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冷宮の寵妃~津国恋歌~  作者: 大雪
第一章 冷宮の廃王妃
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第二話 廃妃と廃王妃

 廃妃――


 それは、王妃や皇妃などが王や皇帝から離婚され、王族・皇族の身分を奪われることを言う。

 つまり、廃王妃となった芙蓉は、その時点で晴れてフリーの身という事になる。


 しかし――津国における廃妃は違った。

 というのも、廃妃ではなく廃王妃という言葉がそれをありありと示していた。


 廃妃は確かに妃を廃される事だ。

 けれど、廃"王"妃と余計な一文字をつける事で、王妃すなわち正妃である事を廃されたのであって、妃でいる事を自体を廃したわけではない――などという妙なへりくつをこね、新たな定義を造りやがった津王と上層部によって芙蓉は未だに妃の一神として囲われていた。

 いや、正妻は王妃だけなので、正確には妾だが。


 というか、そこまでして芙蓉を縛り付ける夫と上層部に気持ち悪ささえ覚える。

 本当に蛇の化身ではないだろうか?

 いやいや、それでは蛇に失礼過ぎる。


 だが、こうして絡みついてくる前夫を見ると、やっぱり――という思いがよぎるのも事実だった。


「だから、なんで居るの」


 もはや愚問にも等しい質問に、前夫は芙蓉の耳元に囁いた。


「愛してるからだ」


 思わず鼻で笑ってやった。

 けれど、前夫はそれに構わず芙蓉の体を好き勝手に弄った。


 ああ、この展開だとまたいつものパターンだ。


 夕食と入浴を終え、後は寝るだけとなった芙蓉は日干しした布団に寝っ転がる事だけを楽しみに寝室へと向かった。

 だが、そこに居たのは昼間帰った前夫。

 いや、ある程度予想はしていた。


 なぜなら、こいつは週の半分は夜に芙蓉の寝室に現れる。

 ちなみに昼間は毎日現れた。


 廃王妃となって嘆く?

 孤独にうちひしがれる?


 そんな暇など芙蓉にはない。


 最初の頃は「これは幻覚」と自己完結して部屋を立ち去ろうとして襲いかかられた。

 もちろん、そのまま寝台で行われたのは俗に言う夫婦の営み。

 いや、あんなものは夫婦の営みなものか。


 ただもう抵抗するのも疲れて好き勝手させているだけだ。

 逃げたってどうせ捕まるのだ。

 そもそも冷宮の外に一歩も出られない芙蓉と、出入り自由の前夫では最初から勝負にならない。


 冷宮はそう広い宮ではない。

 もちろん狭くもないが、後宮にある建物の中では一番小さいだろう。

 中庭だって荒れ放題だったし、池なんて水が全くない状態だった。

 それを芙蓉は自分の住みやすいようにせっせと掃除、修理してきたのだ。


 おかげで、芙蓉にとっての冷宮は今では半年前まで住んでいた王妃の間よりも住みやすく馴染んでいた。


 そして、そこまで来るには――まあ、前夫や上層部の協力も確かにあっただろう。

 一歩も外に出られない芙蓉。

 そもそも冷宮には粗末な衣だけで放り込まれた。


 冷宮では何もかも自分でしなくてはならず、それこそ着るもの、食べ物も自分で得なければならない。

 誰も運んできてなどくれないのだ。


 かといって、畑を耕しても蒔く種や植える苗がなければどうにもならず、衣も糸と布がなければ作り出す事は出来ない。


 その材料を、前夫と上層部はそれとなく放り込んでくれた。


 それぐらいならさっさと王宮から放り出してくれれば良いものを、監視の目をかいくぐってまで差し入れる前夫達。

 そこに、海国や泉国まで利用するから凄い。


 まあ、いくらかの国でも、海国や泉国と津国がタッグを組まれたら太刀打ちするのは難しいだろう。

 そういう所はきちんと考えているのか、タッグを組まれないように向こうも考えている。

 現時点では、海国と泉国もそれぞれの国や周辺国で問題事を抱えており、易々とタッグなど組んでいられない。

 しかし、やりすぎれば組まれるかもしれない。

 だから、かの国は動かない。


 海国と泉国から、廃王妃たる芙蓉への贈り物に口出しする事など。

 

