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第四話「獅子の警告」

俺たちは宿屋を出ると、組合の本部へと向かった。

この裏社会で生きる者たちが集う、非公式の互助組合、通称「迷いストレイ・キャット」。


作戦は決まった。

まずは情報収集。


敵が誰かも分からないまま、闇雲に動くのは愚策だ。


「迷い猫」の本部は、王都の裏路地の奥深く、一見すると廃墟にしか見えない建物の地下にあった。

合言葉を告げ、厳重な扉を抜けるとそこは、俺たちが普段利用している酒場の支部とは比べ物にならないほど巨大な空間。

高い天井、大理石の床、そして忙しなく動き回る職員たち。

その一角に、俺たちの目当てである「資料室」があった。


「すごい蔵書量だな」

部屋を埋め尽くす書架に、俺は思わず声を漏らす。


ここには、過去数十年間に「迷い猫」が扱った依頼の記録や、組合員が残した報告書、地域の地図などが、すべて保管されているという。


「手分けして探すぞ」

ケイが言った。


「俺は地図と過去の討伐記録を。」

「エレインは古代文明に関する文献を。」

「アーサーは、王家の騎士団が関わった過去の依頼記録を頼む」


「了解」


「アーサー。いつものように、面白そうな記述だけ読んで満足するなよ。今回ばかりは隅々まで目を通せ。いいな?」

ケイの真剣な言葉に、俺は頷き返し、それぞれの目的の棚へと足を進めた。


一時間、二時間と、黙々と羊皮紙の束をめくり続ける。

資料室での情報収集は、予想外に難航した。

例の噂に繋がるような、不穏な記述はどこにもない。


「なんだよ、全然情報がねえじゃねえか」

俺が苛立ち紛れに報告書を棚に戻すと、ケイとエレインも、いつの間にか隣に来ていた。


「こっちもだ。公的な記録には何もない」

「私の方も、一般的な古代文明の様式、という以上の記述は見当たりませんでした」

三人の間に、重いため息が落ちる。


俺は頭をガシガシと掻いた。

「これって逆に、大したことないってことだろ? 楽勝じゃん!」


「逆だ、アーサー」

俺の軽口を、ケイが即座に否定する。


「これだけ「何もない」ということ自体が、何者かが情報を隠している何よりの証拠だ。より危険だということだぞ」

その言葉が、まるで呼び水になったかのようだった。


資料室の入り口から、部屋の空気を震わせるような、朗々とした声が響いた。


「その通りだ。小僧ども、その遺跡に手を出すな」


俺たちが驚いて振り返ると、そこには、見上げるほどの巨躯を持つ男が、腕を組んで立っていた。

筋骨隆々とした肉体を、上等な革のベストが包んでいる。


オールバックに固められた黒髪。

そして、全てを見透かすような、力強い瞳。

スキル派をまとめ上げる、生ける伝説。


ボールス・ロックウェル、その人だった。


「ボールス、さん。なぜ、ここに」

ケイが、驚きと緊張の入り混じった声で尋ねる。


ボールスは、そんな俺たちを一瞥すると、ゆっくりと部屋に入ってきた。

「お前たちが、嗅ぎ回っている噂は、ただの魔物騒ぎじゃない」

彼の声には、有無を言わさぬ圧があった。


全身の肌がピリピリと粟立つ。

これまで対峙したどんな魔物よりも、目の前にいるこの男の方が、遥かに「格上」だと、俺の本能が警鐘を鳴らしていた。


脳裏を、ありえない光景がよぎる。

ケイが最強のスキル【絶対防御】を展開しても、この男が何気なく放った拳の一撃で、光の盾がガラスのように砕け散る。

そんな、悪夢じみた確信。


ゴクリと唾を飲む音だけが、やけに大きく部屋に響いた。

ボールスさんは、ゆっくりと俺たちの前まで歩いてくると、重々しく口を開いた。


彼とは、俺たちがこの首都で活動を始めてすぐの頃に出会った。

記憶のない俺の境遇を知り、何かと目をかけてくれる、恩人であり、スキルを持つ者たちの偉大な目標でもある。


「単刀直入に聞く。お前たち、あの遺跡で何をするつもりだ?」

「なぜ、それを」

ケイが絞り出すように言うと、ボールスさんはフン、と鼻を鳴らした。


「お前たちの後援者は誰だと思っている。この首都でお前たちが嗅ぎ回っている情報くらい、俺の耳にも入るさ」

彼の言葉は、俺たちが常に彼の庇護下にあることを示していた。


