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冷宮の寵妃~津国恋歌~  作者: 大雪
第一章 冷宮の廃王妃
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第六話 廃王妃の日常【後編】

 だが、それも仕方が無い。

 それ程に芙蓉の功績は大きかったのだから。

 それにーーそれ以外にも、芙蓉の功績は多々あった。


 ただ、それらの多くは余り知られてないのも事実だった。

 というのも、それ以上に絶大的な政治手腕を持つ津国国王と上層部の功績が余りにも多く華々しすぎて殆どが影に隠れてしまったのである。

 

 また、その隠れた原因の一つとして、芙蓉の普段の姿が大きく関わっている事も挙げられるだろう。


 グータラ王妃、何事にも無関心な態度。


 常に「めんどくさい」が口癖の王妃がそんな事をするものか、信じられないーーと功績を見てもなお騒ぎ立てる者達は未だに多い。

 特に芙蓉が王妃の地位に居る事を不満に思っていた者達がその筆頭としてあげられている。

 また、他国にて我が娘を津国国王の後宮にと望む者達もそうだ。


 更にそれに追い打ちをかけるように、芙蓉は自分の功績をひけらかす事は決して無かった。

 常に影で動いて表舞台に出ず、自らの功績も国の功績とする。


 だから、芙蓉が王妃位に居るのを不満に思う者達がその功績を隠そうと動く事もあって、特に他国には津国王妃の功績はそれほど伝わっていない。


 そして本神もそれに不満もなければ、「めんどくさい」とひたすらダラけていた事もあって、芙蓉は無能な王妃というレッテルを一部で貼られてしまう事になった。


 だが、助けられた者達は違う。


 特に直接助けられた者達は、芙蓉を王妃として据えた王への心酔をより強いものとし、新たな王妃を迎えた王に嘆き悲しんだ。


 そして情報操作により、次第に芙蓉にとって分が悪く、また新たな王妃にとって都合の良い情報が出回る事に眉を顰める者達はどれほど居るだろうか。


『無いとは思う。けれど、私の、この芙蓉の事で我が国に内なる嵐を生むことは赦さない』


 嵐は乱。

 内なる嵐は『内なる乱』ーーつまり、内乱である。


 そう厳しく宣告した王妃の雄々しさに、伝え聞いた彼女に助けられた遠方の民達は涙した。


 そこまで言われて誰が、何を言えるだろう。

 また、我が国を支える偉大なる王と上層部に刃向かう事も考えられない。


 けれど、それでも心の中で願うだけは赦して欲しい。


 たとえ、本神が望まずとも。


 その、前王妃の復権を。

 何度も、何度もただそれだけを願う。


「偉大なる王妃様のオヤツにしては貧相だねエ」

「また何か用?」


 読みふけっていた本から目を離し、用意していた漬け物を軽食として口にしていた芙蓉は、背後の木の上から聞こえてきた声にため息をついた。


「用が無かったら来ちゃダメ?」

「ダメだって言ったら来ないの?」

「ちっちっチ~! ボクを舐めないでヨ、王妃サマ」


 そう言うと、ストンと目の前に降り立った白鷺がニコリと笑った。


「ふふ」


 コロンと自分の隣に座る白鷺に、芙蓉はため息をついた。


「とっても良い匂い~」

「……」


 鼻をすりつけ、甘える様に芙蓉の首筋に顔を埋める。

 それは愛しい恋神に所有の証を刻みこむ様にも見えるが、実際にはただ匂いを嗅いでいるだけである。

 それを芙蓉はただされるがままに放置していた。


 白鷺が芙蓉に求めるのは、男女のそれではない。

 白鷺は芙蓉を『母』として見ている。


 人間界が滅亡し、こちらに帰ってきた白鷺の両親。

 けれど、すぐに大戦に巻き込まれて白鷺だけが残された。