 それを慈悲という形で与えている津王と上層部の行動を容認する事で自国の余裕を示しているのだ。


 まあ――そんな難しい事も芙蓉にとってはどうでも良いが。

 確かに差し入れがなければ生きていけないが、前夫が芙蓉を解放さえしてくれればいくらだって自活する方法はある。


 王妃として生活していた時間を芙蓉は一秒たりとも無駄にはしなかった。

 色々と諦めていたけれど、それでも自活方法は色々と学んでいた。

 後は実践するのみ。

 それには、この前夫をどうにかしなければならない。


 だが……前夫を説得し続けて半年。

 一度たりとも成功しなかったものを今回成功するかと聞かれればその可能性は限りなく少なかった。

 むしろそれすら面倒でしたくない。

 最初から無理と決まっているものをわざわざしたくない。

 しかし、このままだともっと酷い事になるのも事実だ。


 それなら面倒でも説得して、自活し出したら冷宮で差し入れてくれた品物の代金を倍返しにして送りつけ、そこで完全に縁を切ってしまえばいい。


 絶縁状――中々良い響きだ。


「って、そこ、服の中に手をいれるな」

「夫が妻と戯れて何が悪い」

「あんた正妻居るでしょうが。しかも、妾も沢山」

「ウジ虫はいるが妾なんていない」

「ああそう。なら、私もウジ虫か」

「違う」


 ぐいっと服をはぎ取られる。

 しかしそこは大戦で学んだ身のこなしでシーツを体に巻き付けて回避する。

 だが前夫も大戦の覇者の一神。

 シーツをはぎ取ろうとするその手つきは――。


「触るな痴漢」

「痴漢で良いから触る」


 津国の王が痴漢?

 笑えない冗談だ。

 というか、津王に心酔する津国国民があまりにも可哀想すぎる。

 そして上層部、誰か止めろよ、王のご乱心だぞ。


 しかし、それで止めにくる良識を持っているなら、そもそも王と手を組み芙蓉を閉じ込めたりはしないだろう。


 ってか、冷宮を取り囲む幾重もの鉄柵って何よ。

 ってか、冷宮を取り囲む鉄柵の間に埋め込まれた地雷って何よ。

 しかも一番外側の鉄柵に電流って殺す気か、おい。


 もし冷宮が火事になったら確実に芙蓉は焼け死ぬだろう。

 もしやそれを狙っているのか、この男。


「だからシーツをはぐな」

「抵抗するな」


 ぐいっと腕を掴まれ、後ろ手に縛り付けられる。

 ああ、またか。


 初めての時もそうだった。

 芙蓉の意思を無視して強引な関係を結ばされ、妻の座を押し付けられてからは一切の障害がないとばかりにその体を開かれた。


 芙蓉だって最初からこうだったわけではない。

 全てを諦めていたわけではない。

 もちろん、大半はめんどくさがっていたけれど、それでも――。


 結婚を拒み、王妃になる事を拒んだ夜。

 強引に体を奪われ、引き裂かれる傷みに初めて泣いた。

 痛くて、痛くて、泣き喚いた初夜。


 でも、芙蓉を助けてくれる相手なんて誰も居なかった。

 軍の仲間達は、津国の現上層部の誰もが見て見ぬふりをしたから。

 聞かないふりをしたから。


 全てが終わった後に、部屋にやってきた愛蓮が、前夫の義妹が笑って言った。


 ――これでずっと一緒に居られるね


 知ってて、黙認したのだ。

 見捨てられたのだ。


 助けを求めたって誰も助けてくれない。

 ならば助けを求める意味があるだろうか。

 声を上げても無視されるなら、最初から上げなければ良い。


(まさしく達観した老神だよね)


 一応はうら若き十七歳だが、考え方が完全に老神のそれだ。

 かといって夢を見るには、芙蓉は現実を見過ぎている。


 それに、ロクデモない男に捕まった時点で夢も希望もない。


(まあ、それでいえば果竪も同じだけどね)


 噂で聞いた、追放された従姉妹。

 凪国の王妃として連れ去られ、そしてモノのように捨てられて。


 まあ、果竪もああ見えて逞しいから追放先で元気にやっているだろうが――。


「いつか、会いたいな」


 最後に会ったのは、それぞれが与えられた領土に向かう前の日の事。

 それ以来、芙蓉は果竪には会っていない。

 会うことを赦されず過ぎ去った日々。


 いつか、いつか――。


「痛っ」


 首に噛みつかれた。

 痛みに芙蓉が前夫を睨み付ければ、その暗く淀んだ瞳とぶつかった。


「誰に会う気だ?」

「は?」

「お前は、誰、に」


 絞り出す声に芙蓉は嫌な予感がした。

 したが、かといって逃げる事は出来ない。


 押さえつけられた体は動かず、ただ足だけをばたつかせる事しか出来ない。


「お前は、俺の、もの、だ」


 おぞましい程に色香溢れる、けれど冷たく暗い声音に体が震える。


 どうやら踏んでしまったらしい――獅子の尾を。

 地雷が破裂する音が聞こえた。


 その後、自分の身に起こった事を芙蓉は思い出したくもない。

 ただ、いつもより格段に激しい一夜に、流石の芙蓉も熱を出して寝込んでしまった。


 とはいえ、その件によってしばらく前夫を出入り禁止に出来たのは、思いがけない収穫でもあったが。

 ただし、二度とやりたくないが――。


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