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冷宮の寵妃~津国恋歌~  作者: 大雪
第一章 冷宮の廃王妃
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第一話 冷宮の廃王妃

 冷宮――


 それはかつて人間界のとある帝国にあった「寵愛を失った妃を捨てる宮殿」を指す言葉。

 だが、それがあるのはなにも人間界"だけ"ではなかった。


 ここに津国という国がある。

 神々の世界たる天界十三世界が一つ――炎水界にて第二位の国力と領土を持つ大国。

 かの国の王宮奥深くにも、その宮はあった。

 後宮の端に位置し、幾重にも鉄柵に囲まれた中にある宮は寵愛を失った妃達の捨て場所として存在する冷宮と呼ばれし忌み地。


 別名「王の便所」。

 国を問わず全国共通。

 その場所に送られるのは死を越える恥辱とされ、狂死する者や自害する妃も居たとされるほどだった。


 現在津国王宮の冷宮には、一神の女神が住んでた。


 ただの戦争孤児から後の津王に十四歳の時に見初められ、かつては津国王妃と呼ばれた彼女は、今から半年前に他国から来た若く美しい王女にその座をとってかわられた。


 その廃王妃の名を、芙蓉と言う。

 若干十七歳。


 新しい王妃の誕生と共に開かれた後宮、作られた冷宮。

 その初めての住神たる彼女の末路は、他国の廃妃達のような悲惨なる狂死か、自害と囁かれていた。


 冷宮では全てを自分でしなければならず、居るのは最低限宮を維持する神材だけで廃王妃に仕える者達は居ない。

 侍女一神すら共を赦されず、誰も近寄らず。

 全てを喪った哀しき廃王妃は孤独の海に沈んでいく。


 だが――。


「どうしてあなたは此処に居るんですかね」

「……」


 そしてどうして自分はこの招かれざる客に茶を入れているのか。

 視線をそらし、優雅な手つきでお茶に口を付ける前夫と向かい合いながら芙蓉は心底首を傾げた。


 粗末な食卓の上にある粗末の茶器と前夫からの差し入れの茶菓子。

 これではまるでお茶会をしているようではないか。


 ん?前夫?

 既に廃王妃となっているのだから前夫で十分だ。


 と、かろうじて離縁こそ免れた身をどうでも良く思った。

 というのも、芙蓉としては離縁でも全く良かった、心底。


 むしろ前夫と上層部の余計な抵抗の末に廃王妃だが、妃の一人として残されたがゆえに後宮に留め置かれるこの身が心底――いや、めんどくさい。


 ああ、めんどくさい。

 全てがメンドクサイ。


 別に王宮から放り出されたところで、芙蓉にとってはどうでも良かった。

 むしろ、凪国の王妃として連れ攫われた従姉妹の果竪の所に行けて万々歳だった。


 芙蓉にとって前夫への未練はない。

 国にも、ただ今まで住んでいた土地程度の執着しかない。

 住めば都だが、住まなくなればただの土地。


 そもそも、芙蓉にとって前夫との婚姻自体が望まぬものだったのだから。


 始まりはまだ芙蓉が前の名前を名乗っていた時に遡る。

 『寿那』と両親に名付けられ、田舎の村で平凡に生きてきた彼女はある日故郷と家族を喪った。

 暗黒大戦――千年続いた地獄の乱世では特に珍しくない事であり、これまたよくある戦争孤児となった寿那。

 そんな彼女がある街に流れ着いた先で出会ったのが現在の前夫だった。

 当時、後の津国の上層部となる者達を率いて一軍の将となっていた前夫は別の少女に夢中だった。

 その少女こそ、前夫の父親の友神の娘だった少女。

 当時文武に秀で、教養高く歌舞音曲にも優れた何処に出ても恥ずかしくない一流の貴婦神として謳われていた彼女は、幼くして両親を喪い前夫の両親に養女として、前夫にとっては義妹として引き取られた。

