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冷宮の寵妃~津国恋歌~  作者: 大雪
第一章 冷宮の廃王妃
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第四話 影津


「鼠が一匹忍び込んだみたいだな」


 散々好き勝手された体は重く、微睡む睡魔に身を委ねようとしていた芙蓉の意識が覚醒する。


 まさか、もう昼間の事を知られているなんて――。


「耳だけ切り落としてどこかに隠してるの?」


 かなりの毒舌を吐きつつ、決して同様を悟られないように前夫へと視線を向けた芙蓉の目に、妖艶な笑みが映る。

 窓から差し込む青銀の月光に彩られた美貌は、身震いするほどに美しいものだった。

 けれど、そんな魂を奪われる様な美しい笑みも、芙蓉には唾棄したくなるほどの奇妙さしかない。

 本来は正反対のものを浮かべるのを間違えてしまったかのような――。


「優秀な"耳"は揃っているからな」

「……」


 確かに揃っているだろう。

 凪国にある王直属の影――『海影』に勝るとも劣らない津王直属の影。


影津(えいしん)


 津国の最強にして最恐と謳われるそれは、凪国の影と共にその手の世界の者達に恐れられている。


 彼らを自由自在に動かせるのは、津王のみ。

 王妃だった芙蓉にもその権限はない。


「ちっ……余計な事しやがって」

「舌打ちってひっどいナ~。ボク、泣いちゃうゾ★」


 突然降って湧いた声に、芙蓉は近くにあった枕を天井へと投げつけた。

 ボスンっという音と共に、きゃっと可愛らしい悲鳴が聞こえた。


「ひっどいな~」

「黙れ、カマ」

「カマじゃないもン~酷いな~茨戯と一緒にしないでくれル?」

「消えてマジで。ってか、盗み見とは良い度胸ね」

「盗み見じゃないヨ! ただの警護。でも、芙蓉の淫らな顔を見たらうず」


 ボキンと指を鳴らせば、バカの言葉が止まった。


「しょ、しょしょしょうがないじゃン! 王の影なんだかラ!」


 そう言って芙蓉の前に降り立ったのは、白磁の肌を持つアイスブルーの瞳と長い髪を持つ美少女。

 の見た目をしているが、実は男。

 彼の名は白鷺しらさぎ

 若干十七歳で『影津』の長の地位に居る少年だった。


 見た目は壮絶なまでに可愛く、到底暗部に属する者にも見えないだろう。

 しかし、そうして油断したが最後、待つのは『死』だけだった。


 上層部に属し、あの中では一、二を争うほどの冷酷で残忍な気性を持つ。

 のだが――


「朱詩とキャラ被ってるよね」


 と、言った瞬間、白鷺が切れた。


「ふざけんナ! あんな極悪な悪魔とボクを一緒にするナ! ボクの方が性格いいし、芙蓉の事だって大事にしてるじゃン!」


 大事にしてて拉致監禁に手を貸すのかお前は――というツッコミはしない。

 したところで無駄だと芙蓉には分かっているから。


「それに朱詩は似非天使キャラ! ボクはアイドル系正統派美少年だロ!」


 アイドル系美少年って……そういえばこいつは人間界に詳しかったな――まあ、もとが人間界からの避難神だし。

 元は天界の神だった祖父母が人間界に仕事で降りて以来、ずっとそこに住んでいたという。

 けれど人間界の滅亡で住む場所を喪い、こっちに帰ってくるしかなかった。


「朱詩なんかよりボクの方が可愛いよネ?」

「いや、どっちもどっち」

「ボクの方が可愛いヨ!」

「それよりとっとと出て行け、これと一緒に」


 芙蓉は自分を後ろから抱き締めている前夫を指さした。


「無理だよ~、ボクは王の忠実なる影。王が望まない事は出来ないんだヨ」

「っていうか、普通こういう状況の時って影はもっと遠くに離しておくものじゃない?」


 どう見ても、色々とイタしてましたと言わんばかりの状況。

 普通の深窓の姫君ならば悲鳴をあげて失神しているだろう。


「大丈夫だ。こいつは芙蓉に恋愛感情を抱く事は絶対に無い、決して無い、この世界が滅ぼうともあり得ない」

「私はそれに対してあんたを殴るべきかしら?」


 なんだその気合いの入った信頼は。

 そして腹立たしい言いぐさは。

 本来なら感動的な信頼も芙蓉にとっては全力で殴りたいほどイラッとする。


「そうそう、ボクはこれっぽっちも芙蓉を女として見てないかラ!」

「帰れ、そして消えて」

「いや~ン! 芙蓉が苛めル~! ボク哀しくて、哀しくテ」


