最後の戦いの観戦
夜の廃工場跡に、光が満ちていた。
少女が叫ぶたびに、金色の粒子が舞う。敵が咆哮するたびに、空気が黒く染まる。地面にはクレーターが連なり、鉄骨が溶け、もはや原形をとどめていない。
田中浩二は瓦礫の影で、缶コーヒーを飲んでいた。
別に野次馬根性で来たわけじゃない。ただ帰り道がここだっただけで、気づいたら巻き込まれていた。逃げるタイミングを失って、なんとなく座って、なんとなく見ている。四十三歳、独身、係長。それが今の彼の全部だった。
「希望がある限り、人は諦めない!」
少女が剣を振るう。声が綺麗だ、と浩二は思った。よく通る。練習したんだろうか。
「無駄だ。希望など幻想に過ぎない。最後に残るのは絶望だけだ!」
敵も負けていない。こちらはずいぶん低い声だ。腹から出ている。
二人の激突が、また地面を揺らした。
浩二は小さく笑った。どちらの主張も、どこかで聞いたことがある気がした。居酒屋で、会議室で、夜中のSNSで。希望だ絶望だと、みんな大声で叫んでいる。叫んでいる間は、自分が正しい気がするから。
少女がちらりとこちらを見た。
気づいていたらしい。この男が笑っていることに。
一瞬、攻撃の手が鈍った。
戦いが進むにつれて、奇妙なことが起きていた。
二人の主張が、少しずつ浩二に向き始めていた。
「見ていてください、これが希望の力です!」
「この男にもわかるはずだ、世界の本質が!」
浩二は二本目の缶コーヒーを開けた。ブラック。最近は甘いのが飲めなくなった。
かつては違った。二十代の頃、浩二にも叫びたいことがあった。変えたいものがあった。でも少しずつ削られて、少しずつ丸くなって、気づいたら何も叫ばなくなっていた。それを絶望と呼ぶ人もいるだろう。ただの諦めだと思っているが。
敵の最後の技が炸裂した。
黒い波動が広がり、周囲の人間が膝をつく。絶望の感情を直接抉る攻撃らしく、あちこちで嗚咽が聞こえた。
浩二は、特に何も感じなかった。
強いて言えば、少し眠くなった。
少女が視界の端で揺れた。膝をつきかけて、浩二を見た。
笑っている。この男が、また笑っている。
怒りとも疑問ともつかない感情が、少女の中で弾けた。立ち上がる理由なんてどうでもよかった。ただこの男の前で膝をついていたくなかった。
金色の光が、天に向かって伸びた。
世界中の希望が、少女のもとに集まった。
見知らぬ人々の祈り、子どもたちの笑顔、誰かを愛する気持ち。それが光の柱となって敵を貫いた。
浩二のもとには、誰も集まりに来なかった。
少女はそれを知っていた。戦いの最中から、この男だけが光を寄越さないことを。希望を持たない人間なのか、それとも拒んだのか。理由はわからない。ただそういう人間だということは、わかった。
敵が消えていく。
少女は息を整えながら、浩二のそばに歩み寄った。
「なんで笑ってたんですか」
浩二は立ち上がり、缶を握り潰した。少し考えてから、口を開いた。
「お前、ほんとはあれとも仲良くなるべきだったのにな」
少女の目が、一瞬揺れた。
それだけだった。
光が集まった。さっきとは違う。攻撃のための光だ。
浩二は避けなかった。避け方がわからなかったし、避ける理由も思いつかなかった。
光が彼を貫いた。
「危険分子は排除する。それが希望を守るということです」
少女は誰かに言い聞かせるように呟いた。
返事はなかった。
金色の粒子が夜風に溶けて、廃工場跡に静寂が戻った。少女は空を見上げた。勝利のはずだった。世界は救われた。希望は守られた。
なのになぜか、どこかに小さな棘が刺さったままだった。
次の戦いでも、その棘は抜けないだろうと、少女はなんとなく思った。