 たぶん後の前夫の花嫁として。

 前夫もそのつもりだったし、当時は寿那の事など歯牙にもかけず、むしろ嫌がらせばかりしてきた。

 軍にいれたのもその一環だろう。


 けれど、大戦が終わり従姉妹と二神で再出発しようとした寿那の道を阻んだ前夫。

 いや、前夫だけではない。

 大戦にて深い絆で結ばれた後の津国上層部も、そして津国を超える大国となった従姉妹を奪ったあの凪国の王と上層部も、だ。


 従姉妹は現在の凪国国王の軍に居た。

 前夫と同じく軍を率い、その規模と勢力は上から数えた方が早いほど。

 この津国上層部と同じく、凪王の軍にてその実力を振るった凪国上層部。

 強い絆で結ばれた、王と上層部。

 現在の炎水界を統治する天帝が直属の十二王家が一つ――炎水家の指揮下に入り、その側近軍として前夫の軍と共に二大勢力として乱世を駆け抜けた。


 その凪王――萩波の幼馴染みとして、やはり戦争孤児となっていた従姉妹の果竪は大戦終結後に萩波に奪われた。

 萩波と、彼に心酔し、何よりも果竪を溺愛する凪国上層部によって果竪は連れ攫われた。


 とはいえ、もし寿那が自由の身なら果竪を追い掛けて凪国に移り住んだだろう。

 けれどそれは出来なかった。


 新たな天帝陛下の御前で行った前夫の勝手な宣誓によって寿那は津国王妃として封じられた。

 それはすなわち、津王となる前夫の妻となる事。


 拒んでも赦されず、遂には拒むことすら面倒になりそれを受け入れた。

 王妃として、望まぬ神生を。

 たった十四歳で、寿那は神生を諦め、また名前すら改めさせられ『芙蓉』という新しい名で生きる事を強要された。


 それから百五十年近く。


 芙蓉にとってある朗報がもたらされた。

 津国にとって無視できない勢力のある国からの王女の輿入れの申し出。

 そこは色々ときな臭い噂を聞く国だが、津国の繁栄の為には国交を継続しなければならず、更には津王に自分の妹を輿入れさせて世継ぎを産ませて外戚として権力を振るいたいかの王の隠さぬ欲望を無視できないほどには影響力のある国。


