最強、一文無し
「……はっ!?」
気づくと、なぜかオレは身動きがとれなくなっていた。しかも、寒い。なんでだ。
さっきまでの記憶をがんばって思い出す。えーと、転生して、家でて、アイスゴーレムに…。
あー、なるほどなるほど。大体分かりましたよ。雪崩で流されてって、崖から飛び出してって、それで今雪の中ってわけですね。よく生きてたな自分。…ゲームって素敵。
とにかくここからでなくては。さすがにずっと密閉されてたら酸素がなくなって死んでしまう。今まで死んでなかったのはデービスの肺活量半端ないみたいな漢字かな。
しかし、どうやって出ようか。そういえばオレ魔装士なんだから、初級魔法の一つや二つ覚えてないだろうか。
頭の中で”魔法”と念じる。するとやはり、”ファイア”と”アイス”の項目が浮かんできた。よし、都合いいのがあるな。
とはいえ実際に火を出したら脱出する前に酸素もってかれそうだし、全身を熱くする程度に抑えよう。こんなことができるのはゲームじゃないから?うーん、都合いい解釈だなあ。
じわじわと雪を溶かしていく。するとしたたる水でどっちが地面か検討がついたから、上へ向けて熱を集中した。
数メートル掘り進めていって、もうこれ手遅れなんじゃないのとか絶望を感じ始めたとき、ついに雪の隙間から光が差し込んだ。やっと地上へ出れる!
ありったけの力を込め、熱を放出。そうしてついに、オレはシャバへと踊りでた。
全身びしょぬれになったが、この際そんな細かいことを気にしてちゃだめだろう。
あたりを見てみると、ここはどうやら山のふもとらしい。天候も穏やかで、強いモンスターもいなさそうだ。うん、もともと歩いて下るつもりだったしちょうどいいジャナイカ!ハハハ!
…となると、やはり、オレの家は…。
山を見上げる。その山頂は雲で覆われ、登ることは至難の業だろう。というか死ぬ。
この山―――デスロー山は鬼畜山と呼ばれている。中盤以降なかなかレベルが上がらないのに、上層にはレベル50以上のアイスゴーレム、なんてまだ弱いほうで、アイスワイバーンやアイスウィザード、アイスドラゴンなどという強力なモンスターがいる上、登ったところでレアアイテムはない。
夢見て登ったプレイヤーを絶望に落としいれ、彼らから初心者へ登る意味はないと伝えていったおかげで、ほとんどデスロー山を登る者はいなくなった。
そんなわけで、以前のオレは引越し先をこの山に決めた。人の立ち入らぬ厳しい環境、そこで一人暮らす孤高の戦士…。そんな妄想をしながら。うん、殴りたい。
そんなわけの分からないロマンのせいで、オレはレア装備もなければ消費アイテムもない、それどころかちょっとした金もない、ただのちょっと有利な雑魚プレイヤーに成り下がってしまったのだ。泣いて謝っても許さん。
ホームへ帰ることができるのはいつになるやら。
しかし、このままでは飢えて死んでしまうのも事実。ここは初心に帰って雑魚敵を狩りまくらねば。
あと、一つ大事なこと。それは、ゲームとここの違いを明確にすることだ。
レベルなんて概念はあるのか。魔法の習得方法は。モンスターについて。そして―――――。
死んだら、どうなるのか。
これが最大の不安材料だ。命の危険が高いこの世界で、果たして生きていけるのだろうか。もし死んでしまったら、オレはここで死んでしまうのだろうか。
…とにかく、まずは町に行こう。たしかデスロー山から西へ少し行ったところに、大きめの町があったはずだ。行こうとしていた王都と比べればそりゃ劣るが、今は十分だろう。
よし、出発進行。
…そろそろ人としゃべりたいなあ。