 そして美しかった白鷺はある殺し屋の組織に囚われ、その長の慰み者としてずっと閉じ込められていた。

 攫った者達を殺し屋として扱う組織だったものの、白鷺の美しさに参った組織の長が外に出して奪われる事を恐れたのだろう。

 その中で、白鷺は殺し屋達を利用し、暗殺の技を磨き、暗器、毒の使い方を学んだ。


 そうして組織が白鷺の手によって壊滅したその日に、残酷非道な獣は世界に放たれた。


 出会った時には、その街の極悪非道な領主を血祭りに上げていた白鷺。


 丁度従姉妹の果竪と、たまたま領主に奴隷として売り飛ばされたその日に出会った。


『あははは! 怖い、コワイ、コワイいぃぃ?!』


 ケラケラと笑う彼が、殺し屋としてその世界では名を馳せる一神だと知ったのはもっとずっと後の事。


 ただ、血まみれの手で果竪に触れようとしたから。


『綺麗にしてから出直せ』


 窓から階下に広がる池へと蹴落とした。

 ボッチャンという音と共に大きな水しぶきが上がったが、ある程度深さがあるとの情報だったから大丈夫だろう。


 え?なんでそんな事を知っていたかって?


 それは、その領主の所に攻め込む予定で自分達が所属する二つの軍が情報を仕入れていたのを聞いていたから。

 そして攻め込む前に、たまたま街で攫われかけていた美男子や美少女を助けようとして、一緒に攫われてしまったから。


 果竪がなんだか慌てていたけど、寿那は静かに湖に落ちた血まみれ物体に合掌した。


 と、普通なら怒り心頭もの、憎悪をぶつけられても仕方が無いのだがーー。

 いや、実際に寿那は色々とされた。


 というのも、何を隠そうこの白鷺は、元々は芙蓉――当時は寿那と名乗っていたが――果竪を暗殺するという仕事を請け負っていた正真正銘の殺し屋だったからだ。


 気に入った仕事だけ請け負っても生きて行けたのは、その美貌と才覚ゆえに。

 暗殺の仕事がなくても、数多くの者達が白鷺のパトロンに自ら立候補し、最後には全てを吸い尽くされて捨てられる。


 その様は、まるで糸にかかった獲物を暗い尽くす女郎蜘蛛を思わせた。


 そんな彼が『たまたま』、『気が向いたから』と言って請け負った仕事こそ寿那と果竪の暗殺。


 それはそこそこに知恵のあった敵方の一神が、萩波と寿那の前夫の軍を崩す為に調べに調べ尽くして彼らの傍に居る芙蓉と果竪に気づいたのだ。


 萩波にとっては果竪。

 前夫にとっては寿那。


 その少女達は、軍の中でも特殊な存在であり、彼女達を抹殺する事で軍は崩れるとその頭の良い敵方は断じ、名うての殺し屋達に依頼した。

 そうして一神生き残ったのが白鷺だった。


 他の者達は全て寿那と果竪にその触手を伸ばす前に、後の上層部に始末された。


 津国側は現宰相が一手に担い、凪国側はあの筆頭書記官だ。

 特に、後の凪国筆頭書記官たるアレは、向かってきた殺し屋でたっぷりと遊び尽くした。

 その様は目を覆いたくなるほどに凄惨で残忍かつ壮絶なものだった。

 けれど、アレはそれを果竪に悟らせない。

 殺し屋を血祭りにあげたその手を綺麗に洗い、果竪を抱き締める。


 しかし……たぶん、あの従姉妹は知っていただろう。

 自分の事には恐ろしく疎いが、周囲に対しては恐ろしく聡い従姉妹。

 血の繋がりこそないが、寿那にとってのただ一神の家族。


 ーーそんな自分達を唯一殺れるとすれば、この白鷺以外には居なかっただろう。

 そもそも、あの領主の元に白鷺が居たのは、自分達を秘密裏に消す為だった。


 なのに、領主がたまたま粗相をした奴隷の少女を手打ちにしようとしたのを見捨てられずに助けに入った。

 それが、白鷺の完璧を崩すきっかけとなった。

 奴隷の少女はその時に前夫の軍に保護されたが、白鷺はその時は逃げおおせた。


 それから、一年に渡る攻防が始まったのだ。


『まだ血が残ってる』


 ドボン!


