表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

第4話:『当たり付きのファンファーレと、語らない石の友』

今夜の魔王城は、奇妙なほど静かだった。

風も止み、雪も降っていない。凍てついた空気だけが、俺の骨の表面を薄氷でコーティングしていく。

午前3時。いつもの時間だ。

俺は巡回ルートを少し外れ、北回廊の奥にある聖域――**「ジドウハンバイキ」**の前へと立った。

「……今日は、コーンポタージュにするか」

俺は独りごちて、なけなしの銀貨を投入した。

昨日の夜勤中、同僚のオークが「とろみがある方が、保温時間が3分長い」という有益なデータを教えてくれたからだ。熱効率は重要だ。

俺は震える指で、「あったか~い」の黄色いボタンを押した。

その時だった。


ピロリロリン! パパパパーン!!


「ッ!?」

突如、静寂を切り裂くような派手な電子音が廊下に鳴り響いた。

敵襲か!? 警報魔法か!?

俺は反射的に槍を構え、周囲を警戒した。

だが、敵の気配はない。音源は、俺の目の前の「箱」だった。

デジタル表示板で、赤い数字が狂ったように回転し――**『7777』**で止まった。

『オメデトウゴザイマス!』

機械的な音声と共に、取り出し口にガコン、ガコン、と二つの重い音が響く。

俺は呆然と立ち尽くした。

これは……噂に聞く**「確率変動ジャックポット」**。

あの白衣の魔女リカが、「射幸心を煽って売上を伸ばす実験」として組み込んだプログラムだ。

俺は震える手で取り出し口を探った。

出てきたのは、熱々の「コーンポタージュ」が2本。

「……困ったな」

俺は2本の缶を両手に持ち、途方に暮れた。

俺の肋骨には、缶1本分のスペースしかない。

両手に持っていては槍が握れないし、片方を地面に置けば、この極寒の石畳では瞬く間に冷えてしまうだろう。

かといって、魔女からの贈り物を無駄にすれば、どんな呪いを受けるかわからない。

「……誰か、熱を必要としている奴はいないか」

俺は回廊を見回した。あいにく、今夜の巡回は俺一人だ。

俺は思考を巡らせる。

この城で、俺よりも寒く、孤独で、過酷な場所にいる者は誰か。

俺の視線は、回廊の窓の外――断崖絶壁に面した**「外壁」**へと向いた。

・・・・・・

テラスの扉を開けると、そこは完全な氷の世界だった。

俺は足元の氷に滑らないよう注意しながら、手すりの外側にある「突出部」へ身を乗り出した。

そこに、彼はいた。

ガーゴイル。

石でできた魔物。城壁に擬態し、侵入者を監視するのが彼の任務だ。

だが、ここ数百年、勇者がこのルートから侵入したことはない。

つまり彼は数百年もの間、一度も動くことなく、雪に埋もれ、氷に閉ざされ続けているのだ。

「……よう。生きてるか? 石の旦那」

返事はない。

彼の目も口も、分厚い氷で塞がれている。

ただの石塊に見えるが、俺にはわかる。彼の中にはまだ、微かな魔力の芯が残っているはずだ。

「今日はツイててな。余計な『熱』が手に入っちまったんだ」

俺は片方の缶を肋骨に収め、もう片方の熱い缶を、ガーゴイルの腕と胴体の隙間に、ぐいっと押し込んだ。

凍りついた石の肌に、スチール缶の熱が伝わっていく。

「……やるよ。とろみ成分増量だ」

俺は彼に背を向け、夜空を見上げた。

俺は動けるだけマシだ。彼は、動くことすら許されない。

その孤独たるや、骨だけの俺には想像もつかない。

ポタリ。

微かな水音がした。

振り返ると、ガーゴイルの顔を覆っていた氷が、胸元の熱によって溶け出していた。

溶けた水が、石の目尻から頬を伝い、顎へとツーッと流れ落ちる。

月明かりの下、それはまるで、頑固な石像が涙を流しているように見えた。

俺はマントの端で、その「涙」を乱暴に拭ってやった。

石の肌は、触れると指が張り付くほど冷たい。

だが、胸元に抱いた缶の周りだけは、確かな温もりを放っていた。

ガーゴイルは何も言わない。

だが、その無骨な顔つきが、少しだけ緩んだように見えたのは、俺の眼窩の錯覚だろうか。

「……じゃあな。朝まで持てよ」

俺はテラスを後にした。

肋骨の中の温もりが、いつもより少し誇らしく感じられた。

・・・・・・

翌朝。

白衣の魔女リカが、データの回収とメンテナンスにやってきた。

彼女は外壁の点検ついでに、ガーゴイルの足元に転がっている空き缶を見つけ、眉をひそめた。

「誰よ、こんなところにゴミ捨てたの……」

彼女は缶を拾い上げ、ふとガーゴイルの足に触れた。

そして、不思議そうに首を傾げた。

「……あれ? 妙ね」

彼女は懐から温度計のような器具を取り出し、ガーゴイルにかざした。

「外気温はマイナス10度なのに、この石像……表面温度がプラス5度もある。

石の比熱容量じゃありえないわ。……内部で核融合でも起きてるの?」

リカは「新種のゴーレムウイルスか? それとも未知の熱エネルギー?」とブツブツ呟きながら、ガーゴイルの周りをぐるぐると調査し始めた。

俺は少し離れた柱の陰から、その様子を見ていた。

ガーゴイルは相変わらず、無言で空を見つめている。

だが、心なしかその表情は、昨日よりも晴れやかに見えた。

俺は自身の肋骨を軽く叩き、朝の光の中へ歩き出した。

今日の夜勤は、悪くなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