表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

第2話:『白衣の魔女は、夜明けに鍵束を鳴らす』

午前3時。魔王城の廊下は、死のような静寂に包まれている。

いや、俺は既に死んでいるのだが、この時間の寒さは別格だ。骨の髄がない俺ですら、幻肢痛のように芯からの冷えを感じる。

俺は槍を壁に立てかけ、いつものように廊下の突き当たりへ向かった。

そこには俺の恋人――いや、命綱である**「ジドウハンバイキ」**が待っているはずだ。

銀貨を握りしめた指骨が、カチリカチリと音を立てる。

「……?」

違和感に気づいたのは、あと数歩のところだった。

いつもなら暗闇に浮かび上がる、安らぎの青と赤の光。それが今日は、どこか禍々しい色を帯びている。

俺は目の前の光景に愕然とした。

『うりきれ』

『うりきれ』

『うりきれ』

全てのボタンの下に、赤い文字が点灯している。

青い「つめた~い」も、赤い「あったか~い」も、全てが拒絶の赤一色に染まっていた。

まるで、機械が血の涙を流しているようだ。

「……そんな……嘘だろう……?」

俺は震える手で、一番右端――「微糖」のボタンを押した。

ガシャッ。

虚しい金属音が廊下に響くだけ。あの重厚な駆動音も、温かい筒の落下音もない。

昨夜、オークの部隊が夜会でも開いたのか? それとも、俺の信仰が足りなかったのか?

熱源ヒートを失った俺の肋骨を、容赦ない冷気が吹き抜けていく。

俺はその場に膝をつき、動かなくなった鉄の箱に縋り付いた。冷たい。まるで死体だ。

俺の夜は、ここで終わるのか。

その時だった。

コツ、コツ、コツ……

廊下の奥から、規則的な足音が響いてきた。

硬い靴底が石畳を叩く音。それは、この城の兵士の足音ではない。もっと無機質で、冷徹な響き。

ジャララ……

重たい金属が擦れ合う音が続く。

俺は本能的な恐怖で立ち上がり、とっさに柱の陰に身を隠した。


現れたのは、女だった。

闇の中でも白く浮き上がる、純白の衣。

疲れ切った表情の中に、感情の光がない瞳。

**「料理長」**だ。またの名を、白衣の魔女。

(……見つかってはならない。魂ごと喰われる)

俺が息を殺して見守る中、彼女は「ジドウハンバイキ」の前に立った。

そして、腰から取り出した巨大な鍵を、機械の腹部に突き立てる。

ガチャン! ギィィィィィ……

悲鳴のような音と共に、鉄の箱が観音開きにされた。

俺は顎が外れそうになった。

見てしまった。神の体内なかを。

そこには、複雑怪奇な管と配線が這い回り、冷気が渦を巻いていた。

そして、空っぽになったストッカーが、肋骨のように整然と並んでいる。

あれは機械ではない。内臓だ。

「……チッ」

魔女が舌打ちをした。空気が凍りつく。

彼女は足元の段ボールから、新しい筒を取り出し、機械の体内へ乱暴に押し込んでいく。

ガシャン! ガシャン! ガシャン!

まるで、巨大な散弾銃に弾丸を装填するような音。

あるいは、骨を砕いて詰め込む音。

「……ったく、コーンスープばっか売れすぎ。血糖値上がるわよ、お前ら」

彼女がボソリと呟いた。

ヒィッ! 俺の頭蓋骨の中で声が反響する。

「お前ら」とは俺たちのことか!? 俺たちの骨髄をコーンスープにするという呪詛か!?

補充が終わると、彼女は扉を乱暴に閉めた。

バン!!

その衝撃で、俺の頸椎が少しズレた気がした。

彼女は懐から四角い板を取り出し、何かを操作すると、再び「うりきれ」の文字が消え、美しい青と赤の光が戻った。

死者が蘇生したのだ。

「……ゴミ、溢れてんじゃん」

彼女は最後に、ゴミ箱から溢れていた空き缶を片手で鷲掴みにし、大きな袋に放り込んだ。

そして再び、コツコツと足音を鳴らして去っていく。

その背中は、どんな魔王よりも大きく、恐ろしく見えた。

・・・・・・

足音が完全に聞こえなくなるまで、俺は動けなかった。

数分後。

俺は這うようにして、蘇った祭壇の前へ出た。

銀貨を入れる。ボタンを押す。

ガコン。

温かい「微糖コーヒー」が落ちてきた。

俺はそれを拾い上げ、肋骨に抱く。

じわりと広がる熱。

だが、昨日の温もりとは何かが違った。

この熱は、あの魔女の気まぐれによって与えられたものだ。

彼女が鍵を回せば、俺たちはいつでも凍える夜に突き落とされる。

俺たちの生殺与奪の権は、全て彼女が握っているのだ。

「……いただきます」

俺は誰にともなく呟き、温かい缶を強く抱きしめた。

恐怖を知ってなお、この温もりには代えられない。

それが、俺たちの業というやつなのだろうか。

朝日が昇るまで、あと2時間。

今日のコーヒーは、いつもより少しだけ苦い気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