第三話「虹色の来訪者」
「10連ガチャ」のボタンが押された瞬間、スクリーンが激しく振動した。
まばゆい光が部屋を満たし、十枚のカードが画面上で裏返っていく。
最初の一枚、二枚八枚目までは、N(干し草の塊)やR(小ぶりのナイフ】)といった、見慣れた光だった。
まあ、こんなもんだ。
SR以上が一つ確定しているんだ、贅沢は言うまい。
そして、九枚目のカードが裏返った瞬間――
「キィィン!」という甲高い金属音と共に、スクリーンそのものが激しく振動した。
カードから溢れ出したのは、ただの光じゃない。
虹色の粒子が嵐のように部屋の中を駆け巡り、振動でテーブルの上の空き瓶がカタカタと音を立てる。
「うおっ!?」
「何だ、これは!?」
俺とケイが驚きの声を上げる中、虹色の光は一点に収束し、カードに刻まれた文字を、荘厳に浮かび上がらせた。
(SSR【壊れた自律人形】)
「SSR!?」
俺が呆然と呟く一方で、ケイとエレインの表情が、俺とは違う意味で硬くなっていることに、興奮していた俺は気づかなかった。
強力すぎる力は、時として、持ち主の平穏を壊す刃となる。
記憶探しの旅が、危険な領域に足を踏み入れようとしていることを、二人は静かに危惧していた。
スクリーン上のカードが眩い光の粒子となって溶け出し、俺たちの目の前のテーブルの上に集束していく。
光が収まった時、そこに一体の人形が座っていた。
美しい銀髪、滑らかな白い肌はまるで陶器のようだ。
アンティークドールのような豪華なドレスを着ているが、その腕や足の一部は、無機質な金属の関節がむき出しになっており、「壊れている」という言葉を裏付けていた。
人形は、閉じていた瞼をゆっくりと持ち上げた。
現れたのは、感情の読めない、金色の瞳だった。
人形の瞳が部屋をスキャンするように動き、やがて、俺の姿を捉えて止まる。
カチリ、と小さな駆動音がして、彼女の唇が、わずかに開いた。
「マスター認証、完了。自律人形、モデルネーム「ルナ」、起動します」
平坦で、抑揚のない声。
俺たちは、ただ唖然として、その光景を見つめていた。
「お、おい、なんで消えないんだ? 召喚獣は、役目が終わったら帰るもんなんだろ?」
俺の素朴な疑問に、ケイが厳しい表情で答えた。
「おかしい。召喚獣は、本来なら一時的な現象のはずだ。これでは、まるで、この世界に新しく生まれた実体じゃないか。アーサー、お前のスキルは、一体」
ケイの言葉には、答えの出ない問いに対する、深い困惑が滲んでいた。
「え、えっと、ルナ、だっけ? お前、何ができるんだ?」
「……データベースを、検索中」
ルナの金色の瞳が、一瞬激しく明滅した。
「・・エラー。データの、大部分が、破損。私の、機能の78%が・・使用不可」
「壊れてるって、そういうことか・・」
ケイが呟く。
「ですが、マスター」
ルナが、初めて感情らしきものを見せた。
苦しそうに、声を震わせる。
「緊急事態を、報告します」
「緊急事態?」
「私の、メモリー領域に残る、最終指令……」
そして、彼女は語り始めた。
「南、『静寂の森』、古代遺跡……王家の…紋章を持つ、脅威存在を確認…」
「私の、姉妹機たちが、危険に」
ルナの声に、ノイズが混じる。
金色の瞳が、苦しそうに揺れた。
「要請します、マスター。どうか、姉妹機たちの、救出を」
その言葉を最後に、ルナは機能を停止したかのように、ぐったりと動かなくなった。
部屋は、再び静寂に包まれる。
組合で耳にした静寂の森の噂が、今、現実となって俺たちの目の前に突きつけられた。
沈黙を破ったのは、俺だった。
「聞いたかよ、二人とも」
俺は、興奮で震える声を、無理やり押さえつけた。
「俺のガチャが、行けって言ってるんだ。これはもう、ただの噂じゃねえ!」
「待て、アーサー。だからこそ危険すぎる」
ケイの声は、先ほどまでとは比べ物にならないほど、硬くなっていた。
