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月光館の令嬢と残高ゼロの錬金術  作者: ダッチショック


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第十話 ゼロコスト生活の極意と新たな調達術

篠田 啓介さんが台所で、米のとぎ汁と紙薪の灰から作った特製ペーストで銀器を磨いている間、私は館の清掃に取り掛かった。専門の清掃業者を雇う費用はもちろんゼロ。私自身が、この広大な屋敷の唯一の家政婦である。


しかし、市販の洗剤は高価だ。私は、洗剤の消費を極限まで抑える独自の清掃術を確立している。


私は、まず台所の流しの下から、古いレモンとオレンジの皮が大量に入った瓶を取り出した。


「篠田さん、休憩ついでに見ていただけますか。次の私の節約術です」


篠田さんは、輝きを取り戻した銀の砂糖入れを大事そうに置き、こちらを向いた。


「この柑橘類の皮は、私が社交界で手に入れたフルーツの残骸や、スーパーの特売品で消費した後の残りです。これを水と、砂糖を溶かした後の煮汁に漬け込み、数週間発酵させると、天然のクエン酸とアルコールを含む強力な万能洗浄液となります」


私は、その発酵液を小さなスプレーボトルに移し替えた。


「化学洗剤は一切使いません。この天然液で、床の油汚れから窓ガラスの拭き掃除まで、全てを賄います。費用はゼロ。匂いも爽やかで、副産物として廃棄物を削減できます」


篠田さんは、私を尊敬とも呆れともつかない目で見つめた。


「霧島様は、本当に『無駄』を存在させませんね。全てを循環させている」


「無駄は、最大の敵です、篠田さん」


清掃を終えた私は、さらに別の節約術を披露した。


「次は、衣服の管理です。これも大きな費用削減につながります」


私がクローゼットから取り出したのは、祖母の時代から伝わる、何十枚もの絹やリネンの古いハンカチだった。


「衣類は、修理費用やクリーニング代が非常に高価です。特に、私の社交界での装いは、僅かな汚れも許されません。しかし、この古いハンカチを、私は内側の汗取りとして利用します」


私は、絹のハンカチを、アンサンブルの脇の下や襟元に丁寧に縫い付けた。


「こうすることで、汗や皮脂が直接高価な服地につくのを防げます。使用後はハンカチだけを少量のお湯と、自作の石鹸で手洗いすれば、スーツ全体のクリーニング頻度を大幅に減らすことができる。これにより、一回数千円かかるクリーニング費用を、年に数回分削減できます」


「なるほど…消耗品の盾というわけですか」篠田さんは感心したように頷いた。


「その通りです。そして、最後の節約術です。これも、あなたの知識が必要かもしれません」


私は彼を、温室の横にある、雨水を集めている古い木樽の前に連れて行った。


「この雨水は、庭の散水と、私の洗髪に使用しています。水道代がゼロ。しかし、雨水は硬水で、髪がきしみます。そこで、私は洗髪後の仕上げに、庭のハーブを煮出したものを使っています。ですが、まだ完璧な柔らかさにはならない」


「篠田さん、あなたは古代の植物学者について詳しい。当時、貴族や裕福な人々が髪を柔らかくするために、どのような自然素材を利用していたか、心当たりはありますか。費用がゼロの素材でなければなりません」


篠田さんは、庭の植生を注意深く見渡し始めた。彼の瞳が、再び研究者としての光を放つ。


「この敷地内に生えている、ツバキの実はありますか。もしあれば、その種子を煎じて絞り出した油は、古代から髪の毛を保護するために使われてきました。また、庭の隅にあるスギナです。このスギナを煮出した液には、髪のキューティクルを整えるケイ素が多く含まれます」


「ツバキの実とスギナ…」私は即座に、頭の中で採集場所と時間を計算した。


「完璧です。ツバキの実とスギナは、私の生活費をゼロで、髪の美しさを維持するための天然の美容液となります。篠田さん、あなたの次の任務は、このツバキの実とスギナの採集と、それを使った天然リンス液の製造です」


私は彼に採集用の籠を手渡した。彼の労働力と知識は、私の生活のあらゆる側面で、最大のコスト削減を実現してくれる。


「霧島様。一つお尋ねしたいのですが…なぜ、これほどまでに節約しながら、私に銀器を磨くという非効率な労働を課すのですか。その間に、もっと別の作業ができたはずです」


私は、銀器の輝きを静かに見つめ、答えた。


「篠田さん。節約とは、単なる出費を減らすことではありません。信用を維持することこそが、最大の節約なのです。銀器が輝いている限り、誰も私を貧しいとは思わない。その信用が、弁護士との交渉を有利に進め、結果として、固定資産税という最大の支出を猶予させるのです。その猶予金こそ、あなたの労働力の何百倍もの価値を持つ、最大の節約成果なのですよ」



第十話 後書き 霧島 雅

読者の皆様、今回は私の日常的な「ゼロコスト生活」の極意を詳しくご紹介しました。


柑橘類の皮を使った自家製万能洗浄液、クリーニング代を削減するための古いハンカチを利用した汗取り、そして篠田さんの知識を活用したツバキの実とスギナの天然リンス。私の生活は、全ての廃棄物と自然の素材を循環させるという、徹底的な哲学で成り立っています。


特に、ハンカチを使ったクリーニング代の削減は、令嬢としての外見維持コストを減らす上で、非常に重要な戦略です。


そして、篠田さんの疑問への私の答えは、私の節約術の核心を突いています。私の節約は、「信用維持」という最大の戦略目標に全て従属しています。銀器磨きは、一見非効率に見えますが、最終的な目標である「固定資産税の猶予」という最大の節約を実現するための、最も重要な投資なのです。


次回は、篠田さんが見つけようとしている「幻の種子」の秘密が、私の食料自給自足計画と、どのように絡み合うのかを描きたいと思います。彼の研究の目的は、私の節約に新たな道を開くかもしれません。


どうぞ、今後の物語にご期待ください。


霧島 雅

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