに震えていた。ふざけるにも程がある。私を蛮国に連れ帰ってどうする気よ?

 私の目つきが一層険しくなったのを見たガイアンが、机の下でその手を私の手にそっと重ねた。落ち着けという合図だ。

 カイ将軍はロゼットの憤怒の形相を見ても、特に表情を変えることはなかった。怒ることなんか予想内のことなのだろう。

「折角、素晴らしい景色のルトガ地方に来たのに帰るのは惜しいと思うが……。まぁ、王妃候補と引き換えにというのは冗談だ。言いたいことは、それくらい我々にとって自治区の入手が重要、いやギュリド王国の最重要事項ということだからな」

 それを聞いた私は、勢い良く立ち上がったロゼットに「座って」と声を掛け、初めて敵将を見据えて言った。

「西域将軍がいるのだから、直接聞きたいことがあるわ。どうしてあなたたちはこの地域が必要なの? なぜフェディオン王国に属していたら良くないと思うの?」

「ミランド嬢が聡明な官僚で大変助かる。実はその質問が出るのを待っていたんだ」

 正解を導き出した生徒を見て安心したように、カイ将軍は口元を緩めたけど、その目は全然笑っていない。

「簡単に答えられることをまず言っておこうか。ここは自治区であるが、実質的には少数のフェディオン人に有利な統治がなされている。それでは自治の意味がないと思わないか? 住民の大多数はギュリド人なのだから、自治などというまどろっこしい体制を採らず、ギュリド王国に帰属するのが理に適っている。二つ目は、ルトガ地方一帯の豊富な資源だ。鉄や鉄鉱石や石炭の埋蔵量は我が国側に多いにも関わらず、自治区の存在によって我が国は手出しができない。もし自治区を割譲したとしても、ルトガ地方全てが含まれるわけではないから、貴国の取り分は十分残されていると思う」

 暖炉の炎がぱちぱちと爆ぜる音がやたらと大きく聞こえる。私はカイ将軍の言い分を、手元の記録帳に素早く書き落としていった。

 辺境自治区は本当に扱いづらい。それぞれの国民がきれいに固まって住んでいれば、仮の境界を設けて、本国に所属される方法も考えられたが、各国の住民や所有している土地などは、てんでんばらばらに入り乱れて存在している。

 しかも、双方が遥か昔、何代も何代も前から住み続けてきたため、ギュリド人を本国に返すという方法も非現実的なのだ。それでもいいじゃないかと主張する人は実は少なくない。蛮族の行く末など、こちらが気にする必要はないというわけだ。でも、数世帯だけならともかく、数万人のギュリド人を放出したところで、彼らは路頭に迷うだけだし、難民化したギュリド人が武装して逆に我が国に流れ込んでくる可能性だってある。

 やはり辺境自治区を丸ごと渡すことはできない。過去に何度かギュリド王国や、ギュリド王国が統一される以前にあった小国と武力衝突はあったものの、我が国が実効支配を失ったことはなかった。

「他にも理由はあるの? 簡単に答えられることをまず言うって言ってたでしょ?」

「もちろん。だが、それは口で説明するよりも直接見知って納得してもらった方がいいことだ。明日以降、おいおい伝えよう」

「勝手に話を進めたり終わらせたりしないで!」

 私は思わず声を荒らげた。明日以降だなんて、交渉はすぐに終わらないの?

「……短期間で決着を付けたいのなら、今すぐにでも大軍を派遣してもいいが、俺は力尽くでこの地を手に入れたいとは思っていない。国王代理として王妃候補にご足労いただいた理由は、あんたに自治区をよく知ってほしいからだ」

 軍の派遣に言及されると、私も黙るしかない。確かに交渉というのはある程度の長期戦を覚悟しなきゃいけないものだ。どうしたものかとロゼットの顔を見ると、彼は苦々しい表情で頷いた。

「こちらとしても、武力衝突になることは避けたい。明日以降の交渉は承知した。……そこで約束してほしいことがある」

「言ってくれ、リース殿」

「王妃候補シャイラ・ミランドに一切の危害を加えず、不自由させないということだ。もちろん、引き続き公爵たちの身柄の安全も要請する」

「なんだ、そんなことか……。ミランド嬢の命は保証する。いや、バルダミア・カイの名において、守らせてもらう。ではまた明日の十時にここで」

 席を立ったカイ将軍が、一瞬だけ私に視線を投げかけた。表情を一切変えず、本心など全く探らせてもくれない。

 敵将とその副官が会議室を退出すると、極度に張り詰めていた空気がようやく緩んだ。

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