第二十四話「合成という名の創造」
激しい金属音が、静かな修練場に響き渡る。
衝撃は、手にした鎖を伝い、腕を痺れさせ、脳を揺らした。
「――遅いッ!」
ボールスさんの雷のような怒声が飛ぶ。
寸分違わぬタイミングで放たれた彼の巨大な拳。
それを俺は、咄嗟に鎖を盾のように展開して受け止めた。
だが、あまりの威力に体は大きく後方へと吹き飛ばされ、無様に地面を転がる。
「ぐっ、はっ……!」
受け身は取った。だが、全身の骨が悲鳴を上げている。
ここに来て、数週間。俺の体は、無数の痣と切り傷に覆われていた。
来る日も来る日も、ただひたすらに鎖を振るった。
ボールス・ロックウェルという、生ける伝説を相手に。
それは、もはや「組手」などという生易しいものではなかった。
「どうした、アーサー! その程度か! その程度で、あの金色の小僧に勝てると思っているのか!」
ボールスさんの叱咤が、折れかけた心をさらに抉る。
何度も、もうダメだと思った。
だが、その度に脳裏に蘇るのは、血の匂いと、命の消える感触。
(この力は、俺の罪だ。だったら、俺がこいつの主になってやる……!)
俺は再び鎖を構え直し、ボールスさんを睨みつけた。
『マスター。心拍数、危険域です。五分間の休息を推奨します』
腕輪へと姿を変えたルナの声が、脳内に直接響く。
「……まだ、やれる」
『否定します。筋肉の断裂が始まっています』
「それでも、だ!」
俺は、鎖を地面に叩きつけた。
そうだ。ただ闇雲に鎖を振り回しているだけでは、ボールスさんには傷一つつけられない。
ボールスさんの教えは、ただ一つ。
『思考しろ』
『運を、貴様の思考で、必然に変えろ』
(思考……思考だ。俺の武器は、この、クソみたいなハズレばかり吐き出す【ガチャ】そのものだ……!)
(ルナ、相談がある。もし、複数のアイテムを組み合わせて、一つの新しいアイテムとして取り出す、なんてことは可能か?)
《……検索中……該当するコマンドは、当機のシステム内には存在しません。
ですが、マスターのスキルは、邪神のシステムに直結しています。
システムの“設計思想”に反する、想定外のコマンドを実行した場合、何が起こるかは、予測不能です》
(つまり、やってみる価値はある、ってことか)
その、あまりに突飛な発想。
神への挑戦にも等しい、冒涜的な思考。
俺が、その可能性に意識を集中させた、その瞬間だった。
《……システムに、未定義のコマンドが入力されました。
新プロトコル【アイテム・シンセサイズ(合成)】の起動を、試行しますか?》
《警告。これは、スキルシステムそのものに、不可逆な変化を及ぼす可能性があります》
ルナの言葉に、俺はニヤリと笑った。望むところだ。
「――ああ。試してやるさ。俺のガチャは、俺がルールだ」
その言葉を合図に、ガチャのシステムが、これまでとは違う、眩い光を俺の意識の中で放った。
地獄の特訓の中で、俺は、ついに進化の糸口を、その手で掴み取ったのだ。
◇
(――試してやる!)
高揚する心を抑えきれない。
俺はボールスさんとの距離を大きく取ると、ルナに心の内で話しかけた。
(ルナ、サポートを頼めるか? これから、いくつか合成アイテムを連続で使って、ボールスさんの動きを誘導する。
俺の狙いは、ほんの一瞬、完璧な隙を作ることだ)
(お前には、その瞬間――奴が完全に足を止める、そのコンマ数秒を、正確に教えてほしい。できるか?)
《……可能です。
ボールス氏の行動パターンと、マスターが使用するであろう合成アイテムの予測効果をリアルタイムで照合。
最大の好機を算出します。
ただし、合成は未知の領域です。予測と異なる結果になる可能性を考慮してください》
頼もしい相棒の返事を確認し、俺は思考を巡らせる。
(まずは、罠の設置だ。N【鉄の杭】と、N【丈夫なロープ】を――合成!)
俺はボールスさんから死角になる左右の木々の間に、気づかれないようにR【拘束用の柵】を事前に設置した。
(次に、N【干し草の塊】と、N【火種】と、N【油】を――合成!)
即座に創造したR【燃え盛る障害物】を、ボールスさんの背後、退路を塞ぐように複数具現化させる。
炎の壁が、彼の背後を覆った。
「……また、これか。芸が無いな」
ボールスさんは、グレンとの戦いの報告書を読んでいるのだろう。
俺の意図を察し、心底つまらなそうに肩をすくめた。
だが、それこそが、俺の狙いだった。
(N【炭の粉】と、N【発火布】を合成!)
次に俺が放ったのは、R【煙幕弾】。
着弾と同時に、刺激性の黒い煙が、ボールスさんの視界を完全に奪う。
(今だ!)
俺は煙の中へと突っ込み、【捕縛の鎖】を放った!
ボールスさんは、気配だけで鎖の軌道を読み、それを左へと回避する。
だが、その先には、俺が事前に設置しておいた、柵が待ち構えていた。
「なっ!?」
予期せぬ障害物に阻まれ、ボールスさんの体勢が、ほんの一瞬、崩れる。
《マスター! コンマ3秒の完全な硬直! 今です!》
ルナの完璧なタイミングでの指示が、脳内に響く!
(――もらった!)
俺は、その、千載一遇の好機に、全神経を集中させた。
ストックから、最後の「ゴミ」を取り出す。
(N【岩のかけら】を、ありったけ――合成!)
俺が創造したのは、グレンに使った壺などではない。
もっと巨大で、もっと殺意に満ちた、R【巨大な岩塊】。
それを、体勢を崩したボールスさんの、真上に、具現化させた。
そして、ただ、一言、叫ぶ。
「――チェックメイトだぜ!」
巨大な岩塊は、重力に従って、落下する。
狙いは、寸分違わず、ボールスさんの頭上。
しかし――。
「――甘いッ!!」
雷鳴のような、怒号。
ボールスさんは、体勢を崩したまま、ただ、天に向かって、拳を突き上げた。
それだけだった。
凄まじい轟音と共に、俺が作り出した岩塊が、まるで小石のように、粉々に砕け散った。
衝撃波が、俺の作った煙幕も、炎の壁も、全てを吹き飛ばす。
視界が晴れた時、そこに立っていたのは、服一つ汚していない、仁王のようなボールスさんの姿だった。
彼は、砕け散った岩の雨の中、静かに、俺を見下ろしていた。
「グレンを倒しただけのことはある、悪くはない思考の組み立てだ」
彼は、初めて、俺の戦術を、褒めた。
だが、その瞳は、凍てつくように、冷たい。
「だが、アーサー。その程度の思考で、この俺を捕まえられると、本気で思ったか?」
「……っ!」
「まだ、足りん。全く、足りんぞ」
その言葉は、俺の未熟さを、骨の髄まで叩き込む、師の叱咤だった。
俺は、自分の全力の策が、赤子の手をひねるように破られた事実に、ただ、呆然と立ち尽くすことしかできなかった。