 メソメソと泣き真似をしていた白鷺の目が妖しく光る。


「鼠、殺しちゃうかモ」


 ゾクリと肌が粟立つ。

 無意識に身震いする体を、手が勝手に守るようにかき抱く。


「ああ、芙蓉の事じゃないヨ。ね~、王」

「そうだな……鼠は駆除しなければ」


 凍える吹雪の如き声音に、芙蓉は夫の腕を掴んだ。

 止めようとする言葉が、勝手に口からこぼれ落ちていく。


「――そんなに、大事か?」

「大事って、あの姫君は」


 容易に処分出来ない相手である事を芙蓉は訴える。

 少しでも、前夫の暴走を留める為に。


「たかが鼠一匹に。しかも、この立ち入り禁止の場所に入る者など」

「それで入られているんだからわけないよね」

「芙蓉、命知らズ~! でも、そういうとこ好キ、大好キ!」


 チュッと、白鷺が芙蓉の頬に口づけてくる。

 その感触に腕を振り上げる間もなく、白鷺の体が後方に飛んだ。

 白鷺の首のあった場所を薙ぐ刀に芙蓉は目を見開いた。


「あ――」

「ふふ、激しいですヨ、王」


 完全には避け切れなかったのか、首から一筋の血を流していた。

 その血を指ですくい、ペロリと舐め上げる様は腰が砕けるほど艶っぽい。


「白鷺、血が」

「芙蓉、心配してくれるノ? 嬉しすぎて死んじゃいそウ、ボク」

「死ね」


 そう断じた前夫に、白鷺が笑う。

 肌が粟立つ様な壮絶な色香を漂わせて。


「ヤ、です。死んだらツマンナイですモノ。それに、ボク以外の誰が、王の影を務められるト? あれらを、纏められるト?」


 『影津』は上層部ほどではないが、それでも素敵なまでの性格破綻者揃い。

 生半可な手腕では決して纏めあげる事は不可能だ。

 そんな影達を笑いながら半殺しにし、認めさせた白鷺。


 見た目は可憐な美少女でも、その外見を裏切る絶対的な恐怖で影達を支配した。

 そう、恐怖で支配した――けれど、今や影達は王を除けば白鷺に心酔している。


 美しくも冷酷で残忍な長に。

 殺されても良いから仕えたいと願うほどに。


「殺したいなら殺しても良いですヨ。あなたに殺されるなら本望ダ」


 白鷺がくすくすと笑いながら前夫を見る。

 その瞳に宿る、奇妙な熱は影達が白鷺に向けるものと同じ。

 民達が上層部と王に向ける眼差しと、同じ。


 白鷺がまた首から流れた血を舐める。

 恍惚な笑みを浮かべ、うっとりと目を潤ませた。


「これだけで、イケちゃうぐらい気持ちいいなんて、やっぱり王だけですヨ。ボクをここまでイカせられるのは」

「やっぱり朱詩と同じ」

「違うっテ! 芙蓉のバカ!」


 ぷんぷんと怒る姿に、先程までの狂気の色が薄まる。


「良い? ボクと朱詩は全然違うんだかラ」

「そうね、朱詩の方が変態じゃないし」

「朱詩の方が変態だヨ!」


 こんな遠くの異国で声高に変態認定されている事を当の本神が知ったらどうなるだろう。

 そんな事を考えた芙蓉だが、所詮考えたところでどうにもならない事に気づく。


 神力が使用できていた暗黒大戦時代ならまだしも――。

 いや、もしかしたら『海影』の誰かが津国に忍び込んでいて聞き耳を立てているかもしれない。


 が、たとえそうでも朱詩の変態認定に関してはスルーする筈だ。

 余計な争いを生み出さない為に。


 それに、もしかしたら向こうも何となく気づいてるかもしれない。

 その位には、白鷺と朱詩の中は悪かった。

 あのいつも喧嘩している朱詩と修羅がタッグを組んで白鷺と喧嘩するぐらいに。


「あ~ア、なんかムラムラしてきちゃったぁ」

「ならどこにでも行くがいい」

「無理ですヨ~、ボク、王の影ですもノ。それに、ご報告もあって来てるんですかラ」


 それを先に言えと芙蓉は心の中で毒づいた。

 それが分かっていたら、もっと早くにこの前夫を引き離せたのに。


「ちっ……それと、鼠」

「ちょっ」

「それは命令ですカ?」


 止めようとした芙蓉の手を掴み、前夫が笑う。


「しばらく捨て置け。妙な動きをした時には好きにしろ」

「はいハ~イ」


 そう言うと、白鷺がニコニコと芙蓉に手を振った。


「芙蓉、後でお人形さん遊びしようネ!」

「いいからとっとと行け」


 ゲシッと白鷺を窓から蹴り出す前夫に、芙蓉はもう何度目か分からない鬼畜という称号を与えた。


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