 津王には既に正妃が居ると分かっていても、その王妃を廃して王妹を正妃として輿入れする事を要求したかの国。

 泉国の王妹とは美貌こそ二大美妹と謳われても、その内面は天と地ほどに違うかの国の王妹。


 最初は輿入れ自体を拒み、次にはせめてどこぞの貴族の室に、更には王の側室で手を打とうとしていた津国側に強気で出る事数年。

 とうとう津国側はその申し出を受け入れた。

 それは、凪国に居る従姉妹が王宮から追放されたと聞いてから十八年目の事だった。


 そうしてあっという間に進んだ輿入れにより、芙蓉は正妃の座から引きずり下ろされた。

 また、姫君の輿入れと同時に開かれた後宮。

 これは芙蓉と離縁していれば開かずともすんだのに、せめて側妃の一神として残したばっかりに足下を見られて造られてしまった。

 芙蓉を側妃として残す事を認める代わりに、自分達の娘を後宮入りさせろ――そんな事を言う自国の一部の貴族や豪族、そして権力を求める者達。

 そして、やはり新たな正妃となった姫君の祖国から後宮入りさせられた他の側室候補達。


 あっという間に百花繚乱となった後宮は、炎水界で最も花咲乱れる場所として謳われる。


 そんな後宮に留め置かれる事となった芙蓉だが、だからといって後宮の中に彼女の場所はなかった。

 廃王妃となった、しかも元王妃など疎まれ忌避されても決して好意的に受け入れられない。

 だからそんな廃王妃となった芙蓉の居場所として造られたのが、人間界や天界十三世界にもある冷宮と呼ばれる宮殿だった。


 王の便所と呼ばれ、王の寵愛を喪った妃が送られる場所に芙蓉は一神送られた。

 それが半年前の事。


 それも全ては、前夫が芙蓉を手放せばすんだ事。

 もちろん芙蓉としては正妃が来た時点で自分のお役目はごめんとばかりに放逐される事を望んでいたし、むしろ正妃が芙蓉が留まる事を赦さないだろう。

 しかし現実に赦さなかったのは正妃に仕える者達で、正妃自体は全く芙蓉に無関心だった。

 いや、むしろ自分の意思も何もない正妃はただ周囲に流されるままに動いていた。


 一方、津国側も策を弄し、これだけはと譲らず芙蓉の意思を無視してこの冷宮に留めてしまった。


 側に置けずとも、忌み地と言われようとも、それでも留められるなら構わない。

 そこに芙蓉の意思は全くなかった。


 おかげで芙蓉は「冷宮の廃妃」、「冷宮の卑妃」と後宮の女性達からも蔑まされていた。


 一ミクロンたりとも芙蓉が望んだわけではないのに。

 むしろ、そっと離縁届けを差し出したのに前夫に破り捨てられた。


 そうして、嫌がらせのように芙蓉の所に毎日通ってくる前夫。


「お茶を飲んだら帰って」

「……」


 嫌だと言わないが、無言の時点で拒否だ、拒否オーラ全開だ。

 いつかくたばれ、このジャイアニズム。


 芙蓉から名を奪い、自由を奪い、従姉妹との平々凡々な未来を奪った男なんて美姫と名高い現在の正妃とイチャイチャして勝手に子供でも何でもつくればいいのだ。


 芙蓉と前夫の間には子は居なかった。

 それも正妃から引きずり下ろされた要因の一つだった。


 田舎出身。

 後ろ盾なし。

 神力弱い。

 十人並みな容姿。

 突出した才能なし。

 子は居ない。


 あるのは、若さだけ。

 それも、新たな正妃となったかの姫君(ピチピチの十四歳)にとってかわられた。

 そんな王妃など認めないと騒ぐ一部の者達と手を組んだかの国は、特に子の居ない部分をねちねちと攻めてきた。


 だが子が居なくて当たり前。


 芙蓉が断固拒否したのだ。

 子供が嫌いというわけではないが、子が居れば後々面倒になる。

 

 そしてその予想は当たっていた。

 子の居ない芙蓉は何の気がねもなく正妃から降りる事が出来たのだから。

 しかし、所詮前夫達の方が上手だったという事か。


 芙蓉にとっての本当の自由はまだまだ遠い。

 というか、廃王妃となったにも関わらず前夫に通ってこられるせいで、後宮の女性達の芙蓉に対する当たりは凄まじいというのに。


 後宮には強制的に入れられた者達も居るが、それはごく一部。

 九割方は王の寵愛を望み子を孕もうとしている。

 はっきりいって、そんな女達が溢れる事など軽く予想出来る後宮の存在をよく津王の外戚を望むかの国が認めたとも思う。

 しかし、向こうは王妹を正妃にした事で満足したのか、それとも後宮の女達など所詮は取るに足らないと思っているのか、これといった反応は全く見せなかった。

 むしろ、新たな側室候補を送る始末。


 しかもどの女性も美姫揃いという――。

 芙蓉としてはそっちに通って欲しい。


 だから前夫にここから帰るように言うが、目の前の王は頑として動かない。


 そもそも王の寵愛を喪った女性の送られる場所になんだって当の王本神が来るのか。


「帰れ」

「……」

「迷惑」

「……」

「王宮から私を叩き出せ」

「嫌だ」


 ようやく反応した前夫の言葉に芙蓉はイラッとした。

 これで前夫を心底愛していた妻なら少しぐらいはクラッとしたかもしれないが、芙蓉にとっては自分の意思を無視して強引に王妃にした男だ。


 そう、強引に。

 無理矢理関係を結び、逃げられないようにした男。

 新たな正妃が来た事でようやく解放されると思っていたのに。


「言っとくけど、子供は産まないから」

「……」


 芙蓉が王妃時代だった頃から異常にその一点に執着していた前夫。

 欲しいなら余所でつくって来いと言っても全く神の話を聞かなかった。

 また、廃王妃となった今の時点では産みたくても産めないが。

 それどころか産んだ方がとんでもない事になる。


 だから芙蓉は一神で生きていく。


「もう帰って」

「また、来る」


 そんな芙蓉の決意を無視するかのように言い残し、席を立つ前夫に芙蓉は嘆息した。

 彼に対する芙蓉の思いはただ一つ。


「面倒な男」


 王としては凪王と並ぶ聡明たる若き賢君。

 色香溢れる容姿端麗たる美貌は、凪王ほどではないが女性と見紛う妖艶さ。

 文武両道で、大国を維持・発展させる能力を持った彼はまさしく賢君の名に相応しい津国の建国王。

 その絶対的なカリスマ性と、今は神力制限されているものの、大戦で振るった強大な神力の凄まじさと多種多様な高位術は今でも語り継がれている。


 しかし、芙蓉からすれば「面倒な男」のただ一つでしかない。

 むしろ芙蓉を冷宮から出さないように、あらゆる仕掛けを施した粘着質な蛇の様な男。

 はっきりいって王妃時代の時と全く変わっていない。


 と同時に、賢君だが冷酷非道で残忍たる津王をそう断じれるのも、これまた芙蓉しか居なかった。


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