『この服新品なんだから』


 ドボン!


『なんでよりにもよって白い服の時に来る』


 ドボン!


 とりあえず、毎回毎回血まみれで現れるから徹底的に池に叩き落としーーっていうか、池に落としている記憶しかない。

 流石に五度目からは池ではなく河に突き飛ばした。


 なんでかって?


 河だとそのまま流れていってくれるから。

 あれだ、水洗便所である。

 というか、一歩間違わずとも殺神行為だが、この程度で死ぬ相手でない事が分かっていたからこそあえて叩き落としていた。


 というか、これだけ言っても綺麗にしてから来ない白鷺。

 名前に『白』がついているにも関わらず、グータラな自分にこれほどまでに説教させる白鷺に、寿那はついに切れた。


 そしてーー


『今日は綺麗にしてきたヨ!』


 と、自信満々の白鷺の言葉もそこそこに、出会い頭で即行腹部に一撃入れた。

 そして一言『ウザイ』。

 と言い捨てて、オロオロする果竪を連れてその場を離れた。


 その後、なんでか無事に前夫の軍によって救助された白鷺だったが、そこで寿那の前夫にぶちのめされ、その強さとカリスマ性に膝を屈した。

 あの時は今でも思い出せる。


 あそこで逃げておけばいいのに、バカ正直に寿那抹殺を口にしてボコボコにされた白鷺。

 全く容赦のない前夫に溜め息をつきつつ、流石に自分のせいで死なれても嫌だからと手当をしてやった。

 はっきりいって、自分を狙う殺し屋を手当だなんてバカげているが、何故かあの時はそうしてしまったのだ。


 そして夢に魘され、時には寝ぼけて襲いかかってくる白鷺を、何度も強制的に寝かせてやった。


 そうして一月が経過した頃、白鷺は全快した。

 そのまま居なくなるかと思った。


 だが、そこで白鷺は寿那を見付けるとトコトコと近づいてきて。


『良い匂い~』


 思い切りハグされて、匂いを嗅がれた。


 また池に叩き込んだのは言うまでも無い。

 その後は思い出したくもないが、白鷺は一転して寿那に懐いていた。


 いくら寿那の前夫や他の上層部に叩き潰されても、全くめげない。

 いつの間にか上層部に認められ、仲間としての杯を交わし、今ではその一神として名を連ねる始末。

 しかも白鷺が寿那に向けるものが、『母』に対するものだと知ると、前夫達は少しだけ手加減するようになった。


 なんで、どこで、なにがどうして寿那を『母』として見る様になったのか?