「相手は王家だぞ。今の俺たちが、国の騎士団に正面から敵うとでも思っているのか? それに静寂の森は最近失踪者が続出しているという噂がある、あそこに行くのはただの自殺行為だ」
ケイの言いたいことは、痛いほど分かっていた。
それでも、行く価値はある。
いや、行かなければならない理由ができた。
「なら、俺一人で行く」
「なっ!?」
「これは、俺の問題だ。お前たちを、これ以上危険な目に遭わせるわけにはいかねえからな!」
俺は壁にかけてあった剣に、手を伸ばした。
その腕を、華奢な手が、そっと掴んだ。
エレインだった。
「行かせないわ」
「エレイン」
「一人で行かせるわけないじゃない!」
彼女は、震える声で、しかし強い意志を宿した瞳で、俺を真っ直ぐに見つめた。
「私たち三人は、ずっと一緒だって、そうでしょう? アーサーの痛みは、私たちの痛み。アーサーの目的は、私たちの目的なのよ」
エレインの言葉に、ケイがゆっくりと立ち上がった。
そして、大きなため息をついた後、まるで降参するように、両手を上げた。
「分かった。分かったよ。どうやら、俺が折れるしかないらしいな」
彼は俺の肩に、兄貴分らしい、力強い手を置いた。
「ただし、条件がある。無策で突っ込むのは絶対に許さん。まずは徹底的に準備をする。いいな?」
その言葉は、もはや反対ではなく、覚悟を決めた男の、頼もしいリーダーの言葉だった。
俺は、エレインとケイの顔を交互に見て、そして、力強く頷いた。
「ああ。もちろんだ」
一人では見つけられなかったかもしれない光。
一人では、きっと心が折れていた。
だが、今は違う。
俺たちは、四人(?)で一つだ。
その夜、俺は興奮と疲労で、すぐに眠りに落ちた。
腕の中には、機能を停止したままの小さなルナを抱いている。
部屋の隅のテーブルでは、二つの影が、蝋燭の光に照らされて静かに言葉を交わしていた。
「ケイ。本当に、良かったのでしょうか?」
エレインの声は、不安に震えていた。
「SSRなんて、あんなに規格外のモノを引いてしまった。アーサーの身に何か影響がなければいいけれど」
ケイは、窓の外に浮かぶ月を見ながら、静かに答えた。
「影響がないはずがない。俺もアーサーの体が心配だ。」
彼の声には、昼間の冷静さとは違う、深い憂いが滲んでいた。
「それだけじゃない、あの遺跡はアーサーが真実を知るきっかけになるかもしれない。そして、それは、俺たちが最も避けなければならない事態だ」
「では、なぜ!」
「あいつの目を見たからだ」
ケイは眠っている俺に、優しく、それでいて苦しそうな視線を向けた。
「記憶を取り戻したいという、あいつの真っ直ぐな目を、俺は止められなかった。7年前、何もできずにあいつだけに代償を払わせてしまった俺が、今さら、あいつの願いを否定することなど、できるはずがないだろう。」
それは、アーサーには決して聞かせられない、兄貴分の本音だった。
エレインは、唇を噛みしめ、祈るように両手を組んだ。
彼らが守ろうとしているのは、アーサーの命か、彼の平穏な日常か、それとも、アーサーの願いか。
その答えが出ないまま、アストリアの夜は、静かに更けていった。
(使用ポイント:1000 pt → 残りポイント:12 pt)
【今回の10連ガチャ結果】
N(干し草の塊)
N(きれいな小石)
R(小ぶりのナイフ)
N(干し肉)
R(治癒ポーション(小))
N(丈夫なロープ)
N(木製の矢(10本))
R(スキル:火起こし)
SSR(壊れた自律人形)
N(鉄くず)
「SSRは大当たりだが、相変わらずNランクのセンスは謎だな。干し草の塊って、馬にでもなれってか?」
最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。
新人作家の、識です。
本日の投稿はここまでです。
明日以降は毎日1話ずつの投稿予定です。
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