だが、今の彼の瞳に、いつものような親しげな色はない。

「もう一度言う。あの遺跡に手を出すな。お前たちが嗅ぎ回っている噂は、ただの魔物騒ぎじゃない。王家の、それも最も深い闇に繋がる「罠」だ」

「罠?」

「そうだ。7年前にも、お前たちのように、才能と正義感に溢れた一人の男が、王国に関わって失脚した。」

「英雄と呼ばれた男だったが、最後は反逆者の汚名を着せられてな」

彼の言葉は、ただの脅しではなかった。

その瞳の奥に、深い悔恨の色が浮かんでいるのを、俺は見逃さなかった。


「彼の悲劇を繰り返させてはならん。これは、駆け出しのお前たちが手を出していい領域じゃない。下手に動けば、証拠も残さず消されるぞ。アーサー。お前の記憶を探したいという気持ちは分かる。だが、死んでしまっては元も子もない」

ボールスさんは、俺の目を真っ直ぐに見て言った。


「この件は、我々スキル派が動く。お前たちは手を引け。これは、命令だ」


(スキル派)この国に存在する、二大勢力の一つ。

血筋と伝統を重んじる貴族中心の(魔法派)に対し、俺たちのような平民出身のスキル使いが多く所属するのが、ボールスさんが率いる(スキル派)だ。


そのトップからの、有無を言わさぬ厳しく重い言葉だった。

ボールスさんはそれだけ言うと、俺たちの返事も聞かずに、静かに資料室を去っていった。

残されたのは、圧倒的なまでの重圧と、沈黙だけだった。



宿屋への帰り道、誰も一言も発しなかった。

部屋に戻り、扉を閉める。


ベッドの上では、機能を停止したルナが、静かに横たわっていた。

その小さな姿を見つめながら、ケイが壁に拳を叩きつけた。


「彼の言う通りだ。今の俺たちでは、あまりに未熟すぎる」

ケイが、普段めったに口にしない弱音を吐いた。

エレインは、深く思いつめた顔でただ俯いている。

部屋の空気が、諦めで満たされていく。


だが、俺の心は不思議と凪いでいた。


ボールスさんの話を聞いて、恐怖よりもむしろ確信が強くなっていた。


「なあ、二人とも」

俺は、眠ったままのルナを抱き上げた。


「俺、過去のことは何も覚えてねえ。自分が何者かも、どんな人生を送ってきたのかも」

「でもな、一つだけ分かることがある」

ルナの小さな体を、そっと抱きしめる。


「俺は、困ってる仲間を見捨てられない。それが、俺なんだ」

ケイとエレインが、息を呑む。


「記憶がなくても、これだけは変わらない。だから・・」


「俺は、行く」


その言葉に、迷いはなかった。


その時だった。

それまで黙っていたエレインが、何かを思いついたように話し始めた。


「待って。勝算がないわけじゃないかもしれないわ」

「どういうことだ、エレイン?」

ケイが尋ねると、彼女はルナを指差した。


「彼女は、自分を「古代文明によって造られた」と言っていた。そして、遺跡も「古代遺跡」。もし、彼女がその遺跡の正規の「鍵」や「案内人」だとしたら?」

エレインの言葉に、俺とケイは目を見開いた。


「ボールスさんや、王家の連中でも知らない、遺跡の正規ルートや、隠された機能を知っているかもしれない。彼女がいれば、敵の裏をかいて目的を達成できる可能性があるかもしれないわ」

「なるほどな。確かにその通りなら、ルナの姉妹機とやらも助けられるかもしれないな」

ケイの表情から、迷いが消えた。


俺は、エレインとケイの顔を交互に見て、そして、力強く頷いた。

ボールスさん、あんたの言う通り、俺たちはまだ未熟なのかもしれない。

でも、俺たちには、あんたも知らない「切り札」がある。


俺たちの、本当の戦いが今、始まろうとしていた。



最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。

新人作家の、しきです。


初めての小説執筆で、毎日ドキドキしながら投稿しています。

皆様からの応援が、執筆を続ける、何よりの燃料です!


「まあ、読んでやってもいいか」と思っていただけましたら、

ぜひブックマークと評価で応援していただけると、めちゃくちゃ嬉しいです!

次回も、よろしくお願いします!


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