「ってか白鷺、あなた濡れてる」

「ふふ、もちろん濡れてるよ、下が」


 ベシンと頭を叩いて立ち上がると、芙蓉は洗濯物を干している干し竿へと向かった。

 そして乾いたタオルとして使用している布を取ると、白鷺の所へと戻りその頭にかぶせた。


「むきゃっ!」


 悲鳴もそのままに、芙蓉は白鷺の頭をガシガシとふく。


「今度はどこで水浴びしてきたの」

「してないヨ~」


 かなり強くふいているが、白鷺は鼻歌でも歌い出しそうなほど機嫌良く答える。


「ふふ~、芙蓉を一神ジメぇ」

「頭もどこかで打ってきたみたいね」

「打ってないよ。でも、『オカシイ』けどね、ボク」


 どうやら自分で認識しているらしい。


「けど、『オカシイ』のはボクだけじゃない。陛下も、他の上層部もみんな『ミンナオカシイ』んだヨ★」

「確かにね」


 意地でも芙蓉を王妃にした彼らは、きっととても『オカシイ』のだろう。


「あ~、芙蓉ってば本気にしてナイナ、メっ」

「これ以上ないぐらいオカシイと思ってるから大丈夫よ。ついでに、もっとおかしくなればマトモになる?」

「どうカナ? そもそもマトモがわかんないシ!」


 狂った世界の中で、常識も法律もルールも何かもが破壊されめちゃくちゃな時代を生きてきた者達は、破壊され尽くされた後の世界で全てを作る事を強制された。


 破壊された世界を修復し。

 破壊された常識を作り。

 破壊された法律を作り。

 破壊されたルールを作り。


 けれど、たっぷりと歪められた常識と思考が、まともなものを作れる筈が無かった。

 いや、そもそも何がまともなのかさえ分からなかった。


 マトモって何?


 常識って何?


 そして歪んでいるって、何?


 正義と悪の境界線が揺らぎ。

 今日の常識が明日の非常識になっていた大戦時代。


 何が正しいのかなんて、誰も分からなかった。

 それでも、ただ自分達の望む『幸せな未来』を願って戦った。


 ただ、この大戦が続くのは間違っていると思った。


 だから、終わらせた。

 天帝陛下と十二王家に従い、そして従い力を尽くした最も功績ある者達は王と上層部となった。


 それぞれが、それぞれの方法で。

 その未来を勝ち取った。


 先に続くのが、不確かなものだとしても。


 それがどれほど恐ろしく、一神で支えきれるものでない事は誰もが分かっていた。

 王と、それを支える上層部。

 特に王は、それを支えられるだけの伴侶が必要とされる。


 そして、特に広大な国土を有する津国を支える王の伴侶は、それに相応しい相手である必要があった。


 間違っても、芙蓉である筈がなかった。


 なのに、前夫は拒む芙蓉を力ずくで自分のものにし、上層部はそれを肯定した。

 誰もオカシイと言う者すら居らず、芙蓉は名を奪われてこの国に王妃として縛り付けられた。


 たった一神の従姉妹さえ奪われて。

 遠い凪国にて王の正妃として据えられた従姉妹。


『あのね、大戦が終わったら一緒に暮らそうね!!』


 二神の幼い約束は、今も果たされないまま。

 それぞれが望まぬままに、身分不相応な地位に据えられた。


 そして今も、手紙のやりとりすら赦されない。

 従姉妹が追放されたと知ったのも、かなり後になってからだった。


 もちろん、凪国は遠いから情報が届くまでにも時間はかかるが、だからといって情報が届いてから更に芙蓉がそれを知るまでかなりの時を有した。


 赦せないと思うのも、疲れていた。

 いや、どうでも良かった。


 どうせ、何を望んでも自分の意見など汲んではくれない。

 だからこそ、未だにこの冷宮に囚われ続けている。


「……お母さん……」


 白鷺の小さな囁きに、ハッと芙蓉は我に返る。

 見れば、白鷺が芙蓉の胸によりかかるようにしてスヤスヤと眠っていた。


 その姿に、いささか呆れを禁じ得ない。

 白鷺はただの官吏ではない。


 凪国にある王直属の影――『海影』に勝るとも劣らない津王直属の影。


 『影津(えいしん)』の長である。


 なのにこの神畜無害なあどけない寝顔は何なのだろう。


 野生動物が天敵の前で腹を見せて寝る程にあり得ない光景に、芙蓉は頭痛を覚えた。

 けれどそれでも蹴飛ばして転がさないのは、芙蓉自身の甘さゆえ。


「とっとと起きろ」

「んきャっ」


 叩き起こし、その美しい眼が向けられたところで芙蓉は立ち上がる。

 既に夕日が差し込んでいた。


 頬を膨らませる白鷺に、芙蓉は踵を返そうとした足を止める。

 そして、ゆっくりと振り返った。


「……夕飯、食べて行く?」


 野菜スープしか無いけどーーという呟きは、飛びかかってきた白鷺の下敷きになった事で消えた。



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