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最後の戦いの観戦

掲載日:2026/06/18


夜の廃工場跡に、光が満ちていた。


少女が叫ぶたびに、金色の粒子が舞う。敵が咆哮するたびに、空気が黒く染まる。地面にはクレーターが連なり、鉄骨が溶け、もはや原形をとどめていない。


田中浩二は瓦礫の影で、缶コーヒーを飲んでいた。


別に野次馬根性で来たわけじゃない。ただ帰り道がここだっただけで、気づいたら巻き込まれていた。逃げるタイミングを失って、なんとなく座って、なんとなく見ている。四十三歳、独身、係長。それが今の彼の全部だった。


「希望がある限り、人は諦めない!」


少女が剣を振るう。声が綺麗だ、と浩二は思った。よく通る。練習したんだろうか。


「無駄だ。希望など幻想に過ぎない。最後に残るのは絶望だけだ!」


敵も負けていない。こちらはずいぶん低い声だ。腹から出ている。


二人の激突が、また地面を揺らした。


浩二は小さく笑った。どちらの主張も、どこかで聞いたことがある気がした。居酒屋で、会議室で、夜中のSNSで。希望だ絶望だと、みんな大声で叫んでいる。叫んでいる間は、自分が正しい気がするから。


少女がちらりとこちらを見た。


気づいていたらしい。この男が笑っていることに。


一瞬、攻撃の手が鈍った。


戦いが進むにつれて、奇妙なことが起きていた。


二人の主張が、少しずつ浩二に向き始めていた。


「見ていてください、これが希望の力です!」


「この男にもわかるはずだ、世界の本質が!」


浩二は二本目の缶コーヒーを開けた。ブラック。最近は甘いのが飲めなくなった。


かつては違った。二十代の頃、浩二にも叫びたいことがあった。変えたいものがあった。でも少しずつ削られて、少しずつ丸くなって、気づいたら何も叫ばなくなっていた。それを絶望と呼ぶ人もいるだろう。ただの諦めだと思っているが。


敵の最後の技が炸裂した。


黒い波動が広がり、周囲の人間が膝をつく。絶望の感情を直接抉る攻撃らしく、あちこちで嗚咽が聞こえた。


浩二は、特に何も感じなかった。


強いて言えば、少し眠くなった。


少女が視界の端で揺れた。膝をつきかけて、浩二を見た。


笑っている。この男が、また笑っている。


怒りとも疑問ともつかない感情が、少女の中で弾けた。立ち上がる理由なんてどうでもよかった。ただこの男の前で膝をついていたくなかった。


金色の光が、天に向かって伸びた。


世界中の希望が、少女のもとに集まった。


見知らぬ人々の祈り、子どもたちの笑顔、誰かを愛する気持ち。それが光の柱となって敵を貫いた。


浩二のもとには、誰も集まりに来なかった。


少女はそれを知っていた。戦いの最中から、この男だけが光を寄越さないことを。希望を持たない人間なのか、それとも拒んだのか。理由はわからない。ただそういう人間だということは、わかった。


敵が消えていく。


少女は息を整えながら、浩二のそばに歩み寄った。


「なんで笑ってたんですか」


浩二は立ち上がり、缶を握り潰した。少し考えてから、口を開いた。


「お前、ほんとはあれとも仲良くなるべきだったのにな」


少女の目が、一瞬揺れた。


それだけだった。


光が集まった。さっきとは違う。攻撃のための光だ。


浩二は避けなかった。避け方がわからなかったし、避ける理由も思いつかなかった。


光が彼を貫いた。


「危険分子は排除する。それが希望を守るということです」


少女は誰かに言い聞かせるように呟いた。


返事はなかった。


金色の粒子が夜風に溶けて、廃工場跡に静寂が戻った。少女は空を見上げた。勝利のはずだった。世界は救われた。希望は守られた。


なのになぜか、どこかに小さな棘が刺さったままだった。


次の戦いでも、その棘は抜けないだろうと、少女はなんとなく思った。

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