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第5話:『闇夜の灯台と、眠れる白衣の魔女』

その夜、魔王城は死の世界になった。


発端は、数十年に一度という猛吹雪と、天を裂くような落雷だった。 深夜2時。凄まじい轟音と共に、城の魔力供給炉がダウンしたのだ。


フッ、と世界から色が消えた。 廊下の照明魔法が落ち、暖房結界が霧散する。 完全なる闇と、殺人的な冷気。 生身の魔物たちならパニックに陥るところだが、俺たちアンデッドには「夜目」がある。 俺は眼窩の奥の赤い光を明滅させ、漆黒の回廊を見渡した。


「……参ったな。何もかも停止か」


俺の骨格がカチカチと音を立てる。恐れではなく、寒さによる振動だ。 暖房の切れた石造りの城は、巨大な冷蔵庫と変わらない。 このままでは、夜勤明けのオークたちは凍死体で発見されるだろう。


だが、この絶望的な闇の中で、たった一箇所だけ、希望の光を放つ場所があった。


ブォォォン……


低い駆動音。そして、暗闇を切り裂く青と赤の光。 我らが聖域、**「ジドウハンバイキ」**だ。


「……さすがは、あの魔女の設計だ」


あの白衣の料理長リカは、この機械に「独立魔力バッテリー」なる予備電源を組み込んでいたらしい。 城中の機能が死に絶えた今、この鉄の箱だけが、嵐の海における灯台のように孤高の輝きを放っている。


俺はその光の前で、槍を突き立てて仁王立ちした。 ここを守らねばならない。


やがて、闇の向こうから、光と熱を求めて遭難者たちが集まってきた。 俺の足元には相棒の子犬ポチ。 壁からは同僚のゴースト。 そして、非番のゴブリンたちが、震えながら身を寄せ合ってくる。


「押すなよ。順番に温まれ。排熱口の前は譲り合いだ」


俺が交通整理をすると、魔物たちは大人しく自販機の側面にへばりついた。 ここは今、城内で唯一の避難所シェルターとなっていた。


その時だ。 廊下の奥から、ふらつく足音が近づいてきた。


「……うぅ……寒い……」


現れたのは、白い影だった。 いつもの威圧感はない。髪は乱れ、肩を抱いてガタガタと震えている。 人間である彼女には、夜目もなければ、寒冷耐性もない。 厨房からの帰り道、停電に巻き込まれ、方向を見失ってここまで辿り着いたのだろう。


料理長――リカだ。


魔物たちが「ヒッ」と息を呑んで道を空ける。 だが、今の彼女に部下を叱責する余力はないようだった。


「あ……光……電気……」


彼女は自販機に縋り付くと、震える手で小銭を投入した。 ガコン。 取り出し口に落ちた「ホットココア」を両手で包み込み、そのままズルズルと自販機の前に座り込んでしまった。


「……あったかい……生き返る……」


彼女は缶の熱を頬に押し当て、深く、長く息を吐いた。 張り詰めていた糸が切れたのだろうか。 極度の疲労と安堵から、彼女の瞼が重くなっていく。 コクリ、コクリと船を漕ぎ――。


コツン。


彼女の頭が、俺の腰骨(骨盤)に当たった。 そしてそのまま、俺の大腿骨にもたれかかるようにして、動かなくなった。 スースーという、あどけない寝息が聞こえてくる。


「……おい」


俺は困惑して見下ろした。 普段は「デンプンの老化がどうこう」と難解な呪文を唱え、俺たちを恐怖させる魔女。 だが今は、ただの「凍えた、か弱い生き物」に過ぎない。 人間とは、これほど脆いものだったか。


周囲のゴブリンたちが、ゴクリと唾を飲む気配がした。 「おい、魔女が寝てるぞ」「無防備だ」「今なら食えるんじゃねぇか?」


俺は無言で槍を横になぎ払い、切っ先を闇に向けた。


「……失せろ。起こした奴から串刺しにするぞ」


俺の眼窩の火を燃え上がらせて威嚇すると、野次馬たちは慌てて闇の奥へと散っていった。 静寂が戻る。


俺は槍を持ち直し、再び直立不動の姿勢を取った。 俺のマントを広げ、リカの方へ吹き込む隙間風を遮断する。 足元のポチも空気を読んだのか、リカの冷えた足先に寄り添って丸くなった。


「……無防備すぎるぞ」


俺はため息交じりに呟いた。 彼女の体温が、俺の冷たい骨に伝わってくる。 柔らかく、温かい。これが、生きている人間の熱か。


もし彼女がいなければ、この自販機は生まれなかった。 俺たちが凍える夜に、一時の安らぎを得ることもなかった。 ならば、今夜くらいは返すべきだろう。 彼女が俺たちに与えてくれた「熱」の恩義を。


俺は朝が来るまで、微動だにせずその場に立ち続けた。 彼女が安心して眠れる、頑丈な「壁」となるために。


・・・・・・


翌朝。 バチンッ! という音と共に、城内の照明が一斉に復旧した。


「……ん、ぅ……?」


眩しさに目を覚ましたリカは、自分が何にもたれて寝ていたのかに気づき、飛び起きた。 目の前には、朝日に照らされたスケルトン。 そして、自分の足元で眠る子犬。


「あ、あんた……ずっとそこに?」


「警備任務中ですので」


俺は短く答えた。 リカは少し顔を赤くし、乱れた白衣を整えた。 バツが悪そうに視線を泳がせた後、彼女はポケットから銀貨を一枚取り出し、俺の手のひらに押し付けた。


「……暖房代。取っときなさい」


それだけ言うと、彼女は逃げるように早足で去っていった。 いつもの不機嫌で、早口な魔女に戻って。


俺は手の中の銀貨を見つめた。 冷たい金属だが、そこには確かな温もりが残っていた。


「……暖房代、か」


俺は顎を鳴らして笑い、その銀貨を大切に懐へしまった。 長い冬が終わろうとしていた。

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