始まりの童話
はるか昔、一人の落ちこぼれの魔法使いがいました。
魔法使いは「力」を求めていました。
彼のいた国は戦争をしていました。
魔法使いは国を守るための「力」が欲しかったのです。
彼は自分に「力」が無い事を嘆いていました。
そんな時、地上の争いを眺める一人の悪魔がいました。
悪魔は彼の嘆きを聞いて、彼にこう持ちかけました。
「我の「魔の力」を与えてやろう。
その代わりに、お前から代償をもらうぞ」ーーと。
彼はそれに頷きました。
彼は「力」が手に入るなら、それが悪魔の囁きでも構わなかったのです。
悪魔は自分の「力」の半分を彼にやりました。
彼は「力」を手に入れました。
それは、人間が扱うには余りにも強大な「力」でした。
彼は国を守り、戦争を終わりに導きました。
しかし、その強大の「力」は人々の恐れを招きました。
彼は国から追われました。
彼が守りたかった国から。
そして、悪魔がやってきて、彼から代償を取っていきました。
「人間らしさ」を奪われた彼は、自分の現況に絶望しました。
「これが悪魔に縋った結果か」ーーと。
国に追われ、人ですらなくなってしまった彼は、死を選びました。
流された血から、一つの植物が生え、実がなりました。
一方、魔法使いから「人間らしさ」を奪った悪魔は、人間の体を手に入れて、彼の国へと降りていました。
そこで一人の女と出会い、夫婦となっていました。
ある時、悪魔は魔法使いの事を思い出しました。
魔法使いの元へ行ってみると、そこには亡骸から生えた一本の樹がありました。
その実には、魔法使いの「力」と魂と絶望が宿っていました。
それを見て、悪魔は一つの事を思いつきました。
それは、今、妻としている女に、この実を食べさせる事でした。
悪魔は果実を持って帰り、妻にこう持ちかけました。
「この実を食べれば、お前は「力」を得る。しかし、それには大きな代償が必要だ」ーーと。
女もまた、魔法使いとは異なった「力」を欲していました。
悪魔はそれに目をつけて、女と共にいたのでした。
悪魔はまだ、女から代償を取っていませんでした。
だから、女が果実を食べる事で起きる事を代償にしようと思ったのでした。
女は一も二もなくその実を食べました。
その結果、女は子を身籠もりました。
女自身にはなんら「力」は加わらず、しかしその子供には「魔の力」が宿っていました。
女はそれに失望しましたが、子を産み育てました。
子共は、あの魔法使いと同じく、「人間らしさ」を持っていませんでした。
子は大きくなると、国の守りに着き、国を平和に保ちました。
子は己の存在に絶望する事はなく、国に厭われる事もありませんでした。
悪魔はそれを見て、もう少しこの「人で失くなった存在」を見てみたいと思いました。
子の亡骸からも、芽が生え、樹になり、実がなりました。
その実には、子の「力」と魂と穏やかな幸福が宿っていました。
悪魔はその実を手に、新たな女を探しました。
次の子は、自分の「力」に溺れ、争いを引き起こし、最後は恨みをかった者達に殺されました。
その実には、激烈な怒りが宿っていました。
次の子は、己が「力」を隠し、人目につかぬよう大人しく、ささやかな暮らしで独り身を通しました。
その実は、静謐な孤独をやどしていました。
その次は、その次は、その次はーー。
悪魔は「人で失くなった者」の魂を繋ぐかのように、果実を女に与えては、その人生と魂の実に宿る最期の「心」を見ました。
彼らは一人として同じ人生を歩まず、一つとして同じ「心」を宿しませんでした。
気づけば、悪魔は長い長い時を過ごしていました。
悪魔の中には、彼らに対する「心」のようなものが生まれていました。
それは、人間が「愛」と呼んでいるものに近く、しかしどこか異なっていました。
悪魔は、彼ら「人で失くなった者」を絶やしたくないと思いました。
だから、その実を運び、その生を見守ろうと決めました。
……そして、いつか、まだ分からない遠い未来に、代償を還し、「魔の力」を取り戻し、その命の連なりを終わらせようーーとも決意しました。
それから今まで、悪魔は「人で失くなった者」達を繋ぎ続けています。